十九、聖域砕き

 鐘が鳴っている。十二時だ。〈顔なしローザ〉は貧乏な大学生の顔で街を歩いていた。

 交差点の街頭ビジョンが、銀朱連隊の活躍を英雄的に伝えている。ウェスタンゼルス中央隊の華々しい戦果。この都市最強のハンター総長が、巨大蛸型リドル、鶏型リドル、詐欺師型リドルの三つを解明したと言う。

 特に鶏型リドルは庭に二羽いる形でありおまけに横に鰐も二匹いてどちらが本体か見分けなくてはいけなかったのに庭に二羽にいる鶏型のリドルを鰐とともに庭二羽に鰐……アナウンサーは急に狂ったようににわにわにわと連呼している。リドル関連ニュースにはよくあることだ。リドルは伝染する。だからリドルについて話すときは、連隊がいかに英雄的で徹底的にリドルを滅ぼしたか、強迫観念のように唱えなくてはいけない。それでも伝染を完璧に防ぐ方法はないのだが。

 アナウンサーがぶっ倒れて鶏冠とさかが生えてきた辺りで運び出され――完全に鶏になるまで放置しないあたり時間押してるのかな、とローザは思った――代役が来て、スフィンクス関連ニュースを始めた。

 特に理由もなく夕方、表に出て、剣や包丁やノコギリで往来の人々を殺傷する〈人斬りロイク〉という南区の兵士が、果物を撒き散らしながら突っ走るトラックとカーチェイスを繰り広げ、結社のメンバー〈冬扇のシリウス〉を一区画ごと〈英断〉で退治し、「やっぱり普段から人斬ってるといざってとき違いますよね(笑)」というコメントを出した。これに対し有識者からなるコメンテーターたちはさすが、イカす、クール、みたいな評価。街の人々も、やっぱり連隊は頼りになる。ロイクは昔俺ん家の近所に住んでたんだよね、もう引っ越したけど。友達がこの前ロイクに斬られて出血多量で意識不明だけどそんな彼もこの街を守る礎となった、と考えると誇り高いよね。などという賛美。街のざわめきは賛歌。

 まったくもってクソだな、とローザは貧乏な大学生が金欠に苛立つような顔で内心思った。連隊の、何してもオーケー、オールパス、オールマイティな感じがなかなか彼女にとっては我慢ならなかった。だからこうして顔を変え、今から連隊にこっそり潜入しようというのだ。

 最近、スフィンクスによって支部を破壊されたやつらがいるそうだ。今では近くのローギル教会に出入りしているとのことだ。

 そいつらに追い討ちをかけ、全滅させてやろうではないか。


 そういうわけで野菜の配達人の顔で勝手口に来た。

 台所では白い髪の女性が忙しそうに動き回っている。材料が足りなくて頭がおかしくなりそうなときに来てくれたローザを救世主のように考えているのがはっきりと分かった。

「あいつらは食い物を食って排泄するだけの袋に過ぎねえんだよ!」ラプタニア訛りのある料理長は野菜を刻みながら叩き付けるように言った。「英雄かなんか知らないけどドラーク器官が肥大化しただけの野生動物だぜ、誰も同意しちゃくれねえだろうがな」

「いや、分かりますよ」ローザは言った。

 そしてもうじき食中毒事件発生だ。

 野菜には呪いがかかっていて、食べた瞬間高熱が出て、筋肉痛、意識混濁、脳内出血を経て五分以内に百パーセント死亡、さらには一族郎党が七代先まで異様な頻度で霊柩車を目撃する、ヘッドフォンがすぐに断線する、鳥目がひどくなる、といった症状に苦しむのだ。

「じゃ僕帰りますね、ああ、ガムとチョコレート同時に食べたいな」と言いながらローザは退出した。料理長がなぜか「それはやめろ」と言っていたが、連隊が全滅するのを想像すると楽しくて聞こえなかった。

 翌日、これはもう全滅しただろうな死んだろうな、と思っていると、そんなことはなくて、テレビジョンでは相変わらず連隊賛美の内容、激怒のあまりローザは鼻血を出し、ムカつく上司に今日あたりぶち切れてやろうか、っていうOLの顔で街を突っ走った。

 後日原因が判明。兵士達が間借りしているにもかかわらず大々的にうるさい宴会をしており、料理が出てくる直前、教会は吹き飛んだ。

 料理ももちろんすべて塵と化してしまった。

 連隊の兵士達は鍛えているのでもちろん教会が消滅しても平気だったが、ウェスト司祭長は激怒、聖職者としてあるまじき、差別用語、放送禁止用語を並べ立て絶叫していると、その犯人が「やあ、どうも諸君」と姿を現した。

 それは黒い髭を生やしたハンサムな中年男性で、彼を見るなり一同は「あ、あなたは!」とどよめいた。

 彼はニューノールの大隊長を務めているバージル・アッシャー、通称〈聖域砕きのバージル〉であった。彼は〈人斬りロイク〉と同じく、気が向いたら寺院や墓地を破壊するのを趣味としていた。

 司祭長は彼につかみかからんばかりであったが、兵士達は彼女にこう言った。

 大隊長は偉大な人物であって、その人物が寺院を破壊するのはこれまた偉大、だからむしろ名誉なことと思わないと。それに教会は吹き飛んだけど、神とあなたの内心の信仰は健在、あるいは逆に高まったっていうか、殻を破る、一皮剥けたって感じじゃないですか、これをきっかけに新たな気持ちで聖なる道を歩いていけるでしょう。

 あまりの激怒で司祭長は鼻血を出し、口から泡を吹いてぶっ倒れた。

 アッシャー大隊長にサインなどもらいつつ、一同はどこか昼間からやってる居酒屋を探して廃墟と化した教会を後にした。

 その後、支部を押しつぶしていた大量のフライパンを調べたところ、どんな脂っこいものを焼いても、一拭きするだけできれいになる優れものだと判明し、連隊はそれを増産し販売することにした。これが銀朱式フライパンとして爆発的にヒット、支部を再建する費用はあっという間に溜まった。

 世の中、何が起こるか分からないものだ。この浮世こそがまさに〈リドル〉である。

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