二十五、晦冥の勇士

 夜道で骸骨の仮面の男が三人ほどを惨殺する現場に出くわした。馬鹿でかい剣を振るい異常な速度で壁や地面を駆け巡り瞬殺、通常の動体視力では目視できまいがジュジュは第一連隊にいたころの経験で認識することができた。

 向こうが最初に「こんばんは」と頭を下げたのでジュジュも会釈した。

「あなたはスフィンクスの方の系統のお人ですか?」

「いかにも、オレはスフィンクスの処刑担当者オーガスト・ナイチンゲールという者だよ、ジュリエット・ジャッジ」

「わたしをご存知で?」

「かつて第一連隊にいたころあんたはビョルンと並ぶ最強の新人とされていた。というか彼を軽く凌駕し下手をすると連隊すべての中で最強かもしれないという運命の才覚、そういうふうにこちらは捉えている。その認識は今も変わってない」

「完全に買いかぶりだと思われるのですが」

「そうかな、それは自覚がないからだろうな。〈晦冥の勇士〉として運命付けられた人間という自覚、それがないからだな」

「なんですって?」

「いずれにしてもあんたはオレの獲物ではない。オレが処刑するのは我が結社の裏切り者だけ、それがルールだから。ここのところ戦況が不利でね、脱走者が増加するにつれオレの忙しさも増しているよ。連隊が本格的に討伐に着手し始め、ハンター総長率いる〈解明隊〉が結成されて以来、出題鍵の召喚も振るわずに憂鬱だ。頭首も大変心を痛め、やる気を無くしている」

「いいことです」

「都市は混沌に沈みつつあるが、それも頭首の望むものとは違うのがまたもどかしいところだよ。もはやこの都市は分離化、断片化しつつあるから」

 オーガストの話が長くなりそうなので近くの自販機で炭酸など買い、飲みながら聞いたところ、もはや連隊とリドルとスフィンクスという組織・概念がそれぞれ独立したものになりつつあるそうだ。

 無数に分かたれた連隊それぞれが自分の倒したいリドル、解明の手法、能力を勝手にこしらえた結果、リドルが細分化し収集がつかなくなった。

 市民も、自分が思うリドルとそれを倒す連隊の英雄たちを勝手にでっち上げたため、報道されたり彼らの口に上ったりする連隊やリドル、スフィンクスが現実のものとは別に顕在化していった。

 スフィンクスも、もとは連隊の作った虚構の秩序を破壊しその空白を混沌で埋めることが目的だったが、自分たちの望む犯罪都市としてのウェスタンゼルス、反連隊活動の手段としてのリドル、敵対組織としての連隊を独自に概念化し、日々それらが存在感を増している。

 だからもはやウェスタンゼルスという都市そのものが、無数に枝分かれし、同一の世界内に存在しているのだ。

 ジュジュは第三十二番連隊の冗長なありようを思い出した。彼らは討伐すべきリドルと、それを討伐している自分たちがいる都市をはっきりと顕在化させられなかったのだ。だから仕事を説明できなかった。

「かく言うオレももはや、こうして処刑している相手が、本当のスフィンクスの裏切り者なのか、自分が処刑者たるために自作した幻影なのかまったく分からないんだ。どうしても分からないのでもうあきらめて没頭しているよ」

「それは辛そうですね」

「この混沌を終わらせられるのは〈晦冥の勇士〉のみだ。勇士はすべての断片を行き来し、同時に存在できるから。勇士が断片を統合し、上書きすれば終わるだろう。かつてのイスカンダールのように、混沌は一人の英雄の功績に塗り替えられ、秩序の齎された世界で語り継がれる」

「それはやったほうがいいですか?」

「さあ、どうだろう。あんた次第だ。オレは仕事に戻る。スフィンクスの地下基地を爆破した間者を処刑せねば。今夜じゅうにあと七十五人」

 剣を地面に突き立て、その衝撃で遥か高みまで跳躍してオーガストは見えなくなった。

 ジュジュはひとまずもう一缶、炭酸飲料を買って飲んだ。

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