二十、右往左往
今日もリンダリア大帝国の巨大都市ウェスタンゼルスにはリドルが渦巻いている。日々、連隊が七十万ほどを除去しているが、一日に一億ほどが生まれているのでまったく解決はできない。おまけに昨今はスフィンクスの連中が、いたずらに〈出題鍵〉を用いてリドルを結晶化させており、それを阻止するために連隊はさらに強力な技を使いたがる。そうすると更にリドルは深まり、それに対抗するために民衆はさらに連隊を英雄視し、それでスフィンクスはさらに触発され……といったふうに恐ろしい螺旋が都市に渦巻くことになる。
しかし兵士たちはのん気に連日宴会を繰り広げている。
入隊から二ヶ月ほど経ち、早くもジュジュは〈深紅〉の位へ昇進した。部屋の掃除をするかのようにリドルを片付けてはいるが、一向になくなる気配はない。抗争が続く中、兵士たちの中にはスフィンクスに敗北したり、リドルに呑まれて永遠に行方不明となる者も多数いた。それを重く見た連隊は、リドルに適性がない市民の脳を改造し、人造ドラーク器官を埋め込んで兵士に仕立て上げ始めた。あるいは簡単な手術や薬液で、リドルに対する抵抗力を得ることが流行り始めていたが、その〈予防接種〉は副作用もひどく、ある日いきなりリドルの発生源となってしまうリスクが生まれていた。
夜勤のアリスと、〈割り切りのカール〉が新造した支部の付近をうろうろしながら、コンビニで買ったチューハイなど飲んで良い気分になっていると、非常に右折したがっている老人がいた。
「わしは、右に曲がりたいんじゃ」と、話しかけてきた老人に対し、
「それって政治的な意味で?」とアリスが問うが老人は物理的な意味と言う。
「曲がればいいではないか」カールは率直に返した。
「だからずっとここいらの道を右に曲がり続けているんじゃが、いつまで経っても家に帰れんのじゃ! あんたら連隊の兵士ならどうにかせんかい」
「どうにか、とは?」
「わしが家にたどり着けるようにするんじゃ!」
老人からは濃厚なリドルの気配がした。
そしてすでに深く本人の脳や概念的な部分と結びついているので、リドルを単純に駆除すれば彼が死ぬのは歴然としていた。
普段ならもう寿命もそんな残ってなさそうだし、一思いにやるかー、ってな感じで即始末するが、今夜は暇だったので老人に付き合おうかという話になった。
「まずあんたのおうちはどこなのか教えてくれないかな、ご老人」
「市場の向こう側じゃ」言いながら老人は歩き、また右折する。
「じゃあ、ここをまっすぐ進めばいいだろう」カールがそちらを指差しながら言う。
「わしは右に曲がりたいんじゃ!」
「それだと市場の向こう側には行けないんですが」
「わしは家に帰りたいんじゃ!」
「さてどうするよ、カール」
「簡単だ」カールはすでに解明したと言わんばかりに自信に満ちていた。「この爺さんの認識を改めればいい。爺さん、あんたは右と左をどう判断しているのだ?」
「フォークを持つ手のほうが左、ナイフを持つほうが右じゃ!」
「ならばあんたの右手と左手を付け替えればいいのだ。確か漫画だか小説で見たことがあるぞ。あまりに鋭く斬れば、血も出ないしあてがうだけで再びくっつけることができるとな。では、今からそうしようではないか」
と、カールは剣を抜いて老人の両手を手首から切断したが、当然彼は激痛にのたうち、出血多量で息絶えてしまった。
「しくじったな。まあ、終わったことはしかたがないだろう。次にこの経験を生かせばいいのだ」
「そうだね」平然と割り切るカールに続いて、アリスは血に染まった路上に飲み終えた空き缶を置いて立ち去った。
「オイ、今の見ただろオーガスト!」猫の仮面の男が、骸骨の仮面を被った処刑人に訴える。「あいつらのひどさはヤバいぜ、俺なんかよりやつらを先に始末すべきだろ!」
「確かに悪逆非道、悪鬼羅刹、超悪辣な態度、許しがたいね」オーガストは剣を地面に突き立てて言う。「しかしだ、オレはスフィンクスの処刑人、スフィンクス内部の裏切り者を始末するのが仕事でね。今はあんたの処刑が最優先事項だ、デイモン。あんたはスフィンクスの資金を横領しては、恵まれない子供達の支援や環境保全を行っている団体に寄付していたな。その罪は見過ごせない」
「どうしてだよ! 俺が間違っていて、見ず知らずの老人をぶっ殺すあいつらが正しいっていうのかよ!」
「いや、お前は間違っているが、社会的害悪であるテロリストのカネで良いことをしたという意味じゃ、ある種の社会正義は含まれているかもしれない。また、あの二人は社会的正義だが問題があり、極悪と言ってもいい。だけどオレにとってはそんなことどうでもいいんだよ。オレの〈立場〉はお前の処刑者、それだけが肝心なんだ。さて、お前はこっからどうにかして脱出できるのかな? こいつは類まれな難問だぞ」
そしてデイモンは抵抗空しくオーガストの剣に倒れた。都市は一層の混沌に染まり始めている……
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