二十八、見張り番のケネス

 副長に就任して一週間が過ぎた。

 隊長によると、ジュジュの勤務態度は極めて真面目で、それは、他の隊員が週休四から六という究極的なサボリ魔ばかりであるためだった。

 彼らにもっと仕事に出てくるように呼びかけることが、今や〈ジャッジ副長〉となったジュジュに与えられた最初の仕事で、もちろん困難を極めた。

 銀朱連隊や市民たち、スフィンクスや今や数を増しつつある他の秘密結社によって無数に断片化し始めたウェスタンゼルスにおいては、人探しはなかなか大変な仕事であり、複数の断片を行き来できるジュジュでなければ不可能に近かったであろう。噂では、大陸全土を束ねる連隊司令部のほうでは、ウェスタンゼルスのこの惨状を見かねて、断片を行き来するテクノロジーの開発が急がれているが、住民はそれをあまり望んでいないように思われた。

 現代社会がネットワークに覆われ、誰もが携帯端末を所持することで人との繋がりが強固になった、と言えば聞こえはいいが、それは各人を縛る枷となってしまった。人々はもっと曖昧なコミュニケーションを望んでいたのだ。常にSNSにログインしているある種強迫的状況から一変、断片化によって再び各人が断絶した。そして、自分と近しい人、いなければ自分で作り出した断片の登場人物により、理想的に隔絶された社会が生まれた。

 それを崩すのももはやどうかな、とジュジュは思い始めていた。

 最初に出会ったのはケネス・オキーフというラプタニア人で、この男はかの王国の人間であることに強いアイデンティティを持っていたが、色の薄い金髪に碧眼という容貌、社会を愚痴り、何一つ面白いことなどなさそうにため息交じりで語る冷笑的なさまは、典型的なリンダリア人のそれだった。

「オレは真面目に仕事をしてるぜ。隊長に一々指示を伺う必要なんざねえから、ずっとここにいるってだけだ」駅裏の路地でひっくり返したビール瓶のケースに腰掛け、煙草を吸いながら彼は言った。「こっから電車が過ぎるのをずっと監視してる。電車じゃねえものが通り過ぎるってことがねえようにな。そうしたらオレがそれを解明するって寸法だ」彼は高架の方を指差して言った。「もっとも今はあんたと喋ってるから、その間だけ監視は少しばかし疎かになんのはしょうがねえよな。その間〈別のもの〉が通り過ぎてもオレの責任じゃねえってわけだ」

「なるほど」

「だから、オレ以外の連中を説得してやってくれよ、副長。やつらがオレみたいに真面目に働かねえから、この都市がだめになってくんだ。真面目にやってる人間が馬鹿を見る、この国の最悪な点の一つじゃねえか。そうだろ?」

 ジュジュは別の所へ行くと言った。

「そうか。ならオレも煙草を買いに行くぜ。その間の監視は多少疎かになるけど、これもまたやむを得ないこったな。気分転換は大事だし、休憩もなしにやってるほうが集中力が下がって効率が悪ぃからな」

 彼が去って行ったあとでジュジュは高架の上を、何か黒い蠢く〈別のもの〉が高速で走っていくのを見たが、監視は自分の仕事ではないので見なかったことにした。

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