十五、矛盾者
「おっと、それは通らないぜ」仮面の人物は、アリスの渾身の一撃をステーキナイフで受け止めてしまった。同時に左手のフォークで目を突こうとするが、アリスはすばやく回避する。
敵は赤毛の女で、ワインを飲み干すと名乗った。
「あたしは秘密結社〈スフィンクス〉のシャーマンってもんだ。この都市に混沌をもたらすために来た使者さ。だがまだまだ我らの知名度は低いみたいだな? こうして露骨にあんたらを誘おうと連日歩いていたけど、ようやく今回、戦闘の運びとなって嬉しいぜ」
「受け身だね、そちらから攻めてくればいいのに。っていうかあんた、シャーマンって言った? マジ?」
「まさか隊長のご親族?」
アリスとジュジュが困惑するがシャーマンは首を振って、
「いやあんたらの上司である〈天使随伴者〉キンバリー・シャーマンとはなんの繋がりもないぜ」
「紛らわしいね! じゃあファースト・ネームで呼んでやるから名乗りなよ」
「いいだろう。あたしはジュリエット・シャーマンという」
「わたしと同名なんですか……なんかやり辛いですね」
「何を躊躇することがあるんだ?」ジュリエット・シャーマンは仮面を被りながら言う。「正義と悪との戦い、そいつが飽くなき混沌を誘引する。どっちに転んでも望むところ、諸手を挙げて大歓迎だぜ」
「イカレた悪党め、この場で粛清する必要がありそうだ」アリスが汗をかいている。緊張によるものではない。彼女は既にドラーク器官、三焦、霊気ターミナル、そのほか色々な臓器を最大限に稼動させ、戦闘の準備を整えていた。鼻血が垂れ、腕に血管が浮き出る。とどめに詠唱が始まった。肉体のリミッターを外し人の身で怪物と化す秘術〈極点〉だ。だが、ジュリエット・シャーマンも鍵を取り出し召喚を開始している。
「春の霞のモラトリアム/適度な距離感/三百匹の蚤――」
「〈鯨よりも大きく――〉」
「ふざけるばかりの重役/生温い夜想曲/夏の豪雨に/手放しでの賞賛――」
「〈目高よりも小さい――〉」
「十一月の転居届け!」
「此は如何に!」
反射的にジュジュは剣を構えていた。
とたんに強烈な衝撃。後ろに吹っ飛び、ビヤ樽の上に着地する。襲ってきた何かをどうにか弾き返せたようだ。店内は食器、杯、椅子、テーブル、壁、逃げ遅れた酔客の断片が飛び交う地獄絵図だ。何が召喚されたのか分からないが、凄まじい速さでそれは大暴れしているようだ。
アリスの姿も現れては消える。限界まで身体能力を強化し、縦横無尽に、酒場が壊れるに任せ、駆け巡っている。
「そいつに追いつくのは無理ってもんだぜ、アリス・ロビンソン! 蝸牛より遅く光より早いからな」
何物かとアリスは屋根をぶち破って野外に飛び出た。残ったジュジュはジュリエット・シャーマンを討ち取ろうと剣を抜いて飛び掛る。
「それも通らないぜ、ジュリエット・ジャッジ」言葉通り、相手の剣に受け止められてしまった。「あんたは天才って評判だが、それでもだめなんだ。なぜだか分かるか? 順序ってものがあることを理解していないからだ」
「順序ですって?」
「そうだ、あたしはまだ倒される段階ではないのだ。適切な順序を踏まえなくては、いかなるパワーをもってしてもあんたの攻撃は通らないということになっている。これは世界の黄金律、不文律」
「一体どうしろと?」
「適切な背景のある必殺技を使う必要がある、そいつをまだ理解していいないあたり新人だぜ、あんたは」
そういえばビョルンも似たようなことを言っていた。
確かに自分には必殺技と呼べるものはない。それを前回と同じく、今から作ればいいのだろうか。
しかし、必殺技というのは長きに渡る修行や過去の因縁がなければ生成できるものではない。
あいにく、怠惰ゆえに大学を中退するような自分にそんなものはない。
その事実にジュジュは絶望し、焦り、そして同時に苛立っていた。
どうしてないんだろう、あればいいのに。
「一方でこのあたしには必殺技があるのだ、そう、あれは三年前……」
ジュリエット・シャーマンが回想シーンを始めようとしている。ますます焦り、苛立ったジュジュは、頭上で電球が点灯するかのようにひとつのアイデアにたどり着いた。
ないならあることにすればよいのだ。
ビッグバンよりも強大で、蟻のひと噛みよりも脆弱な必殺技。そしてそれを会得した過去が。
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