第18話

 夜の帳が完全に根を下ろす。方々の明かりが消えていき、都市はまるで自身が眠るかのように暗くなる。仄かに明かりを灯すのは、メインストリートのみとなった。

一歩道を外れると闇。狭い路地は人気はなく、目を輝かせた猫が悠々自適に夜の散歩を満喫していた。

 と、猫が髭を揺らし急に夜空を見上げる。

 無個性な屋根と煙突に囲まれた星々が覗く。影絵のような夜景に不審な点は何らない。

 ……しばらくすると、猫は安心したかのようにまた夜の散歩を再開しだした。

 また頭上を影が通ったが、今度は気づきすらしなかった。


「……」


クラス『アサシン』の冒険者一団は、家々の屋根から屋根へと音もなく飛び移り、移動していく。

 『音消し』というスキルはあるが使ってない。彼らにとってこの目的地まで向かう時間は、神経を研ぎ澄ます大事な時間だった。目を闇に慣らし、無意識化に足音を消す。常人には難しい作業だったが、この程度易々とやってのけなければ、そもそも『アサシン』クラスにクラスチェンジすら出来なかった。


「今回の任務、信用できるか?」

「変なアイテムを持つように言ってきてよ。反応した奴は絶対に殺せだとよ。こっちのやり方にケチつけてやがる」

 その精神集中を削いでまで、彼らが会話するのは非常に珍しいことだった。

「冒険者を名乗っていてもこちらは裏家業だ。持ち込まれるクエストもそれ相応。信用など初めからない」

「殺る前に見つかったら盗賊として素直に捕まる。殺した後捕まったら背景を話して情状酌量の余地を狙う。いつも通り、損得勘定だけさ。相手も、こっちも」


 裏を返せば、捕まっても軽い罪で済みそうなら、彼らは絶対に口を割らない。程度の差こそあれ、やはり自分の意志でクラスチェンジして選んだ道だ。仕事に対し矜持があった。

 四つの影が、屋根より高い位置から飛び立ちスレイのギルド前に降り立つ。精神集中は完ぺきだった。着地音は皆無、足元には埃一つ舞わなかった。


「おつかせさん」


 だが、それだけだった。


 ギルド内にはスレイ達はもちろん、カネカが呼んだ町の有力者と、ロイド含めた腕利きの冒険者数十名が待ち構えていた。さらに周辺の建物は、目撃者を増やす為だけに呼んだ多数の野次馬も待機していた。

 周りが一斉に明るくなり、蜂の巣を突っついたように人々が出てくる。多勢に無勢、怪しい影を浮き立たせた一団は、短刀すら抜くことなく全員素直に両手を上げた。


「やれやれ。盗みに入ろうとした家にこんなにお客さんが集まっていたとは。……運がないな」

「ハメられたと思っても、嘆き一つで許すんか。なかなかご立派な暗殺――、はん、盗賊団やな。心意気は認めたるで」


 カネカが護衛を引き連れ対応する。スレイは訳あってまだ姿を現さない。ノロナも恐ろしいのか、ギルドの扉前から一歩も動かない。


「うまくいくかな?」


 また珍しく、この手の洒落にならないイベントが大好きなリリィも、なぜか今日に限り恐る恐るノロナの影から事態の推移を見守っていた。

 ――怯えていたのだと、スレイは気づいてあげるべきだったのかもしれない。

 だけどスレイにそんな余裕はなかった。拙い作戦通りに事が運ぶか、カネカ達の動向を固唾を飲んで見守ってしまう。


「面白くないな。うまく捕まえたんだ。喜べよ」

「そうそう笑えん事態やからな。まじめ対応や。……なにせ、森のコボルト事件の主犯を捕まえたんやから」

「あに?」


 示し合わせたように取り囲んだ数十名が一斉にささめき出す。殺人罪やら国家転覆罪など、不安を増長するワードをふんだんに使う。

 森のコボルト事件の噂は耳にしていたのか、盗賊団が反応を示した。


「待て! 俺達はコボルトの一件とは関係ないぞ!? なんでそうなる!?」


 カネカは腕まくりした手を、盗賊団の首領らしき男の内ポケットに滑りこませる。

 冷や汗一つ、カネカはにやりと笑い、男の懐から五芒星のアクセサリーを引き抜いた。

 皆に見えるように高く掲げる。


「やっぱり持ってきてな……。ウチも悪魔族についていろいろ調べたんや。このアイテムは確かー、格上の悪魔を召喚する際に、保険に作動させとく拘束アイテムのはずや。……詳しい説明は省くけど、コレが森の事件に関わってる重大な証拠になるちゅーわけや」

「し、知らない! 知らないぞ俺たちはっ!? ちきしょうあいつ等っ、俺達にどんな陰謀をなすり付けたんだ!?」


 ここでスレイがタイミング良く姿を現す。わざとテンプルナイトの装備をチラ付かせた。

それだけで。不安から怒りを抱き、怒りから恐れを抱き始めていた盗賊団は、谷から蹴落とされた石の如く、容易くスレイ達が組んだ術中の中に転がり落ちていった。


「!? なんで教会の人間がここにいる!? ……ち、見くびられたものだなっ、いいか! 俺達は使い捨ての駒じゃねぇぞ! テメェらはうまく隠したつもりだろうが、関係を示す証拠はちゃんと残して――」


