九、階級制度

 この大都市、ウェスタンゼルスはリドルとの激戦区のひとつだ。かつてイスカンダール皇子がリドルと戦った主戦場から程近く、今日でも恐るべき数の怪異が湧き出る。そのような場所では銀朱の兵士に休息はなく、彼らへの賛美が止むこともない。

 ジュジュは週に何度かは他の隊員と組んで、市内の危険なリドルが発生しやすい区域へ赴いていた。

 チャックは大学を卒業してから養成所に入っており、ジュジュよりかなり年上だった。背は二メートル近くあり、蓄えた髭と髪はライオンの鬣のようだった。武器は身の丈ほどもある大剣だ。彼は戦士じみた外見とは裏腹に、どうでもいいことでしばしば早退した。空が曇ってきたので、干しっぱなしの洗濯物を取り込まなくては、とか言ったり、足の関節がちょっと調子悪いとか、単に「体調不良」としか言わないことも多かった。

 セルマは何かこちらが言うたび、「それは違うわ」とか「いいえ、その場合は正しくはこうよ」とか、一々反駁するので、ほぼ何も話しかけず、彼女の言うことに黙って相槌を打つだけになっていった。

 バルガスは藁色の髪をした優男だが、行動は予測が付かなかった。〈燎原〉の二つ名で呼ばれているのは、幼いころに野原でマッチを摺っていたら広大な範囲を焼いてしまい大騒ぎになったからだ。その優れた剣術と射撃術は、しばしば街を破壊し、しかし同等の戦果も上げているので市民は大目に見るしかなかった。

 ジュジュや他の新兵は隊員証として〈赤銅〉のメダルを持っていた。これは、一番低いランクで、単独では上位のリドルへの挑戦は許可されず、こういう複数人での行動が義務付けられている。

 一つ上は〈深紅〉の位で、波濤と気の操作に熟達し、戦技もそれなりに使えるようになれば授与される。あるいは、ある程度の長期間勤めていればほとんどの隊員が自動的に入手できた。

 その上の〈鉛丹〉からは急に難易度が上がる。このクラスを有するのはシャーマン隊長を初めとしてイスや副長、ベネディクトなど少数だ。前回の不確定リドルやその他の困難なリドルを単独で除去でき、罷り間違うと都市一つを破壊してしまう危険度を兼ね備えていないと資格者にはなれない。主要なマナのうち、〈漆黒〉〈邪毒〉〈有耶無耶〉の三つを自在に操作できることが条件の一つとされているが、ドラーク機関の覚醒や、哀しい過去などの重苦しいドラマ性のある背景、あるいは伝説的なリドルの討伐などの要素も含まれ、難関である。

 さらに上の〈銀朱〉を獲得すれば地区を統率する大隊長以上の指揮官に就任できるようだが、その条件はあまり分からない。長年の貢献もさることながら、パンチの効いた異常な伝説性、英雄性がなくては無理だという話だ。それ以上の階級も存在しているようだが、そこはまだ早い、と言って隊長は教えてくれなかった。「おたくはまだマナの操作さえ自在にできないじゃないか。天才的センスは認めるけど時期尚早、焦燥感、疾走感、蟻走感をコントロールするんだ。少なくとも〈竜爪〉を補助輪なしで一秒に五回繰り出せるようにならないと。川原で毎朝ローギルへの賛美を表面上だけでいいから信仰心たっぷりに詠唱しろ、私はしたことないけど強要、強制。あ、エヴェリーナ、台所に〈親方〉三ダースあるから運んどいて」

 そもそもジュジュは〈波濤〉や〈気〉〈マナ〉〈劇場型戦技〉〈裏切り〉〈親方〉などの用語もよく分からないままだが、一つを把握する前に次の三つの新しい用語が飛び出してくるし、どういう意味の語か尋ねたら十もの新語が飛び交うはめになるので、なんとなくニュアンスを想像するだけにしておいた。そういった、前作をプレイせず、シリーズもののゲームの最新作に挑むような気分で、日々ジュジュは、なんとなくそこらへんにいるのであろう強敵に、刃を振り続けていた。

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