十八、間借りの英雄達

 昼ぐらいにシャーマン隊長が来て、さんざん喚き散らした。いつものことだ。

「おい! これは何だよ、この惨状、このフライパンの大量発注は! 纏め買いすると割引になるって言葉に乗せられたのか? それとも注文数のゼロを二つほど増やしちまったのかな? おたくの仕業か、イス。私に恨みがあるにしても、なかなか突飛な手段での復讐だな? だがおたくの人生はここまでだ。豚箱の中で反省するんだな、反逆者め」

「僕のせいじゃねえよ、敵襲」

「敵襲だって? 支部を潰されて、なぜそうやって平然としてられるわけ? おたくらの精神的な部分での弱さに敵は付け込んだんだぞ。それを自覚していないようだな」

「精神的部分って言うけどさ隊長」イスは辟易しながら反論する。「こっちがどんだけ警戒してても朝っぱらは人がいないんだししょうがねえと思うよ僕は」

「考えてもみろイス。市民の皆さんはただでさえリドルによって日々苦しめられており、それに加えてスフィンクスという得体の知れないやつらが、リドルを悪用して犯罪に使っているんだ。まさに国難、世も末。ここでこそ我々が最後の砦とならなくてはならないのにこのフライパンの山、どうなっているんだこれは。わが国を貶め、人々を不安にして、おたくらはそれでも兵士か。やっぱり最近の若造はだめだな。インターネットと殺人ゲーム、親の過保護、教育現場の崩壊、性嗜好の乱れ、薬物依存、低俗なテレビ番組、そういうもののせいで誇りをすべて失ってしまったのか? 何とか言ったらどうだイス。その名が泣くぞ」

「知らないよもう、さっさと業者を呼んで片付けて再建したら」

「ああそうだな、まあ老朽化が進んでいて解体予定だったので、敵をおびき寄せて倒すのに利用したってふうにマスコミには発表しよう。愚民どもはそれを鵜呑みにしてますます我々を賛美するであろう」

 そして一同は支部が再建されるまでの間、近所のローギル教会へ身を寄せることにした。

 ローギルはよく分からない神だ。大帝国は主神ダガスを筆頭とする多神教だが、ローギルにおいては、イスカンダール皇子がその存在を表す以前にはどこの伝承にもその姿はない。彼が個人的に創ったのではないか、という説も根強い。教会は秘密主義な面も大きく、人々は信者たちを畏敬の念でもって見ている。教会の主な収入は武器の作成だ。連隊への供給を独占状態で行っているのだから羽振りはよかった。

 近所の教会の代表者ウェスト司祭長は三十前、清廉な笑顔の聖職者だが、得体の知れない部分もあった。夜な夜な謎の肉を煮て食べているとか、武器を鋳造する際に人間の血液が必要になるので、それを供給するためにマフィアと手を組んでいるとか、そういう噂だ。しかし本人は淑女然としており、一同を寛大に受け入れたが、一同が「狭い」「暗い」「寒い」などと文句ばかり言うので徐々に機嫌が悪くなっていった。

 それを和らげるために皆は教会の掃除を始めた。しばらくして地下納骨堂の偵察に行っていたベネディクトが帰ってきて、「よう、ハヴォック、何やら新しい力を身に付けたそうだな。気合十分だろう、その勢いで下のネズミやゴキブリを退治するの、手伝ってくれよ」と言ったら、害虫を次から次に竜に変え始めるダン。幸いもとのサイズがそれほどでもないので、小型犬ほどの竜にしかならなかったが、その力を使わないと虫一匹殺せないという弱点も浮き彫りになった。

 その後もエヴェリーナが「神の力を身に付けて更なる高みに上りたい。いくら出せば恩寵が手に入るんだ? 奇跡一回でいくらだ? 信仰? ないが金でどうにか」などと司祭長に聞いて説教を受けたり、非番だったアリスが遊びに来たら今頃この前の反動で血を吐いたりして、そのうちに日が暮れていった。

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