最終章 冒険者とは。欲深く生き、自分を偽らない者達である。

第19話

 愚考とすらいえない。おこがましくも全てを知ってから考えてみると。悪魔とリリィ、確かに両者に違いはなかった。


 ――悪魔(オロバス)は、おぞましいほど美しい金色の髪をたなびかせていた。

 リリィもまた、肩までなびく艶めかしい金糸の髪を称えていた。

 ――悪魔は、魔力で他人に力を与えるのが得意だった。

 リリィもまた、〝ダンサーのスキル〟という形で、自身の魔力を使い、他者を支援するのが得意だった。

 そして。

 ――悪魔は、様々な甘言を持って人を誑かし、邪な想いを抱かせようとしてくる。

 リリィは、様々な甘言を持ってスレイを励まし、邪な想いを抱かせて、立ち直らせようとしてきた。


 ……、欲深いのが好きだと言っていた。ハーレムでもいいとも。

 事情なくスレイを全肯定していた訳ではない。リリィはリリィで自分の〝好み〟を通していたのだ。

特殊な性癖だろうと、リリィの本心からの願いなんだと分かっていた。

だからスレイは自分の欲望に素直に、何ら負い目を感じず、ここまで突き進んできた。

……通じ合っていたつもりだったのに。

なのに。

 どうして気づいてやれなかったのか。


「ひ、ひひっ、スレイさん! リリィさんが! リリィさんが!」


 スレイは弾かれるように動き出し、玄関前で崩れ落ち、ノロナの手で支えられていたリリィを抱き起す。胸に手を当て、唇に耳を寄せ、なによりもまず生きていることを確認した。

 そもそもあの五芒星は拘束アイテムだ。吸血族に効く《銀杭》のような特攻アイテム――殺すためのアイテムじゃない。

そんな基本的なことを、リリィの心音を確認してから思い出した。


「回復魔法をかける。アンデットみたいにダメージはもらうなよ?」


 スレイはリリィに今まで何度も回復魔法をかけたことある。分かっていた上での軽口だ。

 回復魔法……。脳裏に広がるリリィとの思い出。中にはもっと酷い怪我を負っていたリリィを治療した記憶もあった。

 その時でもスレイは泣かなかったというのに。なぜか今は涙ぐんでしまう。

 リリィはほぼ無傷だった。なのに表情を曇らせ、何も言わずに視線を逸らし、ただ沈黙しているリリィを見るのが辛かった。

「神の従順なる僕であり教会の敬虔なる信者達よ! 今日、この日をもって! 教会は偽りの堕落と決別する! 今ここに事実を明かそう! 我々は! この町に巣くう悪魔を正体を見定める為――」

背後ではヴォルフ大隊長が観衆を前に演説していた。教会の腐敗と悪魔の存在をなんとかこじ付け、教会の正当性を主張している。

そんなのはどうでもいい。スレイはノロナと共にリリィだけに意識を傾け、語りかけ続ける。

 しかしスレイの腕の中でうずくまるリリィは、一向に口を聞いてくれない。ただただ悔しさを堪えるように下唇を噛んでいただけだった。

 そうこうしているうちに、

「スレイ。その悪魔を渡せ」

 細い朝日を受けた大隊長の影が、雨に濡れたスレイの背中にかかった。

 即座に戦闘態勢を取ったのはノロナだ。涙を貯めた目に激しい怒りの炎を燃やしている。

 スレイはノロナを片手で制しながら、しかし自身もまた怒り満ちた目で振り向き、

「ふざけるな。俺が種族だけを理由に仲間を売ると思ってるのか?」

 追い詰められた獣のような態勢で、ヴォルフ大隊長以下二十九名のテンプルナイトに対し、対決姿勢を示した。

「どのような形にせよ、貴様らの正当性は崩れ、教会の権威は辛うじて守られた。市民はもはや中立だ。たった三名で、教会に盾突くと?」

「……全員が、中立とは限らないぞ」

 カネカやロイド、主に森の一件に関わっていた冒険者達がスレイに呼応する動きを見せる。

 彼らとて、この状況は不味かった。ここで動かなければ濡れ衣を着せられ口封じに殺されかねない。

 じりじりとした緊張感が辺りを包む。一触即発な空気がせり上がってくる。

 ヴォルフ大隊長は憮然とした様子でカネカ達を一瞥する。

「テンプルナイトの軍団に勝てると思っているのか? 俺の後ろに並ぶ一人一人がスレイと同程度の戦闘力を有しているのだぞ? スレイ二九人と戦うところを想像してみろ。一人でも倒せる自信はあるか? それとあえて言わせてもらおう。俺はスレイより確実に強い」

