第17話

 夜。酒場『レレミア』にて。

都市の陰でどのような闇が蠢いていようと、そこの情景は変わらない。今日この瞬間を生きている冒険者達が、華やかに唄い、飲み、食らい、一日の成果を清算していた。ビール泡より泡沫な活気だったが、内包する儚さすら塗りつぶすような、煌びやかで眩しい輝きがあった。

 酒場にやってきたスレイは、奥の丸テーブル席に座っていた『ある人物』を見据え、偶然を装って話しかけた。


「あれ? ヴォルフ大隊長? ヴォルフ大隊長じゃないですか!」


 声のハリは普段と変わらない。スレイは入念に用意した笑顔を張り付け、ヴォルフ大隊長の対面の席に腰かけた。


「おおっ、スレイか! 偶然だな! まさかこんな所で出会うなんて!」

「ここは冒険者の集う酒場ですよ。最近ずっと通い詰めです。大隊長こそ珍しいですね」

「宿舎と教会を行き来するだけの生活じゃ、いくらなんでも味気なさすぎる。偶には飲むさ。こんな俺でもな。……よしっ、では偶然の出会いを祝して乾杯と行こうか!」


スレイは注文前に問答無用に置かれてしまったビールジョッキを持ち、ヴォルフ大隊長と祝杯を交わした。

 少し腰を浮かしたので、ちょうど隊長の真後ろに位置していたカウンター席が目に映る。

 そこでは豪商と呼ばれて久しいうら若き女性がカクテルを飲んでいた。普段と違い、静かに、舐めるように。周囲の会話に聞き入ってるようだった。


「ごくごくっ、ぷはっ、……あれ? そういえば隊長とこうやって飲むの、初めてですよね?」

「そうだな。俺自身、仕事帰りに部下と一杯やったのはこれが初めてかもしれん。実態はともかく、見かけ、堅苦しい仕事だからな」


「ははっ、隊長が部下を引き連れ夜の酒場に来ちゃ、質素倹約を旨とする教会の示しが付きませんもんね。……教会は相変わらずですか。所謂『腐ったリンゴ』状態ですか」

「それは一部の腐敗が全体を駄目にするという意味の諺だ。適切じゃない。教会はもうそんな患部を取り除けば治るような状態じゃない。上はお布施の少なさを本気で嘆いてて、搾取のしすぎ、と一言でまとめられることを何時間も真剣に議論している。もう終わりだ。自分達の体制維持に、市民の犠牲は当然だと思い込んでる」

「それが分かってて隊長はなんで教会に残っているんです!? ――ああいや、すみません! 辞めた者のやっかみです! 飲みましょ、飲みましょ」

「……。……リンゴというより、例えるなら、そう、どちらかというと寄生型モンスター《ブラッド・ローズ》みたいな状態だな。スレイ、《ブラッド・ローズ》の生態は知ってるか?」


 スレイはしばし考えるフリをして、ジョッキに視線を落とした。

 隣の席に少女二人組が座ってくる。最近改め仲良くなったような二人組だった。酒場に慣れてないのか、かなりオドオドしている。特に片方の獣人族の少女の慌てっぷりは、もはや不審者レベルだったが、その場限りの不審ではなく、板についた挙動不審ぷりなので逆に違和感がなかった。ヴォルフ大隊長もチラチラ視線を向けられても、特に反応を示さなかった。


「……すみません。《ブラッド・ローズ》の生態って、なんでしたっけ?」

「おいおい修道院に入る際、《モンスター学Ⅱ》で学んだはずだぞ。お前は相変わらず――」

「あああっ、それ懐かしい! 調子出てきましたね! いいですよー、もっと飲みましょー!」


 しばらく思い出話に花が咲いた。

過去を順に追いかけるのに、テーブルには木樽の空ジョッキがそれぞれ二つ増えていた。


「それでスレイ、最近どうだ? 冒険者になったんだろう? 上手くやってけてるか?」


 そして話が現代に戻る。スレイは答えようとしたが、その前に、


「みんなーーっ、今日はリリィの踊りを見にきてくれてありがとーーーっ! 綺麗に優雅に舞い踊るから、じっくり見ていってねーっ! 拍手喝さい口笛歓声大歓迎! ただし席から立っちゃだめー。おさわりを図ろうものなら、手首切り落とすよー? 最近リリィちゃん《ソード・ダンサー》にクラスチェンジしたからねー、容赦ないよー」


 酒場の中央ステージにて、週末だけ踊る人気踊り子のステージが始まってしまう。


 「手首を切り落とされたい」などという戯言がすぐ聞こえたあたり、踊り子の人気が伺えた。スレイ達は喧騒とは少し離れたところで飲んでいたが、それでも周りが騒がしくなる。スレイはいったん会話を中断して、踊り子の宣言通り優雅な踊りに見入った。

