稲じゅん調(笑)
プリピャチの亡霊
眼帯君てあだ名のカナダの友人がいてね。
長いことモノもらいが治んなくて、かっこ悪いってんで右目にずっと眼帯してたんだ。
彼は世界各地を旅してまわるバックパッカー。
バックパック、リュックのでかいやつですよ、あれ一つでずっと旅行する人のことを言うんだよね。
彼は日本語が流暢なのはあの高田馬場にあるW大学に長いこと留学してたからなんだ。
で、彼が日本に帰ってきたときに聞いた話なんですけどね。
彼は遺跡や寺院、神社や神殿、おもに歴史的建造物が大好きでね。
トルコのカッパドキアやベトナムのアンコール、果てはエジプトのピラミッドまで一人で見に行ってるんだ。
すごいよね、かっこいいよねえ。
で、危険なとこもさんざん行ったことがあるそうだよ。
そんでついに彼、危険を顧みずに行っちゃったんだよ。
世界で一、二を争う危険な場所に。
え?どこかって?
世界一と言っていいほどの規模の廃墟にさ。
まだ分らないかい?
あそこだよ。
20年以上も前に大事故を起こして死の町となった場所。
未だに放射能が検出されていると言われてるところ。
そう。
旧ソ連、チェルノブイリ市。
あそこは原子力発電所がトラブルを起こして大爆発を起こして町全体に放射能が降り注いだ。
広島に落とされた原子爆弾の600倍もの放射能数が検出された。
そら恐ろしいことだよ。
避難勧告を聞いて避難した住民たちはすぐにまた自分たちの町に戻れると思っていた。
ところがもう住民たちは自分たちの町に戻ることはなくなった。
そして誰もいなくなった。
植物や野生の動物は死に絶え、街並みは荒れ果てた。
生命活動が出来なくなった死の国。
チェルノブイリ。
プリピャチという町。
眼帯君はそんなとこに行ってきたって言うんだ。
今ももちろん危険なのは承知。
彼はガイガーカウンターって言って、放射能の濃度を測るやつね。
それを持って、放射能の濃度が濃い所にはなるべく近づかないようにした。
なにしろアレは匂いも音もせず忍び寄って人体の細胞を破壊する悪魔だ。
襲われたが最後、孫の代まで祟られてしまう。
被曝者から奇形児が産まれてくるって映像見たことないかい?
眼帯君はその町のある亡霊の噂を聞いたそうだ。
真夜中に、汚染者の子供で五体不満足に生まれてしまった子供。
無念なことに若くして死んでしまい、その霊が市内を徘徊しているって噂。
誰もいないこの土地で。
誰を呪えばいいのか分からない。
人を見つけ次第、自分に足りない体の部分を奪いに襲ってくるということらしいが、真偽のほどは分らない。
彼もオカルトは好きな方でね、確かめてやろうって、つい、思っちゃったんだ。
カメラを片手に夜な夜な出かけて行っちゃったんだな。
例の場所に着いた。
ビデオカメラを介して音声が
『カリカリ、カリカリ』
と鳴っている。
本来、放射能ってやつは音はしないんだ、肉声は聞くことは出来ないんだよ。
けど、カメラや映像を通すと『カリカリ、カリカリ』音がする。
当時の事故の実際の映像を見ると聞くことが出来るから一度聞いてみな?
ゾッとするよ?
