十三、ゴルゴン猫
「隊長、あれはいったいどういうことなんですか」
「あれとはなんだ」支部に付くなり質問をぶつけたビョルンに、シャーマン隊長は面倒そうに聞いた。
「〈スフィンクス〉と名乗る秘密結社です」
「なんだって?」
「俺とジュジュは巡回中、〈スフィンクス〉と名乗る秘密結社の構成員〈下見のグスタフ〉なる男に襲撃され、俺は背後を取られ、しかし〈風翼〉を用いて二十メートルくらい吹き飛ばし、その後やつは蒸気機関で動く鉄の巨人を召喚、俺は踵をパンチして倒す活躍を見せたというわけです」
「そうか」
「そうか、ではなく、連隊はあの組織を把握していなかったんですか?」
「していなかった。なぜなら、そいつらは秘密結社なんだろ」
「そう名乗っていましたが」
「秘密結社なんだから秘密なんだろ。じゃなきゃ結社〈スフィンクス〉と名乗っているはずだからさ」
「確かに」
「そいつらは何? どういった団体? 接触した限り分かったことを報告しなよ」
ビョルンは隊長に、彼らはインターネット上で最近結成されたらしい組織で、リドルを用いて世界を混沌、混乱、無秩序、無政府的状態に陥れることを目的としていること、謎のキー・アイテム(ダブルミーニング)を使い、局地的にトルメンタ波動値を急増させ、リドルを結晶化させた怪物を召喚することなどを話した。
「これだからインターネットは!」隊長は呆れたように言った。「犯罪の温床となっているのは明確、歴然なんだから、規制すべきだ」
「しかし、道具やインフラとは、使用者次第であって、それ自体が悪と断定することはできないのではありませんか?」傍で聞いていたセルマが反駁したが、
「それがなきゃ馬鹿が馬鹿なことをしなくて済んだってケースは山ほどあるだろ。道具が善でも悪でもないってのは、馬鹿の手に渡らないことが保障された上での話だ。善人だろうと悪人だろうと、馬鹿の手の中にあればどんな道具もろくでもない結果しか生まないのは明白、歴然、決定的だろ。馬鹿の手に触れないような規制が必要だと私は言ってるわけだよ。とにかくその秘密結社とかについては調査する。各地の秘密警察に動いてもらい、スフィンクスの構成員と判断されれば即日処刑を許可するように働きかける」
「それはいいですね」
「そして、我々も対策を練る必要がある。詳しい人に来てもらう必要がな」
「詳しい人とは?」
「詳しい人は、詳しい人だ。早めに来てもらうよう強く要請する」
そうして、その日のうちに詳しい人が支部にやって来た。
詳しい人は白衣を着て眼鏡をかけた男性だった。
権威があり、自信があり、知性があり、すべての人間にとって助けになりそうな雰囲気を醸し出していた。
「私は銀朱連隊ウェスタンゼルス支社のスティーブンス監査官。今回皆さんが遭遇した危機について解説するために参りました」
「監査官殿、早速〈スフィンクス〉と名乗る悪漢どもについて語って欲しいのですが」隊長が促すとスティーブンスは頷いて、
「もちろんです。しかし、その前になすべきことをなさねばなるまい。シャーマン隊長、猫を飼っていますか」
「いや、飼っていないけど」
「そうですか。まず、連隊を強化する案として、ゴルゴン猫を飼うというアイデアがあるのですが」
「ゴルゴン猫? なんですそれは、妖怪か?」
「いえ、そういう種類の猫がいるのです。その猫を飼うと、精神的にすごくいい癒しの効果があり、ルポ指数が五百は上がる効果が報告されています」
「五百? それはすごい」隊長の発言に同意するかのように、一同がざわついた。
「猫を飼うだけで五百も?」
「〈柱〉の二倍とは驚いたな」
「それなら毎日〈撃滅〉を三発は撃てるぞ」
「その猫はどこで手に入るんですか?」
「そこいらのペットショップで売っていますよ。この支部で飼うことを提案しますが」
「なるほど。じゃあチャック、今から行って買ってきてくれ。領収書忘れずにな」
チャックは三十分くらいでゴルゴン猫を抱いて帰ってきた。それは猫と名づけられているが猫とは程遠いものだった。
蛸の脚だけを切り取って数百本束ねたもののようで、ぐにゃぐにゃと動いており、謎の液を常に分泌しているのでチャックの服や床がべたべたになってしまった。
「監査官殿、これは猫じゃないように思えますが」
「猫です。時折猫のような声で鳴くので、猫です」
「そうですか。で、もうルポ指数は上がっているのですか?」
「この時点でもう二百は上がっていますよ」
「こいつは何を食べるんですか?」
「人間の寂寥感です」
「寂寥感? うーん、供給に困るな。そうだ、ダン、お前が適任じゃないか」
そう言われてダニエル・ハヴォックが前に出た。
ダンは竜型のリドル退治に特化した能力者で、それ以外のリドルに対しては一般人と同じく拒絶反応が出て、すぐ体調が悪くなり、副長の次に欠席が多い。そして竜型のリドルは月に一、二回しか出ない。
そういった境遇からか、彼は常に疲れたような、苛立ったような、空しい顔をしていた。
予想通りゴルゴン猫は彼によく懐いた。
ダンはそいつに、異国の言葉で〈宝物〉を意味する〈タマ〉という名前を付け、支部の隅のほうで飼うことにした。このおかげでルポ指数の恒常的な上昇がもたらされ〈撃滅〉や〈連奏〉といった通常は複数回使えない技を全員が多用できるようになったので、タマの外見が気色悪いことは我慢すべきだろう。
結局、スティーブンス監査官は〈スフィンクス〉の実態やその対策については「とりあえず一番強力な技を乱射すればいいんじゃないですか」というアドバイスだけを残して、桃を三つ食べて帰った。
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