十四、勝利の女神

 なぜか副長と酒を飲むことになった。彼の体調がいい日のことだった。支部から近い酒場で、夜勤のアリス・ロビンソンという、面識のない暇人が途中から一緒になった。アリスは若白髪で、シャーマン隊長よりさらに髪が長く、腰くらいまであった。彼女の眼鏡に指紋がやたら付いているのがジュジュは気になってしかたなかった。  ジュジュは未成年なのでずっとサイダーだけを飲んでいた。アリスは口数少なく、ほとんど相槌を打つだけだった。副長は、大丈夫だとか、問題ないとかポジティブな言葉を好んだが、説得力が皆無だった。

 そのうち、皿やチキンの骨を兵士に見立てた市街戦のタクティカル・シミュレーションを副長が開始したが、表現したいことが一切分からず、ジュジュはいつものように、ただそれらしく頷いていた。それから、生きる上での心構え、みたいな、不毛な話に突入した。

「まず二人ともまだ若いから、今後いろいろ社会でひどい経験もすると思う。ところが心配はない。全部自然に解決するから。そう、解決しないなんてことはないんだ。オレだって、今までいろいろ辛い目にも会ってきたけど全部翌日には解決してたから」

 これがセルマだったら「いや、常態的に頭痛を抱えているじゃないですか。そのドラーク頭痛の治療法は今のところないですよね?」などと反駁しただろうが、ジュジュは「はい」と頷き、アリスも「もちろんそうですよね」と肯定しながらハイボールを飲んだ。

 しばらくして副長は急にわき腹の痛みを覚え、勘定を置いて帰って行った。

 初対面のアリスと二人きりになってジュジュは何を話したらいいか分からず黙っていると、

「ジュリエット、ジュリエット・ジャッジ、あなたは恐ろしいほどの才能の持ち主だと聞いてるよ、新入りの中ではだんとつって評判」

 アリスがそう言ったので、「それは過大評価的な傾向のある話と思いますが」

「いや、ベリーニさんが、あなたの内包する深フラクチャー数が七百ほどって評していたんだ。隊長も、ビョルンも、アンヘロやあの新入りの子、セルマですら、あなたが真の新人王だという点については同意していた。何より恐ろしいのは、あなたは自覚がないってところ」

「ないですね」

「常に最適の結果を作り出す能力があなたにあるのは疑う余地もないよ。これまでの行動を見ると、自分と、自分の所属している勢力が勝つっていう結果に向かって世界そのものを操作している、と言ってもいいかも知れない。そういう未来を引き寄せる、運命の操作と言うか。まさに我々にとっての勝利の女神なんだよ、あなたは」

「それで給料とか上がったりしますか」

「その可能性は大いにある。年内にあなたが〈鉛丹〉の階級を取得するのはほぼ確実ね。もしかすると〈銀朱〉も近いかもしれない」

 何もしていないのにそんな高い評価をいただいていいのだろうか、とジュジュは思ったが、自分がそれに値する能力を持ち、連隊がくれるというなら貰わない手はない、とすぐに考えた。

「こたびの敵対勢力〈スフィンクス〉打倒においても働きを期待しているよ、私も隊長も、もっと上も」

「そんなに注目株なんですか、わたしは」

「もちろんだ、なにしろあなたは〈晦冥〉の――」

 アリスはそう言いかけて、向かい合っているジュジュの後ろに目を向ける。

「ジュリエット、今気づいたんだけど」急に声を潜めてアリスは言う。「あいつ、〈スフィンクス〉の人間じゃないかな? そんな格好してる気がするけど」

 ちらりと後ろを見ると、確かに前回遭遇した〈下見のグスタフ〉と同じ、黒い軍服の人物が、少し離れたテーブルにいた。

 相手は一人で、飲み食いのため側頭部にずらした仮面には、鳥のような嘴が生えている。

「どうするんですか、非番だし今回は通報するだけに――」

 ジュジュが言い終わる前にアリスは抜刀し、机の上に飛び乗っていた。

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