二十九、楽しむべきゲーム

 気まぐれで第一連隊のいる断片に移動してみたらこれがひどかった。

 街は半ば廃墟と化している。巨大生物やら巨大ロボットやらがうろついていて、そいつらに向かって兵士がジュジュの見たことのない必殺技を放ちまくって即座に殲滅している。爆発音が常にあちこちで鳴り響き、各人大声で名乗りを上げたり呪文を唱えたりで非常にうるさい。末期的状況。すぐにジュジュは元の場所に逃げ帰った。あのまま第一連隊にいなくて良かったと思った。

 第五十六連隊の拠点断片は第一と違い、五十六番の支配がそこまで強いわけではなく、他の小規模な連隊がいくつか共存しているようだ。いずれどうなるのか見当もつかない。突発的に馬鹿げた災厄で砕け散る恐れもあるし、ほかの断片に取り込まれる恐れもあるとジュジュは思った。ここの住民は怠惰が過ぎる気がする。そのためかリドルもそう過酷ではないようだが。

 アガサ・フリードマンはいかにもワケありな人間の集まる、バーの地下の小汚いアパートに住んでいた。連隊の軍服の上に汚れた白衣を着ていて、若白髪の混じったぼさぼさの髪、常に大きく見開かれてぎらぎらと輝く目玉など、彼女は全身に〈マッド・サイエンティスト〉と明記してあるようなものだった。汚れたベッドの上で酒と煙草の臭いをぷんぷんさせながら、アガサは金切り声で応対した。

「わざわざ来てくれてありがたいけどさ副長、あたしはここから出るわけには行かないのよ、マジで」

「仕事をしてくれないと困るのですが」

「だってさ、外はおっかないぜ! 憲兵がうろついてていつあたしを密告することか! あっ! 妄想だと思ってんな副長! 違うって! ホントなんだよ! な、ぜ、なら、あたしはかつてスフィンクスの研究者だったからなあ! 無辜の民をぶち殺すテクノロジーをたんまり開発してたのよ! ああいつあの処刑者オーガストが来るか考えただけで震顫が走るぜ! クスリが足らないぜ! この断片まではあの冷血男は来ない、と信じたいけど、野郎はそう強固に定義づけられてる殺戮マシーンだからな! 明日あさってあたしの首が飛んでたらヤツのせいさ! 自爆装置でも仕込んで道連れにしてやろうか! 助けてくれよジャッジ副長! この! 大帝国一の天才的頭脳! 失うには惜しいでしょう!」

「分かりましたつまり、出て来れないのには正当な理由があるという方向性の主張をしてらっしゃる」

「そうなのよ物分り良いね! ラドクリフの野郎とは大違いだぜ! ちゃんと司法取引したってのにここの当局はクソだ! 肥溜めだ! トルメンタ波動が断片間で共鳴してそのたびに吐瀉しそうだ! 恐怖を共有してくれよ副長!」

「わたしはこれで失礼」

 草臥れてアパートを逃げるように出ると隊長から電話が来た。

「アガサはどうだ? 狂ってるだろ。いや、狂ってるふりをしてるだけかも知れねえな。どっちにしても俺は関わりたくないな」

「わたしもそうです」

「まああいつが死んだら死んだで無縁墓地にうっちゃってやるか。まだもう少し残ってるぞ、隊員のリストは読んだか?」

「隊長、この市内に三十五人に分裂して放浪してるって人、本当に全員探さないといけないですか?」

「ちょっとしたゲームだと思え」

「あとこの、風呂に入るのは神への冒涜だって言ってる、一年以上着替えてない人も」

「ちょっとしたゲームだ、ゲーム」

「ゲームは楽しんでするものだと思うんですが」

「なら楽しめばいいじゃねえか」

「分かりました、行きます」

 と言いつつその日は場末の喫茶店でコーラ一杯だけ注文して、ずっとジュークボックスの産業音楽を聞いていた。

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