3話 缶詰
更に太陽が昇り続け、真上まで移動してきた。篠原さんが地図を持って僕の前を歩き、僕らは目的地の検問所まで遠征軍のように歩いていく。旧国道沿いの道を歩いているが、ゾンビも人間も動物も鳥すらいなかった。そして、二人の間にこの広大で無言の空間が続いていく。ゾンビのこともあり、無駄話をしないことは賢明だが、どうも息が詰まりそうだ。他人と行動して会話がないとこうも精神的に息苦しいものだったなと、以前の高校生として普通の暮らしをしている時の記憶が湧いてくるのであった。しかし、先ほどの出来事のこともあり、僕はこの空間に耐え切れず言葉を発した。
「篠原さん。なんで、さっきのおっさんを落としたの?」
僕は単刀直入に聞いた。このことについて彼女に説明して貰わないと僕の中で納得しないだろうから。すると、彼女は足を止めずスケッチブックに書き始めた。
『あの手の人間は相手に一方的な恨みを持って再び襲ってくるし、何より他の生存者へ私たちの悪評を流布し始める。それは必ず私たちの妨げになる』
『だから、その前に殺した。これは私がここまで生き延びた考え方』
「でも!!」
僕には、でも!!の後ろの言葉が続かなかった。避けたとはいってあの鉄パイプの一撃を受けていたら大怪我は免れなかったことは事実。僕は彼女に感謝しないといけない立場だ。でも、
「でも、僕は篠原さんにまた人を叩き落とすようなことをほしくない」
僕は僕のエゴを彼女にぶつけることしかできなかった。僕は自分の無力感に打ちのめられながら、大きなため息をつき彼女のあとを歩く。しばらく間が開いた後、キュッキュっとペンを動かす短い音が少し聞こえてきた。篠原さんが何か書いたのかなと落ち込んでいた顔を上げると、すぐにスケッチブックを引っ込めてしまった。僕には篠原さんが何を伝えたのか分からなかった。
あれから歩き始めて更に3時間。体力の限界を感じてきた。
「篠原さん、留守番電話の内容を聞く限り急ぐ必要性は薄そうだし、どこかで休憩しない?お腹もすいてきたし」
弱音を吐く僕の言葉に篠原さんの足が止まった。そして、いそいそとペンを動かした。
『ごめんなさい……。小野寺君のペースを考えてなかった』
篠原さんの様子を見ると、まるで疲れを見せていなかった。体力は有り余っているということだろうか。それも感染の影響からだろうか。
『そうね。あそこに飲食店があるから、そこで休憩しましょう』
と、篠原さんが指を差した先にはかつては全国チェーン店で経営されていたバーガーショップが見えた。それは僕が子供のころから知っている店舗だった。外観はボロボロで窓ガラスが割られ、中の備品は破壊され周辺の床に転がっていた。人影もゾンビもあたりにはいないようだ。店内も派手に壊されていて、当時の面影は全くなかった。これを人間がやったのか、ゾンビがやったのは僕には判断がつかなかった。
「そういえばこのチェーン店、昔友達とよく来てたな。ハンバーガーを1個だけ買って、みんなで自転車走らせて公園で食べたっけ」
僕は店舗のカウンターに手で触れながら昔のことを懐かしんだ。触れたカウンターには埃が多く積もっていた。すると、篠原さんが後ろから指で突っついてきたので振り向いた。
『良さそうな机があったからここでご飯食べよう』と書かれていた。その机には既にご飯が準備されていた。
「あれ?僕が知らない支援物資だ。篠原さん、この食料はどこから?」
『珍しい支援物資でね。投下されて直後に回収しないとすぐ無くなるレアな物なの』
と、篠原さんは右手にスケッチブック、左手に現物の缶詰を掲げて笑顔で紹介してきた。
「へぇ、そうなんだ。でもいいの?そんな貴重なもの開けちゃって」
篠原さんは神妙な面持ちでまたペンを走らせた。
『いいの。こういうものは他の人と楽しく食べたいからね』
篠原さんも今まで一人で生きてきたんだな。僕も人と一緒に食べるご飯は何か月ぶりだろうか分からない。だから、その気持ちは痛いほどよく分かった。篠原さんと数か月ぶりの食事を楽しむこととしよう。
「そうだね!! 一緒に食べるご飯って美味しいよね。もしよければ、僕もそのレアな食料を食べさせてもらっていいかな?」
『もちろん、いいよ。どうぞ』
「やったー! いただきます!!」
……ムシャムシャムシャ
噛みきれない。味付けされているが最悪で呑み込めない。まるでガムのような食べ物。僕はおいしくないものが喉に通らない感覚を久しぶりに味わった。この状況になってから、支援品や様々な保存食や軍用レーションなどを食べてきた。中には無味だったり、栄養バランスのことしか考えていないような物あったが、毎回空腹の方が勝り食べきることができた。しかし、このレアアイテムは違った。おいしくない、おいしくない、すごくおいしくない、不味いのである。篠原さんは僕をビックリさせるためにわざと不味い食材を渡したんだ。そうに違いない。僕は正面にいる篠原さんの様子を確認した。
『小野寺君、この缶詰の食べ物もちもちしてておいしいね!(笑顔)原料は小麦粉かな?』
ごちそうを食べて満面の笑みだった。スケッチブックには上機嫌でいつもは書かない顔文字も書いてあった。
「う、うん。そうだね、おいしいね。ハハハっ……」
どうやら彼女はだましている気はなさそうだ。本当にこれをおいしいと思っているのか。もしかして、篠原さんは超絶な味覚オンチなのか。どうしよう、どんな反応をしたらこの笑顔を壊さずに済むんだ。
『箸が進んでないけど大丈夫?具合でも悪い?』
本気で心配そうな顔で彼女が追撃してきた。いえ、心配すべきはあなたの舌です。
「ん?具合??バッチリ元気!!この缶詰の中身おいしいな~これなら何個でも食べられそうだな~~」
僕は缶詰の中に敷き詰められているガムのような餅のような謎の物体Xを胃に流し込んだ。それは胃の中でサンバでも踊っているかのように縦横無尽にかき回していった。あまりの不味さと不快感で涙が流れた。
僕のこの行為で、彼女はひまわりのような満面の笑顔を僕に向けてくれた。この笑顔を見ることができて僕は満足だよ、神様。
そして、彼女は初めてお絵かきをする園児のように目を輝かせながらペンを握った。
『よかった。気に入ってもらえて。実はねこの間、たくさん回収できたからまだあるよ。いっぱい食べてね!』
僕の目の前に缶詰がテトリスのように積みあがった。
助けて、神様。
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