天野最能のお悩み相談室

いご

天野最能のお悩み相談室

「ここは私立あああああ学園。今日も長かった授業が終わり、生徒達が部活を始める、もしくは帰り始める夕暮れ時、生徒会長であり理事長の息子、いわゆる天才権力者の天野最能は生徒会秘書の宇津久詩歌と共に『お悩み相談室』にいた!」

「会長、突然なにをおっしゃってるのです?」

「ふ……暇つぶしだ。どうだ?かっこいいか?惚れそう?惚れちゃいそう?」

「いえ、まったく。むしろあなたのイメージが崩れるのでやめたほうがよろしいかと」

「そうか……わかった、今後控えよう」

 最能は少ししゅんとしつつ、かっこいい決めポーズ(本人談)をやめると、椅子に座ってうだうだし始めた。

「なあ、詩歌よ」

「なんでしょう」

「俺の発案でこのお悩み相談室を立ち上げたのは良いのだが……」

「はい」

「人が来ない!」

「生徒達の悩みがないというのは喜ばしいことだと思いますが」

「そうなんだけどさぁ……」

「暇なら今度の文化祭に向けての資料作り手伝ってくださいよ」

「それはやだ」

「おい」

 二人がいつものようにグダグダと話していると、入り口のドアがそっと開き、おとなしそうな少女が顔を見せた。

「あのぉ……」

「いらっしゃい!天野最能のお悩み相談室へようこそ!さあ、どうぞこちらへ!詩歌!彼女にお茶を用意してくれ!」

「はあ……はい、ただいま」

 急に元気になった最能が椅子を出し、少女に勧める。その間わずか二秒。

「え、あ、は、はい……」

 少女が食い気味の最能のテンションに若干引きつつ、出された椅子に座る。

「えっと、お悩み相談だな?じゃあ、学年とクラス、それと名前をできれば聞かせてもらえないか」

「え、えっと、一年一四組の河合伊子です」

「なるほど、河合伊子さんだな。伊子さんって呼んでいいか?」

「え、あ、はい」

「ありがとう。俺のことは宇宙一かっこいい最能先輩って呼んでくれ」

「は、はあ……」

「お茶をどうぞ。……この方の話は九割冗談なので話半分……いや、話一分で聞いたほうがよろしいかと」

「あ、ど、どうも。ありがとうございます」

「詩歌、それは言い過ぎではないか……?傷つくぞ?」

「それも冗談でしょう?」

「最近部下が冷たくてつらい件について……今日立てるスレはこれで決まりだな」

「おい」

「さて、伊子さん。今日はどんな相談をしに来たんだ?」

 あからさまに話を変えて誤魔化しつつ、最能は伊子に訊ねた。……まあ、まったく誤魔化せてはいないのだが。

「え、えっと、その……私、クラスでいじめられてて……あまりにも、酷くて……もう、死のうかなって……」

「ふうん。死ねば?」

「……え?」

「そうだな。君に一つ教えておこう。本当に死にたい人間と言うのは人に相談などしない。人に相談するというのは、死にたくない、悩みを解決したい人間のすることだ。死にたいなら勝手に死ねばいい。そして今、君はここにいる。本当に死にたいなど、思ってはいない。だから……」

「そんな簡単に死にたいなどとおっしゃらないでください」

「……おい詩歌。それ、俺の台詞なんだが」

「ざまぁ」

「おい……まあ、良い……良くないが。とにかくそういうことだ。そして俺達はその悩みを解決するためにここにいる……具体的に、何があったのか話してくれないか」

「……!グスッ……はい!」

 その少女は涙こそ流していたが、確かに笑っていた。



「それで、いじめられていると言っていたが、具体的にはどんなことをされたんだ?」

「……今日は、お弁当をトイレに流されて……その中に顔を突っ込まされました……集団で暴力を振るわれたこともあります」

「……そいつはひどいな。誰かに相談したりはしたのか?」

「最初、数名の男子がかばってくれたりはしていたんですが……あまり言うと、自分の立場が悪くなるし、逆効果なので最近は全然……。担任の先生には相談したんですが、ろくに聞いてくれなくて……」

