十一、秘密結社スフィンクス

 その日はビョルンとともに商店街をぶらついていた。彼は、三焦強化剤はどこのメーカーのものを使っているのか、とジュジュに聞いた。よく分からないので、ビョルンと同じとこだと思う、と言うと、そうかやはりミストラルか、などと言い、勝手に納得した。

 その後でビョルンが「強化されたリドルを発見した」と言いながらどこかへ走っていったのでただ待っていると、「援護を感謝する」などと戻ってきた彼に言われたりした。恐らく自分の無意識の闘争心が彼を援護、鼓舞、支援したのだろうと解釈した。

 それでぼちぼち支部へ帰るか、といったところで、二人の前に奇怪な人物が現れた。銀朱連隊の外套と似たような軍服に身を包んでいるが、その色は漆黒、そして老人を模した仮面を被っていた。

「そこのお二方。あんたらは、銀朱連隊の人ですね。銀朱連隊に、所属、している人」

「いかにもそうだが貴君は?」ビョルンが聞いた。

「わたしは、リドルを駆逐しようと日夜頑張ってるあんたらとは対照的に、リドルを拡散しこの世を摩訶不思議、混沌、無政府主義的な状態へ陥らせることを目的とした団体、その名も秘密結社〈スフィンクス〉の方から参った、通称〈下見のグスタフ〉という者でございます。下見、の、グスタフ。我々はインターネットのSNSでメンバーを集めて、ぼちぼち活動を開始するか、という運びと相成りまして、関係者各位に挨拶をしている段階でございます。そう、まだ、準備、段階」

「つまりは我々と敵対する組織ということか、ならば死んでもらう」

 と、いきなりビョルンは剣を抜いてグスタフに切りかかった。しかし、その神速の一撃は回避され、背後を取られてしまうという結果となった。

「既にそれは拝見しております、ビョルンさん。下見を入念にした結果ですので。そう、養成所での手合わせでジュリエットさんはこうして〈閃光〉を使い、背後に回りこんだ。それを再現することすら可能、そう、入念に、下見、したので」

「背後を取られてしまうとはなんという失態、が、俺だって遊んでいたわけではないということも下見しているのだろうか、と俺は疑問を抱く。つまり、背後を取られた状態から逆転する技を用意しているというわけなんだ。それを今から披露し、反撃に出て、背後を取られるという失態から名誉回復、汚名返上を試みたいところだと俺は思っている」

「ほう、それは実に興味深い発言ですな。わたしの下見の段階で、あんたは飽くなき向上心を持ち、エネルギッシュな男だということは既に、理解、しているわけです。だから、もしかするとこの背後を取った圧倒的有利な状況から、逆転されるのではないかと恐れる反面、あんたの技を拝見したいという願望を抱いていることも確かであります」

「その通り、俺は向上心を持ち日々成長する人間なんだ、そうでなくては養成所において最強と呼ばれたりしていないわけだ。だから、このような背後を取られた状態から逆転する技が存在していることを解明し体得することすら容易であると言っても過言ではなきにしもあらず。それは〈風翼〉という、肩関節を瞬時に外し、腰を使って鞭のように上半身をしならせ、通常は人体の構造上不可能な角度で背後を攻撃するという攻防一体の秘儀であり是非今から披露したいと強く望んでいる」

「なるほど、さしずめ銀朱流体剣術とでも呼ぶべき秘術といったところでしょうか。しかし、わたしは今あんたの背中に拳銃を突きつけており、その状態から発砲するのと、あんたが〈風翼〉を用いて反撃に出るのでは、どうしてもこちらが一手、速い、と言わざるを得ないのですがそれについてはどのようにお考えでしょうか?」

「もちろん、通常の状態であればそれは間違いないだろう。しかし、俺は今から〈感〉を極めようとしている。それは、一時的にドラーク器官を最大まで稼動させ高揚状態、トランス状態に突入することで全身に普段ではあり得ない波濤を流し、人間の反射を凌駕した動きをすることが可能になるのだ。感極まった俺の動きは恐らく銃弾よりも早いので、そのために貴君が俺に勝つというのは、無理とはいかないまでも、一概にはそうと言えない状況であるのではないか? と俺は思考しているのであった」

「なるほど。しかしながら、その作戦にはひとつの欠点が……」

 とグスタフが話している途中で、ビョルンは飽きたらしく〈感〉を極め〈風翼〉を用いて相手を二十メートルほど吹き飛ばすという超人性を見せた。

 吹っ飛んだグスタフは大量に吐血したものの、恐るべきことに立ち上がったではないか。

「さすがはビョルンさん、見事な技だ。しかし、その技は初見であってもあんたの筋肉の動きは下見していたのです。そうでなければ即死だったでしょう。しかし、あんたを直接相手取るのは賢明ではない。こちらも秘儀を使うとしましょう……リドルを使役する我らのテクノロジーを。〈謎〉が〈謎〉を呼ぶところをね……」

 グスタフは鍵束を取り出した。それはジュジュが連隊から支給されたものに似ていた。そのうちのひとつの鍵を空中に放り投げ、彼は叫んだ。

「〈上は大火事、下は大水〉――此は如何に!」

 ビョルンの顔色が変わった。「何だ、この膨大なトルメンタ波動値は! 七百、いや七十億はあるぞ!」

「いかにも。こうして一時的にしろトルメンタ波動値を六十五億以上に引き上げたとき、新次元のリドルを発現させられると我々は昨日発見したのです。お手並み拝見と行きましょうか!」

 通りを膨大な光が包んだかと思うと、巨大な影がそこに立っていた。

 そいつは百メートルはあろうかという鉄製の巨人だった。全身から蒸気を噴き出しながら、そいつはジュジュとビョルンを見下ろしていた。

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