二十六、青銅通り商店街における町おこし運動

「ラドクリフ隊長。わたしは〈晦冥の勇士〉なる、現在この都市を覆っている混沌に唯一対抗できる人間であるそうなのですが」

「ああ、そうらしいな」

 駅前、出勤する人々に囲まれて二人は佇んでいた。ラドクリフはそこいらのファーストフード店で買ったハンバーガーを食べている。

「俺の暮らしを楽にしてくれるのか、お前は」皮肉な目つきで隊長は言った。「俺の第一の観点はそれな、英雄的な活躍とかはいらないから。今や連隊がどうなっているか知ってるか? 三百もの隊に分裂しているのだ。大事だよな。なあ、ここが俺の望みが生み出した断片だというなら、このうだつの上がらない状態が理想ということか? 我ながらがっくりくるな。ああ、俺は三流市民、しみったれたエコノミック・アニマルか? まあタイミングはそっちに任せるぞ、ジュリエット。断片を統一してお前の英雄性で上書きしたら、第一連隊も悪名高い第百十五連隊も消えるのか。スフィンクスどももだ。それは痛快だな。やるか?」

「どうしましょうか」

「決意ができてないなら今日の仕事をしろよ。そのあとで考えろ」

「分かりました。何をしたらいいですか」

「俺は今日、上司と会うことになっている。その会食の場に立ち会い、空気を和ませるんだ」

 面倒そうな予感がした。

 銀朱連隊の小規模な支部が各地に置かれているが、区画ごとに隊長達を束ねる〈大隊長〉が存在する。さらに、大隊長の上に〈軍団長〉、そして広大な都市の実戦部隊の長〈総長〉がいて、比類なく怪物的である。第一連隊の総長はノイハウスという、あまりに英雄的すぎて本人がなにもしていないのに、湯水のように伝説が湧き出てくる人物だった。

 今や無数に分かれた連隊ごとに大隊長や軍団長、そして総長がいるので、もう何がなんだか分からない。この杳として存在意義が知れない第五十六連隊の大隊長とはどんな人なのだろうか。

 ラドクリフとともにジュジュは近所のファミレスに向かい、その女性に出会った。

 聡明そうな金髪の人物で、隊長よりも若干年上といったところ。美人だが眉間に皺が寄っていた。

「プリンス大隊長」隊長がテーブルの向かいに腰掛け挨拶した。「お久しぶりで。こちらは新しく入ったジュリエット・ジャッジ」

「あらそう。初めまして。わたくしはルイーズ・プリンス。本日は隊長に近況を伺いに来たのだけれど、あなたにも報告してもらうわ」

「何の報告ですか?」

「青銅通り商店街の町おこしのアイデアについてよ。もう二ヶ月も経過しているのだから進展があっても良いでしょう」

 ジュジュは隊長の顔を見やった。厳かに頷いている。

「ご依頼のテーマ・ソングは既にレコーディングが進んでいて、あとはボーカルを乗せるだけです。そうだろ」隊長がジュジュに同意を求める。

「ええと、そうだったかと、そういった形式の状況下にあるかと、存じます」

「ジュリエットもそう言っている」

「そう。それは良いのだけれど、肝心の目玉アイデアがまだ白紙のままだったわよね?」昼間からワインを飲みつつ大隊長は睨みをきかせた。「大まかな部分だけでも教えてくれなくては、広告が作成できないのよ。この前あなたが出してくれた、パイナップルを投げ合うという祭りは危険というのでポシャったけれど、腹案はあるのかしら?」

「無論あります。ずばり、〈晦冥の勇士〉をゲストとして招くのです、すなわち彼女を」ラドクリフ隊長はジュジュを見ながら言った。

「そうなの? 勇士であることを営利目的に使うなんて第二次リドル紛争の英雄、〈濡れ手のジョエル〉以来ね」

「地元に貢献したいと本人から志願したのです」

 ジュジュは黙っている。〈晦冥の勇士〉はそんなに何人もいるものなのだろうか。そして町おこしの目玉にされるということは、衆目に晒されることを意味するのか。もちろん断片統合を行えば否が応にもかつてないほどの英雄視、神格化は免れまいが、まさか商店街のメインイベントの主役に抜擢されるなんて。

「では商会長にその旨を伝えておきましょう。早くしないとシャッター通りを通り越してスラム化するわ、今月中に青銅街フェスティバルを開催しないと」

「もちろん間に合います」

「そうでなくては困るわ。ではわたくしは隣の支部にも行かなくてはならないのでこの辺で失礼。エナジー・ドリンクの過剰摂取で隊長がくたばって、後処理が大変なのよ」

「そうですね、急逝では事務処理とかが」

「いえ、死体の処理がまだなの。監察医も警察も『キモくて無理』って死体を処理してくれなかったので、こちらで運んで川に捨てるわ、これから」

「それは大変だ。感染症に気をつけてくださいよ」

「無論よ」

 大隊長が去って、ジュジュがラドクリフの顔を見ると、

「ああ、大丈夫だ。町おこし運動は一部が躍起になってるだけでたぶん立ち消える。フェスティバルの前にはスラム化してるよ」

「だといいですね、面倒なので」

 本当にそうなって、翌月には青銅通り商店街はスラムどころか、悪漢、辻強盗、通り魔の跋扈するウェスタンゼルス最悪の暗黒街と化した。

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