二十三、第五十六連隊

「お前が新しくうちの隊に来たジュリエット・ジャッジか?」

 全十二隊から、一ヶ月しないうちに全八十五隊ほどに増加した銀朱連隊。その五十六番目の連隊にジュジュは入った。支部はなく、駅前に現地集合だった。

 直属の上司はラドクリフという、無精髭を生やした無愛想な男だった。

「〈第一〉は皆の憧れ、だのにどうしてそっからうちに来たんだ? うちは地味だぞ。どういう腹だ?」

「幸い規則正しい生活のおかげで脂肪は付いておりません」

「腹ってのはどういう『つもり』なのか? って意味だ」

「そういう方向性の話でしたか。いえ、なんというか無為だと思いまして」

「お前はシャーマンの隊から来たそうだな? 優秀な人材が揃っていたそうじゃないか。そいつらが無為っていうのか?」

「そうです。英雄的ですが彼らは何も分かっていない猛犬のような系統だと思いました。共に戦うのは楽しかったんですが、自分が何に対して何をどうしているのかすらよく分からなかったので疲れたという方向性の話かもしれないという指向性」

「ふん、そうか。まあまずはお手並み拝見だ。我々第五十六連隊の仕事は南環状線に乗って一日中ぐるぐる回ることなんだ。暇だから何か本か携帯ゲームとかを持っていったほうがいいだろうな」

「あ、それ第一連隊にいたときもたまにやっていました」

「余裕の表れか? だがその余裕なんてまったく役に立たないってことを、無駄な時間のうちに知ることだな。水分補給を忘れんな」

 電車に乗ると既にラッシュ時間を過ぎ、混雑もそれほどでもない。ジュジュは座ったまま「自宅でできるドラーク器官の鍛え方」という本をずっと読んでいた。面白い本だったがその方法が、冷水を体にかける、野菜をたくさん食べる、などというもので、無理そうなので実際にはやらないだろう、と思っていると、ものすごく小さい虫が床の上にいくつもいるのに気がついた。

 群体型リドルはどこから来るのか本当に謎、蛙やネズミが多いが虫も多発している。不快なので乗客一同は身を縮めて嫌そうな顔になった。そもそも、どこかへ向かうために乗っているだけであって、この電車に乗ること自体が目的って人はまずいないのだ。第五十六連隊のジュジュ以外には。

 誰かがやって来て虫を駆除してくれないかなと思っていると、銀朱連隊の兵士達がものものしく入ってきた。ガスマスクをつけていて、銀色に輝くボンベを背中に背負っていた。彼らは緑色の、いかにも毒って感じのガスを撒いて虫を殺した。人体に影響はないのかどうかは不明。

 日没時、電車を降りてラドクリフ隊長に電話をかけた。

「なんだ、ジュリエットか? 今までずっと電車に乗ってたのか?」

「はい」

「今の今までずっと」

「そうです」

「そうか、ならまず合格といったところか。とはいえ勘違いするんじゃねえぞ。お前はまだ新入り、末席、下っ端だからな。もっとも、ほかのやつらがそこまで優れてるってわけじゃあねえが。帰っていい。明日、また駅前に来な。そのとき次の仕事の話をする」

「また電車でぐるぐる的な方向性ですか、隊長」

「それは明日考える」

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