第16話

クエストは通常発注者名を公表して公布されるものだ。が、『ハゲが治る妙薬探し』や、貴族様が素晴らしい節税テクニックを駆使して買った『表に出せない盗品探し』など、プライベートを明かさないクエストもままある。

 だがクエストを交付する関係上、どんなに匿名を希望する依頼主も、酒場の主人とはどうしても接点ができてしまう。酒場側にしてみれば、犯罪性の高いものやイタズラ目的のクエストを受注してしまうと、店の存続に関わるので、ちゃんと相手の素行調査を行ってるはずだ。

 スレイはまずここまで考えた。


「だけどやっぱりー、酒場の主人から匿名クエストの発注主を聞き出すのは難しいんじゃないかな? 特に今回はー、相手のクエは表向き『二番煎じを狙う商人』が出したものだからねー。まともな酒場なら絶対に口を割らないんじゃないかなー?」

「ならまともじゃない酒場に行こう」


 そういう訳でスレイ達は少々治安の悪い所にある場末の酒場を目指していた。

 日陰道。道端はびっしりと苔が生えており、すえた臭いがこびりついていた。臭いを避けるように中央を歩く。カネカも付いてきていた。


「悪いな。テンプルナイトの兄ちゃんの右側を占領しちゃって」

「ううん、別にぃー。スレイの女が増えるのは私的には全然アリー」

「や、余裕あるなー。その余裕はどこから来るんや? まさかもう兄ちゃんと――」

「ガールズトークは俺を挟まないでやってくれ。場所を弁えてくれるとなお嬉しい」


 治安の悪い所はどの都市どの地区も似通った感じになる。スレイ達は先ほどから、家々の隙間のほっそい路地から、もれなくねっとりと絡みつくような視線を貰っていた。まだひったくりや強盗にあってないのは、スレイがテンプルナイトの大槌や大盾を背負っているからだ。見た目でアピールできるスレイの実力。各上と分かって絡んでくる相手は早々いない。


「下ネタ抜きに質問や。兄ちゃんは、リリィ嬢をどうやって落としたん?」

「落としたっていうより。……リリィの趣味が悪いんだ。こんなところに来てはしゃいでるんだぞ? 分かるだろ?」

「あ! ここで私に嫌味!? ふーん、どっちの趣味が悪いんだか。なんだよアイスマンー。聞いてよカネカ姉、さっきスレイね、私とノロナちゃんをデートに誘っておきながら、なおアイスに固執してたんだよ。アイスアイスアイスって、本当に子ども舌――」

「デートの方を詳しく! しかしリリィ嬢の趣味が本当に分からんな! なんや、好きな男が別の女になびいてもいいんか!」

「私は、スレイが好きなように生きてくれれば別に――」


 ふざけ半分、リリィと悪口を言い合うのは日常だった。

――だからスレイは、最後リリィがふと漏らした言葉を気にも止めず、気恥ずかしさを誤魔化すように言ってしまう。


「そこまで。まじめな話をしよう。森の一件、犯人はどうして悪魔を呼び出したんだろうな? 私見を言わせてもらうと、アミティアの物流を止めたがってたと考えるのが、一番現実的だと思うんだが」

「誰が物流を止めて得するん? 商人はないで。商人が悪魔と手を組もうって話になったら、そんな回りくどいことはせず、一に金、二に金、三にカネカを願うと思うで」

「?? ……悪魔はさ、魔力と知恵でしか願い事を叶えられないのをお忘れなく。森にコボルトを呼び出したのは、〝犯人にしてみれば本来の目的とは違う、遠回しの手段〟だったのかもねー」

