第21話
3
しばらくして、リリィの前にヴォルフ大隊長がやってくる。
「準備が整った。一緒に来てもらおう」
五芒星の陣が解除される。リリィはいそいそと立ち上がり、ヴォルフ大隊長の後ろに。脇を他のテンプルナイトに固められるが、そもそも彼女は逃げ出す気など毛頭ない。
「なぜだ?」
「主語のない質問だけど、それは私が、なぜこの茶番劇に付き合ってるのか聞いてるの?」
先導するヴォルフ大隊長は、振り向かずに首肯する。
「もはや本当にスレイが教会に復帰する道を選ぶとは思っていまい?」
「そう決めつけて、私が茶番劇を滅茶苦茶にする権利はないでしょ? ……私はね、スレイがどんな選択をしようと、それがスレイのやりたいことなら全力で応援したいの。スレイはああ見えて欲深いくせに繊細だからね。『教会に復帰して、腐敗を内から正す!』なんて考えちゃうかも。そうなったときの為に、一応ね」
リリィは知っている。スレイはもともと教会に『正義』を求めていた。
リリィは想像する。変に気負って、教会の立て直しを誓うスレイ。葛藤した末リリィを見捨て、大多数の市民の為に、生涯をかけて教会の腐敗を正していく。
面白いではないか。もしそれがスレイの心からの欲望、願いというのなら、喜んで礎となろう。
スレイの欲望を応援したい。もっともっと。どこまでも。
リリィはリリィで自分の性癖に基づき、スレイを好いているのだ。自身の死すら受け入れる愛。リリィは見捨てられ殺される瞬間まで、スレイを想い続ける自信があった。
「ふふふふふふ」
「侮ってた。お前はまさしく悪魔だな」
「うん」
リリィはテンプルナイトに囲まれ、本堂の異様に天井高い扉前で待機させられる。
扉一枚越し、外の喧騒が分かった。
「隊長さん、逆に質問。貴方こそ、これで教会の信頼が回復するなんて思ってないよね? どうして? どうして貴方はここまで教会に忠を尽くすの?」
「忠など尽くしてないさ。俺はただ――。いや、この先はスレイの前で言わせてくれ」
扉が開かれる。ギギギと重苦しい音が響き、乾燥した空気が吹き込んできてリリィの髪と頬を撫でた。
眩しい日差しに慣れてくると、白ボケしていた景色がクリアになる。本堂内とは違って騒然としていた教会前広場は、悪魔リリスを一目見ようと圧倒的な人だかりが出来ており、老若男女、かぼちゃのように頭が並んでいた。
すでに司祭が演説でもしていたのか、扇動された民衆が放つ独特の熱気が漂っていた。一歩対応を間違えれば、教会の人間すら人波の坩堝に飲み込まれそうな危うさがある。
リリィは倉庫から急遽引っ張り出してきたかのような古い木製の台の上に昇らされる。他者より身長一つ分高くなり、風通しが良くなった。涼しい。
どうやら絞首刑に処されるようだ。リリィの斜め下で処刑人と思しき黒フードに洗礼を施していた司祭が、また教会の正当性を喚きだした。火あぶりでないところに、教会の慈悲があるらしい。興味が湧かない。リリィは聞き流し、一人特等席から広場を見渡す。トマトや石は飛んでこなかった。
(???)
司祭は演説を続け、黒フードを被った男はリリィの乗った台の点検を始める。間、リリィは見知った顔を探したが、一つも見つけられなかった。スレイを一番初めに見つけられれば素敵だなと、呑気な感想を抱いていたが、若干焦りに変わり始める。
(あれー?)
単純に、人が多すぎで見つけられないだけかもしれない。
リリィにとって、このままスレイを見つけられず殺されるのが一番最悪の展開だった。スレイが選んだ選択を知りえないのはもちろん、さらに生存すら疑わないといけなくなる。
(教会が約束を反故にした? いやでも司祭はスレイの功績を称えるし、殺された可能性は――、スレイの実力を考えてもありえない。じゃあなんで? なんでここにいないの?)
疑惑が一つ湧くと、間欠泉のように次々と吹き出てくる。
リリィの心臓が早鐘を打ち始める。血の巡りが良くなるとのぼせたみたいに体中が熱くなり、息苦しくなってくる。
踊り子は柄にもなく、大多数の民衆の前で緊張し出した。
(あれあれあれ? スレイ? スレイはどこ?)
司祭の演説がタイムリミットだ。リリィは動悸を抑えながら、眼球のみ必死に動かしスレイの姿を探す。民衆の間はもちろん、近くの建物の窓や屋根まで確認した。
なのに見つからない。
「――よって! 教会は悪魔リリスを断罪する! 彼の者の魂は天に召され、肉体の穢れは流れる血と共に浄化される! 刑は彼の者にとって試練であり救済なのだ!」
司祭の演説が終わる。時間だ。全ての器具の点検を終えた処刑人が絞首台の上に昇ってくる。
リリィはがちがちに体を緊張させたまま、本格的に焦った。
もしスレイが本当に教会に復帰したがっていたら、ここで暴れたらスレイの迷惑にしかならない。
だけど暴れないと、スレイの動向が確認できない。
好きな人の選んだ選択が知りたかった。いやもはや生きてることを確認できればいい。顔が見れれば。声が聞ければ。他に何もいらない。最後に好きな人に一目――、
「あ」
つぅ、と一筋の涙がリリィの頬を伝う。
抑えきれるものではなく、リリィは肩を震わせ泣き始めてしまう。民衆の間に明らかに動揺が走った。うやうやしく刑を施行しようとした司祭は焦り始める。
「悪魔が人を誑かそうとしている! 騙されてはならない! 悪魔は人の奥底に眠る感情を刺激する術に長けているのだ! 同情したら最後、あらぬ欲望に全身を焦がされ、魂まで魅入られて破滅を――」
「――魅入られて何が悪い? あらぬ欲望? 人は、欲望を抱くものだろ」
声はなんてことはない、リリィの隣から響いた。リリィはぽかんと横に立っていた黒フードの処刑人を見る。処刑人は叫びつつフードをはぎ取っていた。
――見えた顔は。
ずっと一緒だった男の子。
欲深くも繊細な心を持った大好きな人。
スレイ・H・ヤシマが立っていた。
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