10話 ご褒美
荒垣は壁に突き刺されたままの槍を引き抜くと、何も言わないまま僕らを置いたままショッピングモールへ戻っていった。
「……荒垣は何のためにここへ来たんだろう。わざわざ自分の身を危険に晒してまでここまで降りてくるなんて」
『分からないわ。でも、確かなことはアイツは私たちの様子を見に来たってことね。そうじゃなければ、発電機が動いた時点で私たちは用済みのはずよ』
僕と篠原さんは荒垣に対しての疑念を抱きつつ、戦闘で疲れた体を癒してから地上に戻ることにした。
モールへ戻ると荒垣は集会場の壇上に立っていた。どうやら僕らのことを待っていたみたいだ。
「遅いぞ!!お前たち。終わったならサッサと戻ってこないか」
机を手でバン!と叩く荒垣。ステステと勝手に帰ったのはお前じゃないか。荒垣は顎に手を当てながら続けて話した。
「まぁ、よい。実を言うと、お前たちがあそこから生還するとは微塵にも思っていなくてな。思いがけない成功と幸運と驚きに俺は今かなり機嫌がいい」
ガハガハと暴君が壇上で大笑いしていた。
「そこでお前たちに何かご褒美をやろうと思うが何がいい?食料か?水か?それとも俺の仲間になりたいか?ハハハっ!!」
今にも荒垣の傲慢な態度に堪忍袋の緒が切れそうになりつつ、本来の目的を思い出し、頭の中を冷やしていった。
「義眼がほしい」
僕は端的に述べた。
「義眼だと?」
「篠原さんに必要なものだ。あと腕の立つ外科医を紹介してくれ」
荒垣は面白い注文をしてくるなと言っているような顔をしながら一考した。
「俺は嫁のその腐食した皮膚を愛らしいと思うのだがな。当人が変えたいなら仕方がない」
残念そうに荒垣が話す。そして、僕は一部分に引っかかる箇所があったので訂正した。
「僕たちは肝試しをクリアしたんだから篠原さんはアンタの嫁じゃないぞ」
僕の言葉に荒垣はニヤリと返した。
「今回は手に入れられなかったが、将来的には俺のモノになるから問題ない。俺は欲しいものを一度たりとも逃したことがない男だからな」
理由や根拠がどうあれ荒垣のその口調ぶりは本心からのモノであると僕には伝わった。そして、その自分に対しての大きな自信を見せつけられた僕は少しその言葉にたじろいでしまった。こいつのようにはなりたいとは決して思わないが、これほどの自信は僕にも欲しいものだ。僕は荒垣に詰め寄った。
「で、どうなんだ?あるのか?」
「義眼もあるし、腕の立つ外科医もいる」
その言葉に僕と篠原さんは喜びの表情を向け合った。
「だが、ここにはない」
「ここにはない?」
今度は二人とも疑問の表情を浮かべた。
「おい。誰か、ここに地図を持ってこい」
荒垣の声に真田が地図を持ってきた。地図はまだここが街として機能していた頃に発行されたものにペンで加筆されているものだった。
「今、俺たちがいる場所は旧大山ショッピングモールだ。そして、ここから東に2kmほど進んだところにお前らがほしい義眼と医者がいる。荒垣に言われてきたとでも言えば相手は理解するだろう。……まあ、そんなこといわなくてもどこの馬の骨かも分からないような奴でも保護するような聖人様だから、その辺は気にしなくていい」
「あのさあ……」
「なんだ、付き人」
僕は地図に指を差す。
「アンタが言っている地点が池なんだが」
地図には人工的に作られた調整池が存在していた。
「バカ者、地上ではない。地下だ」
「地下?」
「そうだ。この調整池の地下にある下水道に少人数の集落がある。奴らはそこで暮らしている。まったく、わざわざ悪環境で暮らさなくてもよいだろうに、薄気味悪い連中だ」
僕もその言葉に同意してしまった。なぜ、人が住みづらい場所に集落を構えるのだろうか。
「そして、その下水道に入る入り口だが。それはこのショッピングモール内にあるそこから侵入しろ」
「以上だ」
そういうと荒垣は地図を片づけ始めた。
「なんだよ、いきなり」
「お前らが今一番必要なことを俺は教えてやった。お前らがここにいる理由はない。早く立ち去れ」
「だからって、急すぎるぞ!」
僕らは荒垣に急かされて息をつく間もなく、部下に連れられて下水道への入り口へ向かった。
「それで荒垣。何か分かったのか?」
「ああ、信じられないが、予想通りだ。……小野寺大地、アイツ自身は気付いていないが下手したら篠原リセよりも厄介な人間になのかもしれない」
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