「くっ……」


 誰よりも近くでスレイの戦闘を見ていたロイド達だからこそ、怯んでしまう。思わず後ずさりしてしまった者を誰が責めることが出来ようか。


「だったらなんだ。俺はリリィを手放すつもりはないぞ。なんなら相打ち覚悟でテンプルナイトの必殺技を使ってやろうか? ――ここで『トール・ハンマー』を放ってもいいんだぞ?」


 かなり苦しい脅しだった。

『トール・ハンマー』はテンプルナイトのみに使える聖雷属性の必殺スキルだ。本人の大盾すら破壊しかねない威力を持った一撃は、威力は絶大だが、副産物として辺りに電流を放出する。小雨だろうと雨が降っている状況で使えば、リリィはもちろんノロナ、カネカ達も巻き込みかねない。

 だが追い詰められた者は何をしでかすか分からない。そう言った意味もこめ、スレイは野犬のような恰好のまま、ヴォルフ大隊長をにらみ続けた。

 しかしヴォルフ大隊長の引き締まった頬肉を全く緩めなかった。


「悪いがお前がそういう反応をするのも予想済みだ。……だからこういう手段を取らせてもらう。――『スレイ、よくやった。お前の悪魔内偵任務は終わった。教会に復帰していいぞ』」


 スレイの頭に青筋が浮かび上がる。怒りの沸点はとうに振り切っており、片手が腰だめに持っていた大槌に伸びた。

 だけど伸ばした手は、大槌を掴むまでは至らない。

リリィがスレイの手を抑え、スレイ達の前に飛び出してきたのだ。


「リリィ!?」

「ここで殺戮が始まったら、保身に走った者が生き残るつまらないサバトになるだけだ。ふん、人に欲望と悦楽をもたらす悪魔として、そんなツマラナイ結末は断固として認められない。……連れていけ、教会の下僕よ。どうせすぐ私を処刑するつもりはないのだろう? ふふふ、どうせなら悪魔を殺すにふさわしい舞台を用意しろ。かつて魔女を火刑に処したような、人の狂喜と狂乱に満ちた舞台をな」


 いつもと違う口調。信じられないぐらい冷めた声。だが、

 リリィはヴォルフ大隊長が発した『スレイの教会復帰を認める』という発言を受けて動いたのだ。

 そこにどんな想いがあったか。スレイはリリィの振り向かない背中が透けて見えた。


「リリィーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!」

「リリス」

「!」

「私の本当の名は――、リリス。原初の欲望の肯定者。……スレイ、お前は女(ノロナ)を得て、ギルドを得て、さらに一度失った身分を取り戻す機会も得た。……欲深さを示せ。ここでいけしゃあしゃあと教会に復帰してみせろ。――私はそれが何よりも嬉しい」


リリィの背中が、テンプルナイトの集団の中に飲み込まれてく。

愕然とするスレイに、ヴォルフ大隊長は言った。


「処刑の際、スレイの功績を称えよう。民にも聞かせやる。教会に復帰した際は、それを足掛かりに立場を固めろ。民の後ろ盾ができれば教会もお前を無下には出来ない」


 先の台詞も今の台詞も、スレイに向けられて発せられたものではない。リリィに向かって発せられたものだ。

 アイテムよりも極力な呪いの言葉を受け、これでもうリリィは動かない。テンプルナイトの集団に囲まれながら、どんどんスレイ達から遠ざかってく。

 雨脚が強くなる。スレイは滴を垂らす銀色の甲冑を見ながら、歯茎をむき出しに、奥歯を噛み鳴らしながら呟く。


「ああ。分かった。欲深さを見せればいいんだな!? ――待ってろ、リリィッ!!」


 地面に付いていた手が、泥を掻き毟った。


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