7話 連行

 僕らはくまのぬいぐるみに別れを告げると部屋を後にした。崩落している階段の足場を確認しながら下層へ向かっていった。ここが昔、人が集まる商業地区とは思えなかった。ガラスは割れ、コンクリートは崩れ、いくつかの白骨化した人の亡骸が横たわる、今となっては当たり前な光景になっていた。中央の吹き抜けから見える地上の噴水には、何故か大型トラックがぶつかっていた。入り口ロビーをよく見るとフェンスが大きな衝撃で破壊されていた。どうやら、このトラックがマンションに侵入を試みた情景が推測できた。騒然となっている当時のこの場所を想像すると人の悲鳴が聞こえてきそうで吐きそうになりそうだ。

 二階の商店の通りを進むと、目的の眼科にたどり着いた。店は案の定ガラスが割られ、店内も荒らされていた。入り口の正面には受付カウンターがあり、その左右に通路が続いていた。

 『想定の範囲内』

 篠原さんはそう僕に伝えると、足場の悪い店内をずかずかと入っていき、左の通路に進んでいった。

 「篠原さん、なら僕はこっちで探してみるから」

 僕は聞こえているか分からない篠原さんに大きめの声で伝えると、自分は反対の右の通路を探索することにした。右の通路には二つの診察室と倉庫があるようだった。

 「義眼が保管されてそうな倉庫から探してみるか」

 倉庫は右側の通路の一番奥にあり、途中二つの診察室の前を通っていった。診察室はスライド式のドアだったが建物の歪みで変形しており、通常通りに動かせる状態ではないことが分かった。僕は倉庫に義眼があることを願いつつ、倉庫の扉に手を掛けた。ドアノブが付いていたことと無理やり壊された形跡もなかったので楽に開けることができた。

 倉庫の中に入ると四角形の部屋に大量のダンボールが無造作に積み込まれていた。

 「うわぁ、このダンボールを一個一個を確認するのか」

 気が遠くなりそうな作業に僕はため息と弱音を吐きながら、手前のダンボールから手を伸ばした。倉庫に入ったことで埃が舞い、更にダンボールに積もっていた埃も舞ってしまったことで僕は埃にせき込みながらダンボールの中身を確認していった。

 患者さんの診断書や受付の伝票やコンタクトレンズの保存液、検診で使いそうな機材など様々なものが見つかるが肝心の義眼は見つからない。

 「やっぱり、一般的な眼科には置いてないのかな。オーダーメイドなイメージもあるし、そもそも取り付けるなら外科じゃなかろうか……」

 僕は一末の不安を抱きつつも、ダンボールを開封していった。悩んでいても仕方がない。篠原さんは義眼がないとあの橋を渡れないんだ。ここにないとしても探し続けないといけない。僕は多くの時間に連れて埃で髪を白くしながら懸命に探し続けた。すると、一つのダンボールを見つけた。そこには、

 「視覚困難者 国立医療機関推奨 義眼 一覧サンプル」

と書かれていた。

 僕はそれを見つけた時、太平洋で落とした財布を見つけたような奇跡を味わった気がした。僕は急いで周りの他のダンボールを避けて、開封しようとした。

 「……お兄さん、ストップ」

 僕の耳元から低音であるが、はっきりとした囁きが聞こえてきた。一瞬、篠原さんが声を出せるようになったかと思ったが、呼吸の仕方や僕の後ろにいる雰囲気が全く違う人のものだと気づき、僕の背筋が一気に凍り付いた。まるで天敵に見つかった小動物のように身体が動かなかった。後ろにいる人物の生暖かい吐息が僕の首筋に当たる。でも、なんとか反応しないといけない。僕は意を決して声だけでも出そうとした。

 「だ、誰だ?」

 「おっと、無駄話はいいから。そのダンボールから離れな、な?」

 後ろにいる人物はそういうと、僕の右側からナイフを流れるように首筋にそっと近づけてきた。首筋に突き立てられたナイフで僕の首筋から一滴の鮮血が流れていった。

 「わ、分かった。離れるからそのナイフをしまってくれ」

 「よし。聞き分けのいい奴は、俺は好きだぞ」

 後ろからナイフを突きつけてきた人物はナイフをしまうと、倉庫の入り口に待機していた仲間に僕に勢いよく蹴りを入れて、突き出した。

 「生存者だ。連れて行くぞ」

 ヘイ。と仲間の大男が二人がかりで僕を腕を持つと、僕は半分宙に浮いたような形で店外まで連行されて始めた。こいつらはいったい何者なんだ。

 「お前たち、連行ってどういうことだ!離せ!!」

 「悪いな。仲間以外の人間を外で見つけたら連れてくる命令なんだ。だから、わりぃがついてきてくれ」

 後ろを振り返ると、先ほどの男の姿が見えた。僕にナイフを突きつけた人物は背は低めで全身緑のジャージで野球帽を深く被り、マスクをつけてた。彼の素顔どころか眼も野球帽で隠れて、全く分からなかった。

 「命令?いったい、誰の命令だ」

 「俺たちのリーダー、荒垣からの命令だ。まぁ、困ったもんだよ、いちいち連れてて帰ってよ。……殺しちまえばいいのに」

と、先ほど僕にナイフを突きつけてきた男は最後の言葉をぼそっと寂しそうに語り、僕の背筋は冷えに冷えまくった。彼の表情を隠している野球帽に感謝した。

 僕の表情に気付いたナイフの男は、

 「冗談。冗談だからな」

明るい声で否定するが、僕の中では今の発言のトーンと表情は本物だと確信してしまったから、彼のその冗談という言葉は全く判断材料にならなかった。

 そのまま僕は情けなく男の仲間に両腕を掴まれたまま入り口の受付前に着くと、何やら騒ぎになっていた。

 「おい、どうした。なんの騒ぎだ」

 ナイフの男は仲間に状況を聞く。10人ほどいる仲間の男たちは怯えたように話し出した。

 「この店で先に物色していた女がいて、めちゃくちゃ強いんですよ!?」

 「武術の達人とか、そういったレベルを超えてますよ!」

 「真田さん、どうにかしてくださいよ!!」

 入り口のロビーでは篠原さんが拘束しようとする男たちを殴ったり、蹴ったり、投げたりしていた。男たちは篠原さんを中心にして吹き飛び、周りには攻撃をもらい嗚咽を漏らす男たちで埋め尽くされていた。撃退していると篠原さんは情けなく拘束されている僕を視認した。彼女は困った表情をし、手で目を抑えた後に動きを止めて、男たちに両手を上げた。そして、残念そうな目で僕を見つめてきた。す、すみません。

 「へへっ、お前たち、仲間なのか。いい彼女を持ったな、兄ちゃん」

 半分揶揄われながら、真田と呼ばれた男に肩をぽんぽんと叩かれた。

 「さて、てめえら!!殴られ、蹴られたからって、この嬢ちゃんに後でちょっかい出すんじゃねえぞ。女に負けるお前らが悪いんだからな。あと、さっさとここに残っているものを回収しろ!急げ!!!」

 ナイフの男が怒号と叱咤を飛ばす。はい……と、半ば不服そうな返事をする仲間の男たちは腰や腕を痛めながら回収作業を行い始めた。

 「では、お二人方。作業が終わるまでお持ちください」

 真田は僕ら二人に手錠を掛けながら、丁寧な言葉で話しかけた。


 僕はどのような扱いを受けるのか考えつつ、彼らが物資を回収する作業を見守るしかなかった。

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