酔いが回ってく。スレイも。また隊長も。


「……俺、初めは後悔しましたよ。冒険者になって」

「ほう」


 踊り子のダンスがしめやかなものになると、スレイは酔った饒舌を装い軽快に語りだす。


「宿舎を抜けて宿屋に泊まった晩は、もう何もやる気が起きなくて。でも奮起して、次の日には酒場に初クエストを受けに行ったんですが……。ふふふ、今ステージで踊ってる踊り子に励ましてもらった、なんて言ったら、隊長は驚きますか?」


「あの子と? おいおいスレイ、よく酒場の連中に殺されてないな? 驚くよ。かなりびっくりする」

「初めて受けたクエストでは、いきなり死にそうな目に合いました。まぁ、リスクを取って一獲千金を狙ったんですが、その甲斐あって『あるもの』を得たんです。町で売り捌いてみたら大ヒット、大儲けですよ。……その話とリリィとの馴れ初めの話、どっちが聞きたいですか?」


 スレイは違和感ない状況を作ったうえで、隊長の顔を露骨に見た。

 ヴォルフ大隊長は、お行儀悪くテーブルに頬杖を付き、リリィの踊りに見入っていた。

 横顔を眺めるに、『あるもの』や『町で売り捌いた』など、スレイが発したワードに反応を示した様子はない。純粋に踊りと酒の余韻を楽しんでいるようだった。浸るように。浸るように。


「せっかくなんだ。どっちも聞いていいだろう? なら初めはー、あの女の子との馴れ初めを教えてくれよ。……俺はあまり表情を変えてないけどな。本当に驚いているんだぞ。あんな可愛い子とスレイが知り合いだったなんて」


 時間はたっぷりある。スレイは本命の話題を逸らされても焦らず、隊長に言われた通り、まずリリィとの馴れ初めから語りだした。

言い終わると、ヴォルフ大隊長は意外な言葉を口にする。


「それぞれに事情がある」

「……?」

「お前はいまいち、彼女に惚れられた理由を理解出来ていないのだろう? ……無条件の愛だろうと、ちゃんとそれを注ぐに至る理由・背景があるんだ。事情を汲んでやれ。分からない、なんて言ってるうちは駄目だ。精進が足りん」


 リリィがスレイを好いてくる理由。それは確か「欲深いから好き」だったか。

 その性癖が理解できないと言っているのだが。スレイは微かに笑った。


「年配者の貴重な意見、ありがとうございます。……言い方から察するに、やっぱり隊長にも事情というものがおありなんですか? 教会を辞めない事情が」

「……。それよりも初クエストの話だ。なんだ大儲けしたのか?」


 スレイは頷き、本命の話を切り出した。カネカの名前は一切出さない。悪魔の詳細も省く。あたかも全部自分一人で行ったかのような武勇伝を語る。

 そして話の終わりに、懐からいそいそと小さな袋を取り出し、自慢げにヴォルフ大隊長の前に晒した。


「――で! 俺は命懸けのクエストの末、俺は『あるもの』を手に入れたってわけです! おっと『あるもの』自体は秘密ですよ? それを使って作ったのがコレです《魔力のお守り》! これがもう巷で大流行! 元テンプルナイトが成金の仲間入りってわけですよ!」

「いいオチじゃないか。ふむ、これが《魔力のお守り》か。俺も噂を耳にしてる。最近教会内でも話題になってるぞ。なんだスレイ、お前が販売元だったのか?」

「ええ」


 断言したら、ヴォルフ大隊長は黙り込んでしまった。

スレイは練習した笑顔を懸命に維持したまま、追い打ちをかける。


「隊長に差し上げます。遠慮しないでくださいよ。はははっ、在庫はたっぷりあって、〝まだまだいくらでも作り上げることが出来ます〟から! これからもっと販売数を増やしていきますからねー、見ててくださいよー」


