六、三体同時撃破
翌日、支部へ来ると何やら皆、気合の入った状態。英雄としてのモチベーションを各自高めようと躍起になっている。銀朱連隊は国が出資している民間軍事会社であるからして、ほとんど国民の血税を使うのと変わらない。だからこそ自分は英雄的、献身的、決定的に働かねばならない、とジュジュは決意を新たにした。
「まずいつものようにやるんだ。今日も素直に、愚直に、実直にやっていこう。既にそういう準備は万端と思うから。おたくらの健闘を期待して朝の挨拶とするものである」と、隊長の訓示があって、即座に、ビョルンやセルマなどの新人を含む全員が街へ出て行った。
「あの、隊長」
「なんだジュジュ、まだいらっしゃったのか。私と喋りたいなら仕事が終わってからにするんだ」
「いえ、どうしたらいいのかまったく分からないんですが」
「まったく? まったくというからには皆無すなわちゼロという理解度か?」
「そういう方向性の困惑をわたしは抱えています」
「おたくにはほとほと手を焼かされる。火中の栗を拾おうとしたみたいにな。だけど先人はそういう新入りに対しても秘術を用意してくれている。すなわち〈ローギルの天啓〉だ」
「それはどのように用いる形式の術理なのですか?」
「まず気を七十、波濤を二十、漆黒のマナを十の割合で脳内のドラーク器官へ送り因子を活性化させろ。この準備段階を〈活〉というが、活が入った状態でおたくの呪文書の五十二ページに書いてある呪文を唱えるとローギルから必ず天啓が下るシステムが構築されているのは明らか」
「分かりました。気を七十、波濤を二十、漆黒のマナを十の割合で脳内のドラーク器官へ送り〈活〉の状態へと突入し呪文書の五十二ページの呪文を詠唱いたします」
ジュジュはそうした。やり方は判然としなかったがそうしたことにした。
「春の牛/陽炎の中の受勲/元帥の懐刀の祝福に拠りて/日々労苦/浅ましき導き/幾多の狼藉/天啓を齎し給え、オーラム」
すると、最初は何も頭の中に浮かんでこなかったが、やがて街に脅威となるリドルが三体存在することに気づいた。
そのどれもが、人間社会において最悪な結果を誘発するものだった。
それらを駆除しなくては、今日の日没までにはこの大陸のプレートが沈み、すべて海に没するのは火を見るより明らかだった。
大帝国が水没するのをなんとしても避けなくてはいけないので、ジュジュは街を闊歩した。
群集の視線は、凛々しい少女兵士への羨望で満たされていた。時折群集へ敬礼したり、握手して欲しいというファンがいたらしてやり、三つのリドルの駆逐へ奔走した。
しかし、努力のかいもなく、リドルを発見することはできなかった。
正午になり、ひとまず定食屋で安い昼食を食べ、そのあと疲れたので環状線を何周かして支部へ戻ると、他の隊員達が既に帰還していて、酒盛りをしていた。どうやらビョルンが手柄を立てたらしい。他の新人達も、強大なリドルを片付けたという。
自分ひとりだけがまだ何の結果も立てていないことにジュジュは焦り、苦しみ、絶望したが、隊長が来て一言、「おい、ジュジュ」
「え、あ、はい。すみません、その、まだ何も」
「いつの間に三体ものリドルを解明したんだ。やつらをこんなに早く駆除するとは、やはりビョルンとの戦いで見せた才覚の片鱗は確かだったのか。二日目にしてなかなかに英雄的じゃないか」
そう隊長が言うなり他の隊員たちも、
「本当だ。既に三体も倒しやがって」
「ビョルンやバルガスもすごいが、どうやら失透型の成体を仕留めたようじゃあないか」
「なんという才能。これはイスカンダール皇子や〈大鉈振るいのアラミス〉にも匹敵するではないか」
「ヤバい。すごい。尋常じゃない」
と一斉にジュジュを賛美するではないか。
これはどういうことなのか、と当惑したが、すぐに呪文も唱えていないのにローギルからの天啓が来た。
ビョルンとの対決時、自分は無意識に相手の剣を折ることができた。
つまり、意識していなくても自分の体からは闘気やら波濤やらエネルギーが放出されており、それによってリドルへの攻撃が自動でなされていたのだ。リドルを探しながら街を歩くという行為そのものが、一振りの剣と化した自分による討伐行為だったのだ。
そう認識したジュジュは「いや、大したことはないですよ」と謙遜しながら、これはもう英雄、勇者、大物への道は約束されたも同然との確信を抱いていた。
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