十二、蒸気巨人
「なんというでかさだ、おまけにこの蒸気ではマナをうまい具合に使うことができない。これはちょっとした危機かも知れない」ビョルンが相手を見上げながら言った。そのスチームパンク的巨大ロボットは目を赤く光らせ、威圧的、末期的な有様だ。「応援を呼んだほうが良いのだろうが、面倒だ、ここで俺たちだけで倒そう」
「それは無謀とも言える方向性の発言ではないですか?」不安げにジュジュは言った。
「確かにそうかもしれないが、我々は自惚れではなくあの支部ではかなり有望な部類の人間だろう。だからやれると確信しているし、この巨人を討伐すれば、さらに評価は鰻登りだ」
「そうやって功を焦るのはなんというか、危険な気がしますが」
「おっと、来るぞ」
巨人は蒸気を噴出しながら左足を上げ、二人を踏み潰そうとする。二人は巨人の肩までも跳躍すると、その上に飛び移りむやみやたらに切りつけた。
鉄をも通すはずのローギルの剣はしかし、火花を上げて弾かれてしまった。
「なんて硬い相手だ。こいつを倒すには通常の技ではだめだろう」
「どうすればいいんですか?」
「おそらく必殺技的なものがなければ倒すことは叶わない。何か因縁があるとか、思い出があるとか、一家言ある技を使わなくては。ところが生憎、今のところそういうのはない」
「今考えるというのは?」
「何らかの説得力があればそれも可能とは思うが。こいつは、普段相手して、適当にやっつけている散漫なリドルとは違い、具体的な敵としての存在感を持っている。しかもでかい。無造作な技では倒せまい」
「先ほどグスタフをふっ飛ばしたように、〈感〉を極めて攻撃するのは?」
「悪くないアイデアだが、このサイズではふっ飛ばすことができない。ふっ飛ばすというのは演出効果上、非常に有効そうに思え、実際そういう感じが出たら勝ちみたいなものだからな」
「では例えば、全身の波濤を一気に消費し刃に乗せて切るというのは?」
「全身の波濤を消費したらその時点で死んでしまうぞ。多臓器不全とかで」
「では生命維持に必要なぎりぎりを消費した上で、という形式では?」
「そこまでの制御ができるほど俺もジュジュも波濤操作術に長けてはいまい」
「ではあなたの剣をわたしに貸してくれませんか? 同僚の力を借りた二刀流、強そうじゃありませんか?」
「俺が死んだ後で形見の剣を使うならともかく、ただ貸しただけでは説得力がなく、英雄的でもないだろう」
「では今から自害してくれませんか?」
「は? そんなことするわけないだろう、お前、意外と心無いな」
「心から発言していますが」
「いやそういうことではなくて、モラルハザードと言うか、現代社会の闇を感じるぞ。やはり、個人の個性を重視するような学校教育となったがゆえに、反面、道徳・倫理を軽視するという哀しい社会がそこまでやって来ているのではないだろうか」
二人はああでもない、こうでもない、と蒸気仕掛けの巨人の上で一時間くらい議論を重ねた。
「そういえば今俺たちは」唐突にビョルンが言った。「巨人の肩の上に立っているではないか」
「確かに。それが何か?」
「巨人の肩の上に立っているというのは、先人の遺産、知識、研究、そういうもののおかげで功績をなすことを表す言い回しだ」
「そうなのですか」
「それをうまく使えないだろうか。何かこう、うまく」
「そういえば、この前七十メートルの巨人を倒したって〈水差しアンヘロ〉が言ってましたが、踵をパンチしたらやっつけられた、とのことです」
「そうか。では、踵をパンチすることがこの巨人にも効くかもしれない。というか効くはずだ。効かないはずがない。効かないということがあるだろうか、いやない」ビョルンの口調からは、面倒だからさっさとやっつけて帰りたい、という強い願望がにじみ出ていた。
肩から飛び降りるとビョルンは踵へ走り寄り、右腕に膨大な波濤、気、生命エネルギー、霊的なパワー、魔力、そのほかいろいろなものを集中させ、これ以上ないと言っても過言ではないほど的確なタイミングで、最大級に英雄的、伝説的、能動的、多角的に因縁の秘儀、必殺パンチ〈巨人殺し〉を踵に放ち、それによって蒸気巨人は大爆発、粉砕、死亡、消滅、見事勝利という結果になった。
「さすがはビョルンさん、そして、何もしていないかにみせかけて大量の〈練功〉を送り込んで補助したジュリエットさん、あんたたちはやはり我々の宿敵だ。今後も我々スフィンクスは……」
と言うグスタフの首を刎ね、「よし」と満足そうにビョルンは頷き、二人は帰った。
しかしこれは連隊と秘密結社〈スフィンクス〉の、数世紀に渡る戦いの序曲でしかなかったと、そのときは知る由もなかった。
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