 まくし立てて騒ぎ始める盗賊団一派。あとは彼らの独壇場だった。衆人環視の中、教会の悪事は白日の下へと晒される。


「なんてことだ。教会がまさか……」「こっちがいくら大損したと思ってるんだ!」「金だけの問題じゃない。森の事件、俺の親族が巻き込まれたんだぞ……、ふざけるなっ!」


 教会への不信を募らせたうねりが起き、瞬く間に伝播する。カネカは周到にも連絡員も用意しており、彼らは事の顛末を受け、方々に知らせるべく一斉に散っていった。

詰みだ。これで教会の信頼は失墜する。

 終わってみれば。

 なんともあっけないものだった。

 拍子抜けして肩の力が抜けるスレイ。口から出た溜息に釣られるように空を見上げると、遠目に小指ほどの大きさの朝日が見えた。しかし暗い。不審に思ってると、闇色の雲の奥からポツポツと雨が降ってくる。なんとも力ない雨だ。乾いた地面にシミを作るのが精々だった。


「……隊長、どうして――、……。……? なにか、きこえて? 足音?」


 金属ブーツの音だ。ザッザッザッという一糸乱れない行軍音が、雨音に阻害されることなく聞こえてくる。雨脚は関係ない。土砂降りだろうと響き渡っていそうな異様な力強さがあった。

スレイは哀愁にも近い感情を受け動揺する。視線を地平線に戻すと、音の響いていた方角にいた人だかりが、真っ二つに割れていた。

 市民は。彼らに対し。当然のように道を譲っていった。

 全てをかき分け、彼らはやってくる。


「ひ! あ、あの姿は!」


 ――特徴的な十字が刻まれたヘルムは、彼らの表情はおろか目線すら覆い隠していた。

 感情を見せないことで、彼らは逆に暗に訴えている。敵に恩情は掛けないと。敵対するものは容赦なくすり潰すと。


「な、なんで奴らがこんなところまで来るんだよっ!?」


――薄銀鏡色に輝くフルメイルは、彼らの体を一回り大きく見せていた。

 実に謙虚な実力の示し方だ。曇りない鎧が示す通り、並大抵の冒険者では彼らに傷一つ負わせられない。他を寄せ付けない圧倒的な存在感は、他を凌駕する圧倒的な力の上で成り立っていた。

左に構えるは大盾。右に構えるは大槌。

掲げるは教会の意思と威厳。

 教会の〝鉄槌者〟――テンプルナイト。

ヴォルフ大隊長率いる計二十九名のテンプルナイト軍団が、スレイのギルド前までやってくる。雨の中、機械のようにピタリと立ち止まった。


軍の先頭にいたヴォルフ大隊長が、ヘルムを外し、スレイの傍まで近づいてくる。

「大隊長、いまさら、なんですか……。もう詰みですよ……」


 取り囲んでいた市民は悪態すら付けなくなり縮こまっていたが、スレイは怯えすらしない。

 言葉通りだ。ここでスレイ達全員が屠られても、もう何も変わらない。教会は証拠を消せないし、名誉挽回を図るチャンスは残されていない。

 投げやりな視線を隊長に送っていたスレイだが、ふと大隊長の腕に紐で巻かれていたアクセサリーに気が付いた。盗賊団と同じものだった。


「語るに落ちましたね。そんなの持ってきて……。ゴリ押しでオロバスを殺せば後はどうにでもなるとでも?」


 ここでオロバスという単語に反応されたら、もうどうしようかと。そんなことを考え、スレイは少し悲しくなってしまう。 

 しかし。


「オロバスの死体は確認している。とうにな」


 大隊長は予想外の形で応じてきた。


「え」

「バカか。お前は」


 頭一つ分大きな体から、スレイに向かい下される言葉。バカ、などと、久しく言われてなかった言葉で評価され、スレイは相手もまた同列、エリートなのだと思い出した。


「俺がお前達のブラフに気づいてなかったと思ったのか? 酒場の出会いを偶然だと信じてたと? お守りの中身を抜かれた意味も分からず、呑気に笑ってたと思ったのか?」


 ヴォルフ大隊長は心底残念そうな目でスレイを見る。


「知っていたさ。全てな。俺が特定されるのを含めてな。逆に罠だったんだよ。そっち(森の一件に関わった連中)を特定するためのな。……泥沼に手を突っ込む人間がいなければ、教会もここまで権力の中枢に食い込んでいなかった。お前が考えるより教会はずっとずっと諜報活動に長けている。どうした? なぜそんなに驚いている? ……はぁー」


 エリートの中のエリート、スレイを鍛え上げたヴォルフ大隊長は、ふがいない元部下を見下げ果てる。


「ッ!! ならどうして! こうなるまでっ、俺達を放置した!?」

「いろいろ調べさせてもらったよ。お前を雇っていた女商人のこと、お前自身のこと、そして、お前の仲間のこと。……利用できると思った。教会唯一の誤算は、森の一件が大事になる前に解決され、悪魔の存在が意図しない形で露見したことだ。教会の歴史に汚点はいらない。スケープゴートが必要だった」

「この状況で!? 俺達にどうやって罪を擦り付けようと!? どうやって教会が悪魔と無関係だと言い張る!?」

「ふ。誤解するな。教会は悪魔と無関係だと語るつもりはない。――教会はな、森の一件を含め、ずっと悪魔と戦っていた。そういう幕引きになる」


 ヴォルフ大隊長はスレイの返事を待たず、手に巻き付けていた紐を千切り、青銅色の五芒星をスレイのギルド内に放り込んだ。



「――ッキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 誤魔化しようのない悲鳴が聞こえ、衆人環視の中、『彼女』が悪魔だと証明される。

 


 情けなくもスレイは。

 どうして彼女が啼いているのか。

 どうして五芒星が彼女に反応し光り輝いているのか。

 状況を正しく視認してみても、何一つ理解できずに呆然としてしまった。


「そんな――」


 冷静に受け止めてみても、出来そうなのは事実を口にすることぐらい。

スレイは開いた口から息を漏らす。


「リリィが、悪魔、だった?」


 五芒星を受けて、リリィが悲しく啼いていた。

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