 もちろん嘘だった。

 この偶然の出会いも。お守りの話も。すべて大隊長の反応を伺う為に、カネカ達と打ち合わせしてセッティングしたものだった。

 ここで素直にヴォルフ大隊長が、教会の事情や『後ろめたいクエスト』のことを話してくれたら。まだ歩み寄る余地はある。

が、もし、大隊長が〝なにか覚悟をしたように〟話を切り上げてしまったら……。


「スレイ。悪い。もう宿舎に戻らなければならない時間だ。今日はここまでにしよう」


 もう話し合いの余地はない。


「……俺、ギルド、作ったんです。場所、教えておきます、今度、遊びに来てください……」


 エサは与えた。向こうは絶対に仕掛けてくる。

 スレイは叫びだしたい気持ちを堪え、なんとか立ち去るヴォルフ大隊長の背中を見送った。一人になり、カネカが周りに仕込んでおいた部下からもう平気だと合図をもらった後、


「――ッっくっそがッッ!!」


 笑顔で凝り固まっていた表情筋を崩壊させ、残った酒を一気に飲んだ。

 まだ仕事があるリリィ除き、カネカ、メメ、ノロナ、そしてカネカの部下達が集まってくる。


「決まりやな。教会の不正話は、愚痴混じりにたっぷりに聞かせてもらったわ。確かに現状の教会なら、何を仕掛けてこようと不思議じゃないわな」

「ひひひ、す、スレイさんはヴォルフ大隊長にギルドの場所を教えました。ひ、となると」


 筋書き通り、向こうは今日にでも襲撃してくるだろう。そして、


「ギルドを襲ってきた連中から、教会との繋がりを吐かせたら証拠確保完了だ。教会の暗部が開かれる。司祭どもがお布施をちょろまかして酒を買ってたなんて目じゃない、大騒動が巻き起こるだろうな!」

「そこまでいくか?」

「隊長がな! 余計な情報を俺にくれた! 《ブラッド・ローズ》が暗喩なら! これはもう、単に教会がならず者と組んで暴力事件を起こそうとしているって話に収まらない! もっと、もっとデカい事件とつながっちまう!」

「そういえば生態云々言ってたな。なんや《ブラッド・ローズ》って?」

「名前通り、他モンスターに寄生して、血を吸う植物系モンスターだよ。……特徴的な習性として、寄生している間、他モンスターにわざと喧嘩を売って、あえて宿主を危険に晒すことがあるんだ。そして自慢のトゲで宿主を守って、自分の存在価値を認めさせる。共存共栄の関係を自作自演をするんだよ。このモンスターは」

「? ひひ? わ、わわたし、バカだから、スレイさんが、がるる、なんでそんな嘆いてるのか、分かりません」


 スレイは椅子に寄りかかって、投げやりに言う。


「森の一件。コボルトに力を与えて誰が得した? 下手すればアミティア全体が危険モンスターに取り囲まれてた。誰も得しない。皆が困る状況になってた」


 少なくとも、素直に金銭を要求する以上のメリットがないように思われた。

 しかしその『アミティア全体を危険な状況に晒す』こと自体が、森で悪魔を呼び出した犯人の狙いだとしたら?


「ひ、ま、まさか――!?」

「リリィが言っていた。『悪魔は魔力と知恵でしか願いを叶えられない』と。……当然、『お布施額を増やせ』や『市民が再び教会を信仰するようにしろ』なんて願いは叶えられない。出来るのはそう、精々魔力を使った妙技を決めて、『人々が再び教会を信仰したくなる状況』を作ることぐらいだ」


 スレイがどこに話を繋げようとしているのか、周りを囲んでいた各々が、順次察して、眉根を寄せていく。


「満ち足りた人は教会の炊き出しには並ばない。人は困窮して初めて神に縋る。……教会が復権するには、町単位で被害を被る厄災が必要だった。そんな厄災を、教会の宿敵である悪魔が持ち込んだ、って話になったら。教会にしてみれば百点満点の回答だ。提案した奴にはボーナスが出てるだろうよ」


 そして誰よりも眉根を寄せていたスレイが、吐き捨てるように決定的な一言を言う。



「……教会は、自作自演で権威を取り戻そうとしたんだ」



《ブラッド・ローズ》を比喩に出した大隊長は。

 つまりそこまで知っていたということになる。スレイの嘆きの理由は主にそこにあった。


「飛躍しすぎちゃう?」

「俺も思ったさ。だから《魔力のお守り》を取り出す際、咄嗟にある細工を施して、隊長を試した。……中身をな、抜いておいたんだ」


 スレイはそう言って、テーブルの上に小さなガラス球を数個置いた。


「あれだけ煽って話したのに、大隊長は一切お守りの中身に関心を示さなかったよ。冗談めかして聞いてくれていいじゃないか。『で、コレの中身はなんなんだ』って。くそう、くそう」

「つまりお守りに《オロバスの鬣》が使われてたと知ってたと?」

「判断する手段は……、……あるな。俺はあえて、まだオロバスが生きてるかのように仄めかした。教会としては、オロバスをなんとしてでも捕まえて、口封じを図りたいはずだ」


 向こうにしてみれば、オロバスを取り逃がすような事態は、万が一にも避けたいはず。必ず悪魔対策を図ってくるはずだ。

そしてそんなマネをしてきたら。

 〝対策〟自体が、教会が事前に悪魔の存在を知っていた有力な証拠になる。

襲撃者と教会の関係を立証できるか。襲撃者は悪魔対策を用意してくるか。そしてその対策から教会の自作自演を追求できるか。

 どこまで話が転がるか。分からない。 

 しかしサイは放たれた。もう止まらない。

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