「なるほど……一ノ一四の担任は三浦先生か……どうクビに追い込むかな……」

「……か、会長?」

「ああ!いや!なんでもないなんでもない!それじゃあ、主に誰にやられてるんだ?さっきの話だと、男子は関わっていないようだが……」

「はい。女子の一部のグループです……。黒井さんと原さんが中心になってやってます……」

「黒井さんと原さんだな……わかった。原因に心当たりはあるか?」

「はい……多分、黒井さんの好きな白井先輩が私に告白してきたのが原因かと……」

「なるほど。逆恨みってとこか……伊子さんのことを疑うわけじゃないが、明日一日だけ、様子を見せてくれないか?大丈夫。君に手出しはさせないよ。なにかあったら、この番号に電話してくれ」

 そう言って最能は伊子にメモを渡した。

「……はい。わかりました」



「次の日!一年生校舎がよく見える三年生校舎の屋上に俺はいた!」

「会長。おやめください。ダサいです」

「……わかった。今後控えよう」

 最能は少ししゅんとしつつ、新かっこいい決めポーズ(本人談)をやめると、双眼鏡を覗き込んだ。

「あそこが一ノ一四の教室か……。人がいないな」

「……朝の五時に登校している生徒はほとんどいないと思いますが」

「なに?そうなのか。だが俺と副会長達はいつも、朝の四時からホームルームの時間まで校庭で鬼ごっこをするぞ?ほら、あそこ」

 最能が指を指した方向を見ると、副会長他、男子数名が楽しそうに駆け回っていた。

「てめえらが頭おかし……ごほん。失礼。それはあなた方の精神年齢が極めて低めであるためかと」

「なるほど、つまり俺達はまだ若々しさを保てているのだな。良いことだ。ん?あそこの机、落書きが目立つのだが……」

「言われてみればそうですね。まだまだ教室には誰も来ないでしょうし、行って確認してみませんか?」

「そうだな。……ちなみに詩歌は何時頃に登校しているのだ?」

「八時です」

「……マジか」

「マジです」



「これはひどいな……」

 机には油性のインクで『死ね』や『消えろ』『処女』などと書かれていた。

「なんでや!処女関係ないやろ!」

「落ち着け詩歌……処女なのは別に悪いことじゃない。ていうか処女だったのか」

「会長、うるさいです。セクハラで訴えますよ?」

「なに、それは困るな。俺の童貞あげるから勘弁してくれ」

「訴えます」

「最近部下が冷たくてつらい件について……ツンデレなんだよって励まされた」

「死ね童貞」

「え、待って。つらい」

「……これ、消しときます?」

「あ〜、いや、やめとこう。消さないで様子を見る。下手に刺激するのも良くないしな」

「……わかりました」



 七時半になり、生徒達の姿がちらほら見え始める。伊子はそのくらいの時間に登校してきた。

「お、来たな。原さんと黒井さんはまだのようだが……」

 伊子は落書きされてある机を見ても、特に気にすることはなく席に着いた。

「……いつも通りということか」

「今は気にしていても仕方がありませんよ。では、私は予定通りに生徒会室で待機しておきますね」

「……ああ、頼む」

 生徒会室は一年生校舎の三階にある。伊子がいるのは二階なので少々のタイムロスこそあるだろうが、なにかあれば駆けつけることのできる距離だ。

「……授業は出なきゃいけないから、休み時間くらいしか駆けつけれないんだがな」

 ホームルームギリギリに原さんと黒井さんが登校してきたが、特になにが起こるわけでもなく時間が過ぎ、授業に出るため一旦退くことになった。



「そして昼休み!」

 今回は詩歌が生徒会室にいるため、誰も突っ込む者はいない。

「さて、今日は詩歌に教えてもらったコンビニ弁当を買ってきたからな……なにも怖いものはない!仕事するぞー!」

 なんで怖いものがなくなったのかはよくわからないが、勝手に一人で意気込んだ最能は弁当片手に双眼鏡を覗いた。

