9話 復旧作業

 地下への入り口は鋼鉄の扉で出来ており、扉の先には階段があり地下に続いているようだった。その先は明かりも乏しく、ジメジメとしたコンクリートの空間が広がっていた。

 僕と篠原さんが階段へ向かおうとすると中に入ると、後ろの扉が急に閉められ鍵が掛けられた。僕らは半ば分かっていた事なので腹を括って階段を降りることにした。

 「安心しろ。ちゃんと発電機を起動させればこの扉は解放してやる」

 扉の鉄格子から聞こえる荒垣の声を無視しながら、篠原さんが先頭で僕がその後ろをついていく形で足を進ませていった。

 「篠原さん、発電機の近くに何か近づきたくないものがある気がしてならないんだけど……」

 『えぇ。おそらくゾンビでしょうね』

 「やっぱり、そうだよね……。あの荒垣って言う男、僕らをゾンビ処理として利用して」

 『でも、ゾンビへの捨て駒として利用しているつもりだろうけど。ゾンビより私の方が強いから問題ないわ』

 彼女の飾り気のない発言に僕は素直に頷いた。

 『アイツ、発電機のことは本気で困っているようだったから、起動してあげれば何かしら私たちに良いものはくれそうよ』

 「え?僕はそんな風には見えなかったけど」

 『私には誰でもいいから直してくれ頼む!って懇願しているような顔をしてたように見えたけど。ポーカーフェイスのつもりだったのだろうけど』

 『それはいいとして、私少し気になっていることがあるの』

 篠原さんが僕の方へ振り返る。

 『アイツ、何かを確かめるために私たちをここに送り込んだ気がしてならないの』

 「確かめるって、何を?」

 『分からないけど。そんな気がするの。例えば私が人間なのか本当にゾンビなのかとか。そういうことの確信を得るための』

 『或いは……』

 篠原さんは考えながら歩き始めた。だが、そんな彼女に不運が訪れた。薄暗く水で濡れている床に足を滑らせて、見事にお尻から床に転んでしまったのだ。声が出なくなってしまった彼女だが、その表情は悲痛な声を感じさせ、僕にもその痛みが伝わってくるようであった。

 「し、篠原さん。大丈夫……?」

 漫画のような綺麗な転び方をした彼女に驚きつつ、僕は彼女の様子をうかがった。彼女はうなだれながらも僕への返答のために今の衝撃に震えながらも筆を手に取った。

 『いたい……つめたい……』

 ついさっきまでゾンビに負けるはずがないと言っていた人物とは思えないほど、弱弱しい筆圧と筆跡、語彙力に欠けた返事であった。そして、こちらを向いた彼女の眼にはうっすらと涙が覗かせていたことを僕は気付いてしまった。

 「……話は発電機とやらを起動してからにしようか」

 『…………』

 醜態を晒し、スカートを水たまりで濡らしてテンションダダ下がりの篠原さんを支えながらゆっくりと僕は階段を降っていった。






 暗く狭い階段を降っていくと「B3」と書かれた看板を見つけた。更に下に続く階段はなく、ここがこの施設の最深部のようだ。最深部の空間は広く、以前ショッピングモールとして機能していた時の駐車場の姿がそこにはあった。敷地内にはもう動かないであろう数台の乗用車が残されているだけだった。いたるところで天井の割れたアスファルトから水滴が漏れ、水たまりを作り、ここの湿度を上昇させていた。この階の照明は微かに電気が通っている白熱球がついたり、消えたりを繰り返しつつ、駐車場の僅かながらの光源として働いていたが、今にも線香花火のようにあっけなく消えてしまいそうだ。

 「どうやらここが目的の階みたいだけど、アイツが言っていた発電機とやらはどこにあるんだ?」

 『外敵の姿は見当たらないし、慌てずじっくり探しましょ。はい、ライト』

 篠原さんはリュックから2本のライトを取り出すと、1本を僕に渡してくれた。

 『照明が辛うじて生きているけど、いつ切れてもおかしくないわ。用心して』

 僕は篠原さんの用心してという言葉を見て、自分のリュックの中からバットを取り出した。そして、先頭を歩く彼女に背を合わせ後ろ歩きをしながらついていった。

 ここも階段と同様、床には多くの水たまりができ、足場が悪い状態だった。僕らがゆっくりと進むたびに出る水の跳ねる音、天井から漏れる水滴の音が不気味に静寂に包まれている地下駐車場でこだまする。水の音だけが僕らの耳に吸い込まれていった。すると、篠原さんの動きが止まり、僕の背中を優しく突っついてきた。