「クエストの方はどうだ? 相手がまともな思考をしてなければ、本当にただカネカと合って、固い握手を交わしたかっただけの可能性も……」

「あー。そこぶり返しちゃう? それ言うなら、本当にただの二番煎じの商人かもよ? こっちが勝手に恐れを抱いてるだけで」


 スレイとカネカは「それもそうだ」とうなずく。

 犯人の目的はなにか? それが分からない限り、何事も決めつけは危険だ。

 スレイは心に留めておく。


「酒場にたどり着いたぞ。……暗いな、それに見るからに初見さんお断りの雰囲気だ。性質上、もめ事が起きるかもしれないから、二人ともここで待っててくれ」

「あらかっこいい、ほんま、ウチも惚れちゃいそう」

「いいよいいよ。惚れちゃえ、惚れちゃえー」


 リリィとカネカはふざけた調子とは裏腹に意識をちゃんと切り替えていた。歩を止め、まだ日の光が当たる路地の陽だまりで待機してくれる。スレイは二人を残し、一人本格的に細路地の中に、盗賊団がアジト代わりにしてそうな酒場に入ってく。

 天井に煙掛かっていた。昼間だというのにランプの光が必要なほど薄暗かった店内は、煙草、水煙草はもちろん、何か炙ったものを吸っている連中までいた。

 二四時間酒をあおっている輩はどの酒場にもいるので特筆はしない。ただし酒の飲み方がどことなく荒廃的だなと、スレイは思った。

 比較的小規模な酒場だった。スレイは疎らにしか紙が貼られてないクエストボードをちらり確認した後、突き刺さる視線含め、ありとあらゆる物を無視し、酒場のマスターがいるカウンター席まで一気に移動した。

 やや太めの中年マスターは、スレイを見るなり顎の肉を震わせ笑う。唇から剥かれるように覗いた歯は、黄色く一本欠けていた。

眼光はまぁ鋭い、というより死んでない。それは彼がこんな場所でもうまくやっていけてることを意味する。

さて狸の化かし合いだ。スレイはそう思ったが。


「なんですか? 使者がやってくるなんて、随分早いじゃないですか」

「!? ……、……なんだ。俺が早く来ちゃいけなかったか?」


 驚愕が顔に出そうなところ、寸でのところで表情筋を固め、スレイは嘘を付いた。


「例の件ですが、なーんにも。情報はこれっぽっちも入ってませんよ。商人達だってバカじゃない。懸賞金を上げない限り、同業者を売るようなマネはしてこないでしょうね」

「……、商売には、信用が、第一だろ……」

「げははっ、そりゃそうだ。しかしそれがないからこそ、栄える場所もある。ここみたいに。なんでしたらもっと乱暴な手段も取れますよ。くひひ、金さえくれれば。懇意にしてる冒険者にそれとなく非合法な手を取るように示唆――、っと、戯言です。非合法な手段なんて、俺はアンタに伝えちゃいない。アンタもなにも知らない。酒場はなにも関与してない。じゃなければ営業許可を取り下げれられちまう」

「……、当然、だ」

「うひひひ」


 酒焼けした声が鼓膜を打ち、脳に不快に響く。しかし無視するわけにもいかないので、スレイはそのままマスターの話に耳を傾け情報収集しながら、脳の一部をフル回転させ別の事を考える。


「(なんだ!? 向こうから例の一件について話してきた!?)」

「(商人って言ってるんだ。間違いない。……ブラフ? 騙してどうなる? 酒場がわざわざ後腐れするようなマネをするはずない)」

「(こっちの動向が読まれていたのだとしたら……)」


 スレイは全神経を集中させ、周りの気配を感じ取る。

特にこれからタコ殴りにされるような雰囲気は感じ取れない。


「(バレてるはずないか。……俺の〝何かが〟コイツに勘違いさせたんだ。一体なんだ? 俺はこの席に座るまで、どんな情報をコイツに与えた?)」


 スレイは首筋に浮かんだじっとりとした汗を拭きつつ、細心の注意を払ってマスターの話に相槌を打つ。ともかく身バレだけは避けなくてはならない。声が上ずりそうになるのを必死に抑え、呼応する一言一言をなんとかひねり出す。