で、眼帯君、ガイガーカウンターを持ってきていることを忘れてたのに気がついた。
あちゃ、でもカメラがあるからいいか、って思ったんだ。
濃度と音量が比例してるからね、これがあれば。
でもって、廃墟の中を見回していたその時、途端に
「カリカリ、カリカリカリカリ、カリカリカリカリ、カリカリ」
音が高まったっていうんだ。
おや、今全然移動してないのにな。
「カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ」
どんどん高くなってきている。
その時だった。
彼は廃墟の中にいるわけだが、外のひびの入ったコンクリの地面を動くものが見てしまった。
「カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ」
子供だった。
子供がコンクリの上を這いずっていたのだ。
「カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ」
うわああ、見ちゃった…
子供は肩の付け根と腰の位置からは何もなく片腕だけで地面を這っていた。
要するに胴体に頭と腕一本の状態ですな。
これでもって地面をず~り、ず~り、と這いずっている。
やだな~見ちゃったよ~怖いな~
あれが噂の子供に違いない、彼はすぐに悟った。
「カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ」
眼帯君は溢れだす冷や汗を感じながらその日の朝までそこに身を隠していたんだそうだ。
で、その日ユースホステルに戻ってビデオを確認してみたんだが肝心の子供が映っていない。
あれえ、おかしいなあ。
ちょっとアングルが悪かったかな。
しかし納得できない。
手土産なしでは帰れない。
もう一度行くしかない。
ユースホステルの主人がもうやめときなって言ったが、もう止まらない。
主人はもう行く気満々の眼帯君を止められなかった。
その代わり一つ、情報をくれた。
「これもあくまで噂なんだけど。
もしその子供の亡霊に捕まったなら水を全身にかぶりなさい。
そうすれば濡れた個所は奪われない。そういう謂れがあるんだよ。」
そうして眼帯君はその晩また同じ場所に向かったんだ。
プリピャチのその晩はとっても冷え込んでいた。
昨晩と同じ場所で彼は例の子供が出てくるのを待っていた。
今回こそカメラに収めるぞと息巻きながら。
シ~ンとする廃墟に、カメラから時折鳴る
「カリカリ」が廃墟内に反響する。
「カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ」
ハッと顔を上げる眼帯君。
ズ~ッ、
ズ~ッと這いずる音が聞こえてきた。
出た…!
向こうに白みがかった肌の全裸の子供が這いずっていた。
昨晩の子供の亡霊だ…!
「カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ」
ズ~ッ
ズ~ッ
………
行った…。
バッチリカメラに捉えた。
眼帯君は早くカメラの確認がしたかったがここに長く居たくなかったので、
宿に戻ろうと腰を上げたその時。
「ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!!!!!!!」
カメラから大音量の放射能のノイズが発せられた。
ゆ~っくり振り向くと、
足元にいたんだ。
子供の亡霊が。
眼帯君の足首をガッシリつかんでいた。
「ひいいい!!」
眼帯君は思わずのけぞってその場に転んでしまった。
その足元には雨水が窓から降り注いで水たまりになっていたんだ。
バシャッと全身ずぶ濡れになった時にあの主人の言葉を思い出した。
『水をかぶれば大丈夫だ、濡れた個所は奪われない』
いつの間にか子供の手は足首から離れていた。
眼帯君はその時、あの有名な日本の怖い話を思い出したそうですよ。
『耳なしホウイチ』の話を。
全身に呪文を書けば妖怪から身を守れるが、ホウイチは耳に呪文を書くのを忘れていて
妖怪に両耳を奪われるというお話。
それを思い出したもんだから、、もうそこにある水たまりに全身で浸かって行って
これでもかというくらい全身くまなくビショビショにしたんだ。
カメラは相変わらず
「ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ」
と音をたてている。
まだ子供はそこら辺にいるに違いない。
ギュッと目を瞑った。
いやだー怖いー…
五分くらい経ったんでしょうかね。
彼はうつ伏せのまま、目をつぶったままそうしてたそうです。
「カリカリ…カリ」
音がうっすら小さくなっていた。
もう大丈夫なのかな?
そう思った時、
額をつんつん、とこづかれたそうです。
彼、「えっ」て思わず目を開けちゃったそうです。
すると目の前に子供の亡霊の顔があった。
目玉のない顔面がニヤ~って彼に笑いかけたそうです。
私ね、その眼帯君と話してる時、フと気付いたことがあって彼に尋ねたんです。
「あれ?そういえばその眼帯、前は右目にしてなかったかい?
ん?おかしいな、左目がものもらいだったっけ?」
したら眼帯君、その左目の眼帯をとってアタシに見せるんですよ。
「ものもらいは、ずいぶん前に治ってるよ。」
思わずアタシ、うあっ!て声、あげちゃいましたよ。
「左目、その時とられちゃったんだ。」
終
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