二十二、師匠の変革

 ジュジュが目覚めるとそこは、大瀑布を背に立つ巨岩の上、古の寺院だった。

「起きたか、我が弟子よ」

 目の前には大瀑布の魔女、エルダー・ジュリエットがいた。相変わらず八百年生きているとは思えない若々しさだ。

「師匠、これは夢ですよね?」ジュジュは聞いた。「いわゆる明晰夢っていう系統のやつですね? なぜなら師匠はわたしがジュリエット・シャーマンを倒すためだけにでっち上げたありもしない過去の存在だから」

「その通りだ。しかし、リドルに覆い尽くされたウェスタンゼルスで不用意に何かをでっち上げるということは、それを実在化してしまう恐れを常に孕んでいる、そんなことも知らなかったのか、我が弟子よ」

「知らなかったです。それで、今回は何用ですか」

「現在ウェスタンゼルスにおいて、連隊の英雄性が揺らぎ始めている。これは由々しき問題だぞ」

「そうなのですか」

「原因は恐らくスフィンクスのせいだろう。やつらがただ倒されるだけのリドルと違い抵抗の意思を明確に見せているせいだ。とはいえ民衆が支持する限りこれまでのようなタイプAのリドルの解明は問題なかろう。しかし、タイプBやCそしてF辺りの解明は困難になっていくかもしれない」

「それらについて初耳なんですが」

「お前は知らなかったかも知れぬが、兵士が行くぞーって言ってズバーっと必殺技を放ち倒して『スゲエ、ヤベエ』と賛美される、これがタイプA、英雄性に弱い一般的リドルだがインフルエンザみたいにいろんなタイプがリドルにはあり、地道な作業でしか解明できないものや、足を使ったり頭を使わないといけないもの、塩水に弱いもの、何もしないほうがいいものなど様々なタイプがあるのだ」

「へえ」

「お前は連隊の人間なのにそんなことも知らなかったであろう」

「はい」

「なぜなら、連隊はきわめて横着な性格を持った組織だから、そんな色々な解決方法を選択したがらないのだ」

「それは困りましたね」

「隊長の性格によっては他のタイプを駆除している支部もあろうが、それにしたって小規模だ」

「ということは、このまま英雄性だけで駆除できるリドルが減っていけば、ウェスタンゼルスは危機に陥るのではありませんか」

「まさにそうだ。よって、私は今からお前に秘儀を授ける」

「どんな秘儀ですか」

「あらゆるリドルを駆除する人材を用意できる秘儀だ」

「は?」

「そいつらを都市の混沌を利用してどこからか呼び出し、お前の近くに配置してやろうではないか」

「そんなことができるなんて師匠はいったい何者ですか?」

「私はただ『五回目』のときに苦労するのが嫌なだけの横着者だ。分かったら起きろ」

「はい。起きます」

 ジュジュは目覚めた。大変なことになっていた。

 町じゅうでリドルが猛威をふるい、兵士たちが戦っている。

 銀朱連隊は十二の隊に分裂していた。ジュジュが所属している第一連隊は今までどおり、むやみやたらに大衆が好む大規模で大雑把で英雄的な技を出しまくるだけだ、前に倒した蒸気機関で動く巨人が大通りを歩いているので何事かと思ったら、それは連隊側の新兵器で、スフィンクスの巨大怪獣と格闘を、白昼堂々繰り広げていた。

 まず第一連隊の兵士はスフィンクスの構成員と白兵戦を繰り広げ、相手が巨大怪獣を出したら巨大ロボットを出撃させ、しかも数分間戦ってから必殺技を放っている。なぜ最初から巨大ロボットの必殺技を使わないのかジュジュは疑問に思った。恐らく暇なのだろう。

 第二連隊は一日中流れ作業や一見意味のなさそうな反復作業をさせられている。穴を掘ってはまた埋めたり、電話帳を積み重ねて崩し、また積み重ねたり、白い紙を黒く塗りつぶしたり。第六連隊に至ってはかなり専門的で、体長七十メートルの巨大鳥型リドルが出現したら必ず倒すが、それ以外は倒せないという、ダニエル・ハヴォックに似た特化っぷりだった。体長六十八メートルの巨大鳥が出現して、そいつをどうやって二メートルでかくするかでひどく頭を悩ませ、竹馬に乗せるとか、急激に成長させるため栄養剤を投与するとかいろいろ悩んでいるあいだに町が破壊され、巨大鳥はどこかへ飛んでいって一件落着となった。

 市民は、巨大ロボット、何もしないで道に腰掛けている第五連隊の兵士、ガスタンクほどのゴルゴン猫、スフィンクスの怪人、延々道端の花壇を掘り返している第二連隊員、世界は明日滅ぶという演説をするローギルの信徒、死体、どこからかあふれ出た百匹のガマガエル、などを掻き分けていつもどおりの生活を送っている。

 ジュジュは異動を考え始めていた。

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