八、奇跡

 イスカンダールはまだ十八歳の少年で、得物もジュジュのものよりも小さい短刀だ。それでも、彼はリドルへの敵意は人一倍強く、その理由を語ろうとはしないが、なにやら哀しい過去があるか何かで、そのドラマ性が彼に強い波濤を纏わせていた。

 副長とイスは屋根の上に跳躍し、猫のような素早さで先に進んでいく。

 隊長は先ほどからずっと黙ったままなので、ビョルンとジュジュはその続きを待ちなにもできずにいる。

 しかし、それは対象のリドルにとっても同じことだった。

 隊長になる前のシャーマンは、〈天使随伴者〉の名で呼ばれていた。今も巨大な天使が都市の上空を横切っているのだ。

 しばらくすると隊長は喋り始める。「よし、準備ができた。量子野郎へ副長とイスが一撃を打ち込んだみたいだ。それでもう、しばらく存在は確立されたはずなのであとは高みの見物。気楽だね。人任せが一番いい。もっともあの二人しか、今回のような不確定リドルへ攻撃を加える隊員が今の所いないんだ、ベネディクトは寝てるし。〈鉛丹〉クラスは貴重だから、新たに募集かけた方が良いかもね。ただ、おたくら二人はその可能性もあったから今回呼んだ。因子が更なる段階へ活性化するかも知れないし」

 図書館の屋根に到達すると、ビル街の方から風が吹いてくるのを感じた。

「どうだ? やつの存在を目視できるか? ベリーニみたいに遠くからは無理でも、こっからなら見えるんじゃないか? そうだろ」

 ジュジュはそれの存在を感じた気がした。それは透明だけど有色、存在していないが巨大、強大、そしてすごいパワーと圧迫感。そんなものがあると第六感で分かった気がしたので、「はい、分かります」と答えた。

「あんなものが存在しているとは、やつらの進化は留まるところを知らないということですね……」ビョルンがそれをじっと見ながら言った。

「ああ、予想外に外骨格が硬いようだ。実体化させたはいいが、さしもの副長もあれを破るのは困難かもしれない」

「あれは何でできているんですか」ジュジュが聞いた。「金属かキチンとかの系統ですか」

「さあ。銅かアクリルとかじゃないの。おっと、副長が仕掛けた。いいね。猛烈、強烈、有効打だね。イスは手数で押す作戦のようだ」

「さすがは副長、マナを隠し味的に用いつつも量子崩壊を引き起こす境界を構築し、さらに波濤を敵の脊髄にピンポイントで流す作戦に出るとは。イス先輩も〈火槍〉を六連続で使用するとは、よほど肝臓が強いんですね」ビョルンが何を言ってるのかまったく分からなかったが、さも理解しているかのようにジュジュは頷いた。

「まあ、あとは放っておいても問題ないんじゃないの」と隊長は余裕の構えだ。

「そうですか」

「いや、リドルが反撃に出た。これはまずいかも知れない。あ。副長がやられた」

「どうなったんですか」

「死んだ」

「死んだんですか!?」

「とは言え副長ほどの使い手になると、多量の波濤を用いる必要があるが、死を肩代わりさせる〈空蝉〉という秘術を使える。だからまだセーフだけど、何度も使えるわけではない。ヤバいな。逃げるべきだな」

 そこで隊長は言葉を切った。リドルを足止めしているのだろうが、苦しい状況だ。

 少しでも隊の助けになりたいというジュジュの英雄的献身が働いたためか、そのとき奇跡が起こった。隊長の沈黙中にも関わらず動き、剣を一振りしたのだ。

 その一撃でリドルは消滅、同時に乱高下が続いていた株式市場も急に安定、曇り気味だった空も、いきなり雲が晴れて日が差してくるという奇跡っぷりだった。

 一同は支部に帰るとどんちゃん騒ぎを始め、ジュジュはマカロンを数十個も食べて帰った。

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