「……あれ?いなくない?」



 一年生校舎二階、女子トイレにて。

「ねえ、あんた。会長の所行ったそうじゃない」

「なに?調子乗ってんの?一人じゃなにもできないくせに!」

 黒井が伊子の腹を蹴る。

「グッ……ゲホッ!ゲホッ!や、やめて……」

「なによあんた。私に逆らうの?」

「さ、逆らうだなんてそんな……」

「うるさいわね!便器にでも顔突っ込んでなさいよ!」

 原が伊子の顔を掴み、便器に押し込もうとする。が、

「そこまでです」

 その声と共にその腕が蹴り飛ばされる。

「まさか本当にここまでやっていたとは……伊子さん、大丈夫ですか?」

「し、詩歌さん!」

「な、なによ!こいつ!このぉ!」

 原が詩歌に掴みかかろうとするが軽くいなされ、壁に激突してしまう。

「これでも古武術を継ぐ家の出身でしてね……あ、北斗神拳じゃないですよ」

「……部外者が何の用?私達は楽しく遊んでいただけなんだけど」

「楽しく?なるほど、あなた達なかなかサディスティックなのですね」

「……」

 その時、バタバタと音を立て、最能が入ってきた。

「はあ、はあ……どうやら間に合ったようだな」

「あんた……ここ女子トイレなんだけど?」

「まあまあ黒井さん。そうピリピリしないでくれ。理事長に許可取ったから多分大丈夫だ」

「……そういう問題じゃないと思うけど。まあ、いいわ。それで?生徒会があたし達に何の用よ。私達は楽しく遊んでいるだけじゃない」

「何の用か……。そうだな、君たちに土下座をしてもらった上で、伊子さんに二度と手出しはしないと誓わせに来たってとこだな」

「はあ?何言ってんの」

「いや、理事長曰く、本来は退学してもらうところなんだがな、それを俺が頼み込んで土下座で済ませてやると言っているんだ」

「ずいぶん上から言ってくれるじゃない。別に退学したところで私は平気よ。面倒な学校に行かずに済むんだからね」

「……なるほど。君は退学というのがどういうことかまだ理解できていないようだな」

「は?」

「いや、ここだけの話、うちの理事長は色んな企業と繋がりを持っていてな……企業から企業へ会社から会社へ。ブラックリストに入っている人間というのは伝えられていくんだ」

「……それがなに?別に就職なんかしなくてもいいし」

「まあ、君はそうかもな」

「……なにが言いたいのよ」

「いやいや、なんでもないさ。そういえば君のお父さんはいいいいい社に所属しているらしいね」

「!まさかあんた……!」

「そう、なんでもないことだ。ただ、君達が伊子さんにやっていたことを社会が君達相手にやるようになるだけだからな。『楽しい遊び』なんだろ?良かったじゃないか!楽しい遊びが一生続けられるなんてな!」

「こいつ……!」

「さて、どうするんだ?土下座して誓うだけ。簡単なことだと思うが?」

「くっ……!」



「そうして伊子さんに手出ししないと誓わせ、めでたしめでたし!さすが俺!権力フル活用!」

「……あれ。ほとんどでまかせじゃないですか。あなたにそこまで権力ないでしょ」

「あれ?バレちゃった?」

「当たり前です……あの子の父親の勤め先まで調べあげてるのは流石と言わざるを得ませんがね」

「だろ!どうだ?惚れそう?惚れちゃいそう?」

「ないです」

「そんな断言しなくていいだろ……」

 最能がしゅんとうなだれると、詩歌が小さな声で呟く。

「……少しだけ、かっこよかったですけどね」

「ん?なにか言ったか?」

「いえ、なにも。そんなことより今度の文化祭に向けての資料作り手伝ってくださいよ」

「やだ」

「おい」

 二人がそんな他愛もない話をしていると入り口のドアが開く。

「いらっしゃい!『お悩み相談室』へようこそ!」

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