自分がちゃんと表情を作れているか、既に分からなくなっていた。ただ俺はエリートだと、いつものように鼓舞してなんとか自我を保つ。


「(エリートエリート、……バカか。自尊心を膨らますのもいい加減に。ん? エリート? ……そうだ。俺が見ただけに他人に与えらえる情報なんて……)」


 一つしかない。

 唯一無二の自分の情報。エリートの証左。スレイの特徴。

 スレイはカウンダー席、自分の横に立て掛けていた、テンプルナイトの大盾と大槌を見た。


「(そんな。いやでも。……ああ違う、でもだからこそだ――)」


 平然としてなければならないのに、それでもスレイは頭を押さえてしまう。


「(そもそもだ。〝決めつけなければ〟。このクエストを発注しそうな連中が、もう一団体いたじゃないか――)」


 悪魔に注目しない。今回売り出されたアイテム自体に注目する。その由来となったものに。

 イナリ――キツネだったか。よく分からない八百万を崇め奉る極東の〝宗教〟。

〝その宗教観〟に観に基づく《魔力のお守り》というアイテム。

 お守りが絶大な効果を発揮し、極東の宗教観が必要以上に認知、啓発されるのを嫌がる集団がいた。

 この町の腐敗の象徴だ。あいつらなら匿名、かつ多少汚い手段を取ってきてもおかしくない。市民に嫌われ始めているのを自覚しているだろうし、そんな市民の間に別の価値観が広まってるのを知れば、現実的な脅威と捉え、なんだってするだろう。


「どうしたんですかい?」


 スレイはこちらの態度に不信を感じ始めていたマスターに言う。


「後任なんだ。俺は。前任者を知らない。……なぁ、俺みたいにバカ正直に分かりやすい恰好をしてたのか? ――アンタにクエストを発注してきた、教会の連中は」


 マスターの死んでない目が細まった。


「くひひ、なんだ。さっきからどうも態度がおかしいと思ったら。そういうことですか。……安心してください。普通の恰好でしたよ。ただ、ね。こっちも商売なんでね。調べさせてもらいました。まぁいっつも神頼みに博打する知り合いが、教会でたまたま見た前任者の顔を覚えてたんですよ。びっくりしたでしょう? いきなり身分がバレてて。いや、ね。脅すつもりはなかったんですよ? ただ、へへ、繰り返しますが、商売なんですよ。こっちもね」


 いろいろ辻褄があってくる。ペラペラ喋ってきたのは、こちら(教会)と対等な関係だと訴えてクギを刺すためか。

 それに教会なら。他の酒場が二つ返事で匿名クエストを受け付けてもおかしくない。


「参考までに聞きたい。……前任者はどんな奴だった?」

「へぇ。フードを被ってたからよく見えませんでしたがー。髭が生えてて、頬肉が引き締まってて、目つきが厳つくて……」


 この時点でかなり絞り込める。頬肉か引き締まってる以上、肥え太った司祭どもではない。髭が偽物でなければシスターでも。……教会の暗部に関わる以上、かなり責任ある立場だ。となると。

 きりきりと、スレイの心臓が締め付けられる。これ以上聞くべきではないと、脂汗はもう明確にスレイの首筋から滴れ落ちていた。

 でも聞いてしまう。スレイは絶望を予感した。


「ああ、そうそう特徴的なのが! そいつ、頭の生え際が少しばかり後退してたらしいですぜ。いや知り合いが言ってたんですけどね! 教会で見たとき、そいつが滅多に外さないヘルムを外していて、だから印象深くて顔を覚えてたとかなんとか! いやいや! 私は教会の方が禿げてるとは言いませんよ? 私はそいつのフルメイル姿どころか、フードを被った姿しか見てませんし。へへへ」


 スレイは、今度こそ感情を抑えきれず嗚咽するように呻いてしまった。

 顔が浮かんだ。自分が唯一尊敬していた、堅物大隊長の顔が。

 ――ヴォルフ大隊長の顔が。


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