四、横断する天使
兵舎は古い屋敷で、中に入ると大部屋だった。夜勤の人間が隅のほうで酒盛りをしているのを見て、シャーマン隊長が、酒場へ行け、朝でも開いてるのがあるからリズム狂ったあんたらでも受け入れ態勢整ってるから。と言い、その後五十秒くらい沈黙し、部屋の誰もが、次の台詞を待ってただ待機するしかなかった。天使が部屋の中を横断してるみたいに。恐ろしくゆっくりな天使だ。
「ああ、ジュジュ、新入社員の紹介をしよう。おたくだけじゃない。入ったのはおたくだけじゃないんだ、他にも英雄、蛮勇、上昇志向あり、あるいはリドルに対し強い恨みを持っていたり、他色んな個人的事情で銀朱を纏うことになった新入りがわんさかいらっしゃる」
銀朱連隊に入る最も確実な道は養成学校経由だ。ここへリドルと戦う実際的な方法を身につけるために入学できるのは、選ばれた恐るべき才覚の持ち主のみだ。彼らは入隊後は精鋭部隊の主要な戦力として、大きく貢献する、まさに大帝国の礎だ。
同期には巨躯の戦士、チャック・ガーランドや〈燎原のバルガス〉、〈反駁のセルマ〉、そして養成学校で既に最強を謳われた男、詳細はどう最強なのか分からないがとにかく最強なビョルン、などがいた。
主要部隊としてはシャーマン隊長と、休みがちなヴァインベルガー副長以下、英雄的、屈強、伝説的、天下無双、八面六臂、七転八倒、とにかくヤバい面子が揃っており、これらの偉大な人々と肩を並べて戦うのか、と考えるとジュジュは栄光と恐縮の余り、唸り声を発し、偉大な気分になることができた。
「まずはおたくらの実力のほどを見せてもらいたいんだよね」隊長が新人一同に対して言った。「つまり模擬戦、手合わせをして」
「いきなりやるのはきついです」セルマが挙手して言った。「無理です。不可能です」
「やってみなければ分からないだろう、セルマ」
「しかしながら隊長」
「しかしとか案山子とか反駁の多いやつだな」
「いえ隊長、案山子とは言っていないです」
「じゃあおたくはもういいから代表してジュジュ、ビョルンと戦え」
「え、そういう方向性の話なのですか?」さすがに当惑した。「そちらの方は最強という話ではありませんか」
「養成所での成功による〈最強〉なんて、小学校の小テストで百点取れたからって、天才児・末は博士か大臣か、ってこと言うようなもんだぞ。つまりおたくはそれほどでもないってことだビョルン、どうだ? どんな気分だ」
「先ほど隊長が仰ったとおり『やってみなければ分からない』というだけですよ……」
語尾を三点リーダーにして含みを持たせながら、その灰色の両目のように、冷淡に最強の男は言った。
「余裕あるやつだってのは認めるよ。認めるとも。認識を新たにする」
隊長は一分ほど、たっぷりと沈黙した。
再び天使が横断する。誰もが隊長の次の台詞を待っている。
「じゃあ目にものを見せてくれよ、ジュジュとビョルン」
二人は剣を手にした。朝っぱらから身内同士で、銀朱の高度な戦闘技術体系が激突する。
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