8話 荒垣

 僕らは男たちに大型ショピングモールに連行された。建物の出入り口にはバリケードを設けて守りを固め、数人の男たちで見張りをしていた。彼らの薄ら笑いが耳障り悪く聞こえ、手にはバットや自家製の槍などが握られており、血の跡が多少なりとも付いていることに気が付いた。ショッピングモールの屋外駐車場では火が上がり、人の死体を焼いているようだ。僕には、その焼けている死体が元人間なのかゾンビなのか知るすべはなかった。

 正面ゲートらしきものを通過しようとした時だった。

 「おい、真田さなだ。そいつら外の連中か?」

 ゲートで見張りをしている男が声をかけてきた。

 「あぁ、外での調達中に見つけた」

と、先ほど真田と呼ばれた男が事務的に答えた。

 「あんた、こいつらみたいなの毎回見つけてくるよな。何かの才能か?」

 「知らん。俺は荒垣の命令に従っているだけだ」

 「まっ、仕事が増えてご苦労なこったな。荒垣なら二階の集会場にいるぞ」

そういうと、見張り番の男は別の持ち場に去っていった。

 モールの中に入ると、中も幾重のバリケードが設けられており、元々広かった通路の中央部分しか歩けないようになっていた。

 二階への階段を上っていき、先ほど見張り番の男が言っていた集会場らしき場所に到着した。そこは壇上とその壇上に向けられた多くの椅子の姿が見えた。

 そして、壇上付近で仲間と話し合いをしている一人の金髪の男が見えた。どうやら、彼が荒垣という人物らしい。髪は短髪でボサボサ、ジャージを着た高身長の青年で眼の色が赤く外国人にも見える。彼のどこかしら慕われる要素があるのか、話や相談にきた人間は素直に彼のいうことに従っているようだった。そして、そんな彼が僕らの存在に気が付いた。

 「おっ、真田。もう仕事は終わったのか?」

 「あぁ、言われていた物資の調達は済ませてきた」

 「いつもながら、仕事が早くて結構だ。次の仕事まで自由にしていいぞ」

 「それと荒垣。実は外で生存者を見つけてきた」

 真田が僕らを指差す。

 「こいつらか?」

 荒垣は僕らの姿をじろじろと観察し始めた。業者が市場に並べられた魚を品定めするような、そんな眼をしていた。そして、僕はその眼を不愉快に感じた。

 「おおお?」

 荒垣は不思議そうな声を上げると壇上から降りて、こちらに向かって歩いてきた。

 「真田、でかしたぞ。素晴らしい。このような美人を連れてきて!!」

 荒垣は篠原さんの手を力強く握り、叫んだ。周りの男たちもその意見に同調して頷いていた。篠原さんはむすっとした表情で嫌々と握られているようだった。

 「珍しいな。あんたが人の容姿を褒めるなんて。男女問わず、そんなこと一度もなかったよな」

 思わぬ反応に戸惑う話す真田。他所に周りの野次馬と化した男たちからは、こんな美人そういませんよ!?俺の息子をお世話してほしいぜ!!などと好き勝手べらべらと話し出し、盛り上がっていった。

 「真田」

 打って変わって、落ち着いた声で荒垣は話した。

 「俺も驚いたよ。これほどまでに綺麗なは何処にもいないだろう?」

 そういうと荒垣は手で篠原さんの左目を隠していた前髪を振りほどき、彼女の左目を露にさせた。篠原さんは一瞬の出来事で反応できず、何が起こったかわからない様子だった。そして、自分が何をされたかを理解すると、必死に髪の毛で隠し始めた。

 「その皮膚の腐食はゾンビに出る症状っ……!!」

 真田が篠原さんの皮膚に気付くと、周りの男たちは驚愕し、一歩下がり身構えた。そして、一瞬で周りの空気が強張り始めた。だが、荒垣はニコニコしながら話を続けた。

 「まぁ、待て。ゾンビ化の症状は出ているが、こいつはどうやらまだ人間だ。それでゾンビ女、お前の名は?俺はお前に興味が湧いた」

 荒垣は篠原さんの顎をくいっと引き寄せると質問をした。篠原さんはわざと聞こえるようにしたのだろうか、大きな舌打ちをしてそっぽを向く。

 「なんだ、喋られないのか?それとも照れ隠しか?」

 僕は荒垣の会話を聞き続けたくないと思い、会話に割って入った。

 「本当に喋られない。彼女の名前は篠原リセだ。そして、その彼女の顎に触れてる手を離せ」

 僕は篠原さんの代わりに答えると、荒垣はこちらに注目した。

 「うん?なんだお前は」

と、荒垣は数秒まじまじと僕のことを観察しているようだった。その眼は再び商品を品定めしているようで非常に不快だった。

 「……そういうことか」

 荒垣は深刻そうな表情を浮かばせ、何か分かったような口ぶりをしたのち、壇上へ上った。

 「突然だが、お前ら2人にはゲームをやってもらう」

 「ゲ、ゲーム……?」

 僕と篠原さんは目を丸くさせて、今の表情から激変しいきなりテンションが高くなった荒垣を見つめた。

 「なに、簡単なことだよ。この施設の地下3階に発電機があるのだが、現在止まっているそれを起動させてきてほしい。無事にクリア出来れば身柄を解放してやる」

 「だが、失敗したら……そうだな。リセは俺の嫁になってもらうとしよう」

 笑顔で突然とんでもないことを発言する荒垣。僕らもそうだが、周りの男連中も動揺していた。

 「嫁!?なんだ、その訳が分からない条件は!!そもそも僕らにはお前たちに不当に拘束されたわけで、交渉するつもりは」

 僕が反論をしている途中に先ほどまで驚いていた周りにいた男たちは一瞬で目の色を変えて、僕らに凶器を突きつけてきた。荒垣は言葉に重みを乗せて話してきた。

 「まだ状況が分かっていないようだね、君。これは交渉じゃない。だ」

 笑顔のまま話す荒垣だが、その眼はどこか深く濁っているが、逆に何故対等に話さなければいけないのだと純粋な思いもその眼に見えた気がした。

 「リセも気を付けなよ。無茶なことしたら君は助かるだろうが、この男はたぶん死ぬよ?」

 荒垣の言葉に篠原さんは大変不服そうな表情を見せながら大きなため息と舌打ちをすると、小さく頷いた。

 「物わかりの良い娘で助かったよ」

 「…………」

 ここで僕と篠原さんは荒垣の言葉に大きな否定を心の中でしたであろう。

 「さて、君たちに地下までの入り口に案内しよう。何、簡単な肝試しのようなものだ」

 掴みどころがない笑顔を見せつつ、荒垣は僕らを地下まで連れて行った。

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