第22話
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リリィを助けるのは大前提だ。スレイはどうせなら、さらに教会を滅茶苦茶にしてやろうと思った。
勝手知ったる自分の庭だ。どぶさらいなど純粋な意味で汚い仕事を任されてきたので、処刑人に任命されるような男とも顔見知りだった。リリィのファンだという処刑人は、二つ返事でスレイと入れ替わるのを了承してくれた。
事はスレイの想定以上に上手く進む。極自然に処刑の準備に最中に紛れ込めた。刑が始まり司祭の洗礼を浴びてからは、台の周りをうろちょろ、リリィに自分の存在を猛烈アピール、安心させる。そしてクソつまらない説教の終わりをもって、スレイは満を持して台の上に上った。
フードと取って啖呵を切ったとき、決まったと思った。皆が皆スレイに注目し驚いていた。
というか、リリィが一番驚いているように見えたが……。気のせいだろう。あれだけ存在アピールして気づかなかったわけがない。
スレイは正体を明かしてなお、広場の端から端まで聞こえるような大声を張り上げる。
「教会の言ってることは間違っている! 教会は自分達に貢ぐ思考停止の奴隷を欲しがってるだけだ! 欲望を抱くことこそ人の本能だ! 現状に満足せずっ、目標を抱いて必死に足掻いてっ、そして日々の糧以外の何かを手に入れ〝生〟を実感する! それが欲深く生きるってことだ! 何が悪い!?」
スレイの声に、万が一を考え見えないところで潜んでいたカネカ、ロイド達が呼応する。
「そうだ! 毎日仕事終わりに酒を飲むのだって、言い換えれば欲をかいた生活だ! それを否定されたたまったもんじゃないぜ!」
「金儲けの何が悪いねん! うちは大儲けして従業員一杯雇って、皆に幸せにしてるで!」
清く正しく慎ましく、教会の上っ面だけの説法を聞いて飽き飽きしていた民衆の間に、カネカ達の叫びは突き刺さる。
「た、誑かされてはいけません! 彼らは悪魔に魅入られてしまったのです! 欲をかいた人間の末路は破滅のみ! そう! 最近だと砦での一件が! 欲を捨てて砦を抜け出したギルドが助かり、捨てきれなかった商人は悪魔に扇動されたコボルトに襲われ――」
急に敬語になってる。無能め、と、スレイは思った。当初の計画は潰えたのに、そこに結びつけてどうするのかと。
「俺は砦の生き残りだ」
一言で司祭の説得を上回るどよめきが起きる。
「俺は教会を辞めて冒険者になった! 初クエストでな! いきなり一獲千金を狙って危険な山に手を突っ込んだよ! 当然死ぬような目に合った。けど、その苦労に見合う大金を手に入れた! はっ、濡れ手に粟というか、貯蓄してつつましく暮らすなんて全然考えられなくて、金貨一括払いでギルドを作ってやったぜ! 大理石の風呂付の大きなギルドだ! これ以上ない欲深い金の使い方だろ? 分かるか! 俺は欲を抱いたからこそ、輝かしい未来を手に入れたんだ!」
スレイは心地よい羨望の眼差しをこれでもかと浴びる。あまりにも強烈だったので、少し謙遜を入れようかと思ったが、その前に、
「か、彼らのように生きてはいけません! ぼ、冒険者など! し、死と隣り合わせの日常に、どんな尊さがありましょうか!」
「ひひひ。で、でも! 毎日惰性のように生きても! ひひっ、それこそ死んでるのと変わらない。意味がないです!」
壇上までスレイの大盾と大槌を持ってきてくれたノロナが言葉を継いでくれた。
「ひひっ! 求めるからこそ、変われるんですっ! ひひひ! 教会の言う通り生きてたら、私は情けなくて卑屈なままだった! がるるっ、やっぱり冒険って大切なんです! ひ! こんな情けない私でもこれだけは言えるっ! ――ただ手を握り返すだけでいい都合のいい救済もっ、私が冒険者にならなければっ、決して得ることはなかった!」
そうだ。つまるところ教会は、人の可能性を放棄させようとしている。
欲望自体に罪があるわけではない。罪があるのは。
「欲望を叶える手段の問題だ。……自分は何も労せずリスクも取らず、他人のお布施だけに期待するのは、さすがに筋が通らない。なぁそう思わないか? 教会の司祭さんよ」
スレイの言わんとしたいことは民衆にも伝わり、数多の聴衆の目が蠢き司祭を刺す。
「なななにを! 言ってる!? 教会は神の御心のまま、人々の信仰を称え――」
「はぐらかすな! ならハッキリ言ってやろうか!? 他人の上前を撥ねて贅沢三昧してる教会は潰れろって言ってんだよ! 酒臭い声で説教してんじゃねぇよ、このクソ豚司祭が!」
最後はシンプルだ。
言ってしまった。公然の事実を。
禿げてる人に直接「ハゲ」と言わないように、誰しもが思っていても決して本人(教会)の前では口にしなかった事実を、スレイは今まで溜めていた鬱憤と共にぶっちゃけてしまった。
そしてスレイの言ったことが、結局正直なところ、この場に集まった大多数の民衆が共有していた感情であり、
「彼の言うとおりだ! 教会の不正を許すなっ!」「金儲けしか考えてない教会から、信仰を取り戻せ!」「リリィ嬢を何泣かせてんだよカス!」「腐敗した教会はもういらない! 出ていけ!」
民衆の間に、一気に怒りの炎が点火する。
「な、なんか別の私怨も聞こえた気がするけど! ともかく! これが俺達の答えだ!」
スレイの宣誓と共に、広場の情勢は決した。
怒れる民衆は怒涛の勢いで司祭達に詰め寄ってく。テンプルナイトが素早く展開し司祭達を守ったが、相手は民衆だ。反撃に転じるわけにもいかず、そのまま教会内に撤退、入り口を固め引きこもってしまった。
