十、午睡のベネディクト

 日毎に連隊の支部では宴会が執り行われる。大部屋の大テーブルは料理で埋まり、膨大な量のビールが消費される。

 そこで各人がその日の戦果を報告し合うのだ。三十体ものリドルを一振りで両断したとか、身長七十メートルものの巨大リドルをパンチ一発でやっつけたとか、飛び交う銃弾をかわして、相手を大陸の反対側のニューノールまで吹き飛ばしたとか、そういう話である。これが通常の饗宴ならば、酒の席での与太話でしかないが、ここは世界の防衛者、選ばれた勇者達の集う場所であるので、そのすべてが真実であり、伝説的、英雄的だ。

 所狭しとテーブルに並ぶ肉、サラダ、スープ、シチュー、ピザ、パンケーキ、パイ、ゆで卵、スクランブルエッグ、パスタ、ワインとビールの樽。

 ジュジュの隣では大ジョッキを傾け、髭を泡だらけにしながら、チャックが獣型のリドルを倒した話をしていた。そいつを五十階建てのビルの上にまで追い詰め、取り押さえようとして共に落下し、地上に着くまでにばらばらにしてやったと語っている。

 ジュジュは自分ではリドルを見たことはないし、気配をなんとなく感じたり、勘で位置をつかんだり、同行者が「あそこにいるぞ」と教えてくれたりした後で、〈飛刃〉や、気による反射で銃弾を遠くまで飛ばす銀朱流射術〈変幻〉によって、獲物のところまで行かずとも討伐していたので、あまり自分のしていることの実態が分からず、話すことはなかった。それでも、同行者やその様子を見ていた市民からの報告、ベリーニ観測官や他の〈遠見〉の力の優れた同僚が、ジュジュ本人に代わってその日の戦果を、専門用語をふんだんに使って報告する。あまりよく分からないままに「そうです、そういった傾向、方向性、指向性のある行動を取りました、はい、たぶん」などとそれを肯定して、彼女はまた賛美されていく。

 そのたびに、あるのか分からなかったマナや気、波濤、生命エナジーなどの概念が自分の体内を駆け巡るのを実感できるようになっていく。

 脳内に存在するらしいドラーク器官が活性化され、体細胞内に存在する対リドル因子が熱を帯びていくのだ。


 ある朝、ベネディクトと出勤の電車で一緒になった。

 この男は銀行員か、役人みたいにしゃきっとしており、身なりも完璧でひとつの乱れもなかった。

「おれたちは世界を維持するために戦っている」彼はジュジュに心得を説いた。「おれたちがいなければ、誰がリドルと戦うんだ? すべての国、街、そして市民が恐怖にさらされることとなる。それを防ぐために、おれは兵士になったんだ。お前もそうだろう、ジャッジ?」

 そうではなかったがジュジュは頷いた。

「だからおれには、少しの心理的な動揺、乱れさえあってはならない。おれはそういう状態で戦えるほど豪胆じゃない。弱いからこそ、十全じゃないと怖くて戦えやしないのさ」

「辛くはないのですか?」

「ああ……」ベネディクトは窓の外の空を見て遠い目で言う。「辛いさ……だが、そんな弱音を吐いてみろ。あいつに笑われちまうからな」

 と微笑する彼、どうやらこれこそ、彼を支部の主戦力に押し上げている力、哀しい過去の片鱗のようであった。恐らく何かを誓った親しい人物が引っ越すか死ぬかなにかしたのだろう。

「すべてのリドルを殲滅するまでおれたちに休息はない。おれはその日まで休むことなく、戦い続ける所存だ」

「もちろんです」

 出勤して二時間、ベネディクトは中庭に出ると無造作に剣を振り、そのたびに世界のどこかにいるリドルが数百体まとめて消滅し、まさに大戦果と言っていいのだが、無論それが彼の日常だ。この日は昼前に午睡を始め、いつものように宴会が終わるころに起きて、寝癖のついた頭のまま「疲れた。やめたい」と言いながら彼は帰った。

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