 『小野寺くん、あれが例の発電機じゃない?』

 僕は彼女が指を差す先を見ると、よく夜間の工事現場で動いている機械に似たようなものがあった。

 「おそらくあれだと思う。あれに似た発電機を前に見たことがある」

 『簡単な本当に簡単な肝試しだったわね。怖かったのは階段の床だけね』

 篠原さんはさっきの出来事を自分からネタにしながら、笑顔で答えた。僕ら二人は周囲を再度警戒しつつ、発電機に近づいていった。

 『で、どうやって動かせばいいの?』

 篠原さんは軽く首を傾げた。

 「確か、機械の側面にスイッチがあったと思うからそれを点ければいいと思う」

 篠原さんは側面にライトを当てて、注視して観察するとある一点を指を差した。どうやらスイッチを見つけたようだ。

 『それじゃ、つけるね』

 篠原さんは何故かクリスマスツリーの照明に電気をつけようとワクワクする子どものような表情でこちらを見てきた。何かを起動するスイッチが魅力的に感じるのは男女変わりないのだろうか。僕も言わずもだが、そういうのは好きだ。

 僕はいいよ。と答えると篠原さんは思いっきりスイッチを切り替えた。すると、動かしたスイッチは当たりのようで発電機が動き始めた。最初はたどたどしい動き方をしていたが、時間が経つに連れて規則正しいエンジン音になっていった。

 「しかし、発電機って、こうも煩いものなんだね。四方をコンクリートで囲まれた空間だから余計響いて煩いのか」

 「それじゃ、戻ろうか。篠原さん」

 僕は篠原さんに尋ねると、彼女は何かに気付いたようにライトを持って走り出した。

 「篠原さん!?どうしたの??」

 僕も急いで彼女のあとを追った。篠原さんが向かったのは乗用車用のスロープ坂だった。そこで彼女は足を止め、坂の先をジッと眺めていた。そして、急いでスケッチに書き始めた。

 「小野寺君、出来るだけ高い場所に昇って!」

 僕が篠原さんが書いた文字を見たと同時に地鳴りと多くの足音が駐車場に突如現れた。そして、スロープ坂の先からゾンビの群れが下り坂を疾走してきた。一目で見た数は40、50は存在した。

 「嘘だろ!?今までどこにいたんだ!!」

 僕は慌てて、篠原さん言われた通りに高いところに避難することにした。周りを見渡すと一つの屋根付きの小部屋が見えたのでそちらに向かって走っていった。近づいてみるとそれはどうやら警備員の控室のようだった。僕はそこの屋根によじ登り、身の安全を確保した。そして、篠原さんの様子を見るとどうやら簡単に蹴散らしているようだった。殴り、蹴り、投げ、近づくゾンビを次々になぎ倒していった。そして、その撃退した衝撃音で更にゾンビが集まっていた。

 「篠原さんはゾンビのど真ん中で戦っているのに、僕は……」

 僕は彼女の姿を見て、小屋から降りようとした時、既に小屋の周辺でゾンビが群がってよじ登ろうとしていた。

 「嘘です!あんなにかっこよく僕は戦えません!!」

 僕はよじ登ろうとするゾンビの頭をバットでゲーセンにあるワニワニパニックのように無我夢中で叩いていった。






 ゾンビが現れ始めて10分ほど。僕の周りにいたゾンビも篠原さんの周りにいたゾンビも行動不能となっていた。数でみれば彼女の方が何倍も相手していたため周りにはゾンビの山ができていた。僕はもう安全だと判断して小屋から降りて篠原さんのところへ向かった。彼女も周りの状況と僕のことに気が付いて、戦闘で乱れた前髪を整えて笑顔で迎えてくれた。そして、少々無理をしたのか、腰を下ろし地べたに座り込んだ

 『小野寺君すごいよ。あれだけのゾンビを相手にして』

 「いや、よじ昇ってくるゾンビを叩いてただけだよ」

 『そんなことないよ。感染を恐れないで、私を残して逃げずに頑張ってくれてありがとう』

 僕が真正面から褒められてこそばゆい気持ちになっていると篠原さんの後ろで何かがうごめいていた。それはまだ体が動かせるゾンビだった。下半身を引きずりながら篠原さんの首元に近づいていった。

 「篠原さん!!」

 僕は声を上げ、彼女の元へ走った。だが、ゾンビは篠原さんのすぐそばまで近づき、篠原さんが気が付いた頃にはゾンビに肩を掴みかかられていた。もう、駄目か……。

 そう思った瞬間、僕の横を何かが通った。それは目にも止まらぬ速さで飛び、ゾンビの頭を貫き、そのまま失速しないままゾンビを壁にくじ刺しにしていた。何が起こったか分からなく混乱したが、どうやらゾンビを串刺しにしたのは大きな槍のようだった。その槍はゾンビの重さにも耐え、コンクリートの壁に突き刺さったまま固定していた。

 「おい、リセの付き人。俺の嫁を危険に晒すなバカ者」

 後ろから耳障りな声が聞こえてきた。そう、あの荒垣がそこにいた。荒垣は自信に満ちた堂々とした態度でそこに佇んでいた。僕はその姿を芯底気に食わないと感じたと同時に篠原さんを救った姿に心を撫でおろした。あと付き人ってなんだよ。

 「どうだ?簡単な肝試しだっただろ?」

 

 その邪悪な荒垣の表情は、まるで他人のオモチャを壊して楽しむ悪ガキのようであった。

 

 


 

 

 

 

 

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