評価するなら、まるで予め想定していたような鮮やかな撤退だった。
スレイは大司教を引き連れ薄暗い聖堂奥へ消えゆくヴォルフ大隊長の背中をじっと見つめる。
「……、っと、まずはリリィか。リリィ平気か? へ、変なこととか、されなかったか?」
スレイは先ほど啖呵を切ったときとは打って変わり、嘘みたくおどおどとしてしまう。さっきから俯きっ放しの女の子――自分が好きな悪魔っ子の体調を労わる。
するとどうか。リリィはなぜか体を震わせビビクッと反応した。
「ふ、ふん! 人の子よ。さすが私が見初めただけあるなっ、お前の本心からの叫びが、た、民の心を打ったのだ! べ、別に! お前の選択には驚いてないぞっ!? そうだ、普段のおま、お前を見ていれば! きょうか、教会に! 反旗を翻すのはっ、と、当然の! 流れで! 自分を曲げない、よ、欲深さこそ! ……うー。そ、その! だからっ、なんだ!? 私はっ!?」
「あーもう、」
スレイはリリィの後頭部に手を回し、抱きしめた。そして指の隙間をサラサラと流れる金糸の髪をよく撫で付けながら言う。
「言ったろ? ……普段強がってるからそーなる。いざというとき困るんだ」
リリィは。
緊張の線が切れたように、大粒の涙を両眼からボロボロ零し初め、口からはあわあわと声にならない嗚咽を漏らし、おまけ鼻水まで少し垂らして、
「うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!! ばかぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、バカズレイ~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッッ!!」
スレイの胸板に顔をうずめ、人目を憚らず大泣きし出した。
「よしよし」
「ひく、ばかにするなよ~~ッ、私は悪魔なんだからな~~ッ!? きょ、今日はたまたま調子が悪いだけで~~っっっ、いつもぁ~~……、わーーーーーんっっっ、ばがぁーーーーーっっ」
「分かった分かった。俺がいるって気づいてなかったんだよな。心配で怖かったんだよな。すまなかった。もっと奇々怪々な行動をして目立つべきだったよ。……、……俺から見たら。最後のカッコ付け、ほんとバカみたいだったぞ、リリィ」
脛蹴りが飛んでくる。涙目リリィは今度はノロナに抱き着いて泣き出した。
「うわ~~ん、ノロナぢゃーん、あいつ嫌い~~~~~っっっ」
「ひひひひひひッ!? だ、台の上から落ち、落ちる!? 絞首刑になっちゃいますっ!?」
「このままふざけててもいいけどな。俺達が始めた反乱だ。一応決着は付けないとな」
笑いつつも教会の方を振り向いたスレイは、聖堂前で睨み合ってる市民とテンプルナイトを見て、真面目な調子で呟いた。
カネカ達も寄ってくる。周りでガン見してくる人数が増えてくると、リリィはえぐえぐしながらも泣くのを辞めてしまった。何か種族的なプライドでもあるのか。今痛い目にあったばかりなのに筋金入りの頑固さだ。
「えぐ。でもどうするの? テンプルナイトがああもがっちり固めてちゃ、正面突破は無理だよね?」
「教会には非常時に備えた秘密の隠し通路がある。……そこを逆に回り込んでいこう」
「ひひ? スレイさんが隠し通路の存在を知ってるってことは、あの大隊長さんも当然――」
スレイは頷いた。スレイがテンプルナイトになった得た知識は、ほぼ全てヴォルフ大隊長から教わったものだった。
普通に考えるなら。秘密通路から逃げ出すリスクは高いと踏み、向こうは通路を封鎖してくるはずだ。しかしスレイはそうならないと思った。
なぜなら。言おうと思ったが、
「あの人はたぶん、対策は講じてこないと思う。むしろあえて大司教を教会に留まらせて……、うん。スレイのことを待ってると思う」
リリィが代弁してくる。またスレイは頷いた。
「よっしゃ、そういうことなら、ウチらはこのまま正面からちょっかいを出し続けて、他のテンプルナイトを正面に釘づけにさせとくわ」
「ちょっかい以上のマネはするなよ? 窮鼠猫を噛むどころじゃすまないからな」
「そんなドラゴンの巣穴に糞を投げ込むようなマネはしねぇよ。いいからさっさと行ってこい」
カネカ、ロイド達にせっつかれて、スレイは装備と懐の麻袋に蓄えていたキューブをチェック、問題ないと判断し、町端の川と下水路が繋がっている所へ。
下水路の中に入っていき、途中にあった石材で塞がれていた隠し扉を開け、蜘蛛の巣に覆われた秘密通路を遡っていき……。
ついに懐かしい教会内に舞い戻ってくる。大聖堂のパイプオルガン脇に出た。汚水の臭いはすぐに消え、香を焚いたような静謐な匂いが全身に纏わりついてきた。
「こんな形でここに戻ってくるなんてな。涙が出そうだよ。いろんな意味で。……大司教を隠しておくには、この先の待機室が窓もなくて適切だろうな。……でも、ま、その前に」
「よく来たなスレイ」
予想通り、あの人が待っていた。
ヴォルフ大隊長。三十名のテンプルナイト軍団のトップ。エリート中のエリート。
同じテンプルナイトでも、ヴォルフとスレイでは明確に迫力に差があった。彼の装備しているフルメイルの甲冑は、何十年と使い込まれた、いぶし銀の輝きを放っていた。
スレイは、リリィ、ノロナを後ろに下がらせる。
大隊長ほど使い古されてはないが、もう十二分に汚れていた自身の大盾を石材の床に叩きつけ威嚇するように構えた。
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