第15話
3
『ギルド』は建物を作ってハイそれで終了というわけにはいかない。そこからクエストをこなし、信用を獲得し、より大きなクエストにありつけるようになって、それで初めてギルドという名の歯車は、自在かつ安定的に回るようになる。
(その先、社会の歯車になるか。それとも荷馬車の車輪にでも変身して、まだ見ぬ大地を目指して冒険するかは、その『ギルド』しだいだけどな)
ともかく歯車を回せるようにならなくては。なにもしなければ潤滑油すら買えない状況に陥ってしまうかもしれない。資金的には余裕があったが、スレイはさっそく動き出す。
明朝、スレイは酒場の門を叩いていた。朝から飲んだくれてる――あるいは昨日の夜から酔い潰れていた冒険者を余所目に、かなり真剣な足取りでクエストボード前まで移動する。
(ギルドを持たない冒険者なら。宵越しの銭を持たない選択肢もありなのかもな)
クエストボードは乱雑にピン止めされた紙で、ドラゴンの表皮のようになっていた。目が悪くなりそうな汚いインク字を眺めている冒険者は朝から数名いる。張り出されていた一部のクエストに人気は集中している。要ギルド、と書かれているクエストだ。報酬の多い物が多く、受注するのに、人数、技能、実績など、他条件が課せられているのも多かった。
(キマイラの討伐。面白そうだけど。……ああ駄目だ。高レベルモンスターがいる洞窟で野宿する羽目になる。ノウハウがないと一夜にして全滅必須だな。こんなのこなせる訳がない)
他には、
(魔法学校の生徒の遠足の引率、護衛か。……《クレイジー・トレント》を討伐しにいくのか。植物系は火魔法が使える生徒がいれば護衛の手間すらないと思うけど。道中の山賊はねぇ。うろちょろ動くガキを守りきる自信はないな。……それにノロナに学校系は酷か)
ノロナの『ネクロマンサー』クラスを募集しているギルドクエストを探してみる。
珍しいのだと、
(え!? 吸血族の住む城にて警護部隊の募集!? 『ネクロマンサー』他、『メイド』クラス持ち大歓迎、男も一応可、一応ってなんだ一応って。集団戦による連携は必須、一週間生き残ったら持続契約って、なにそれ怖い!)
駆け出しギルドでも比較的こなしやすい護衛系クエストがまったくないのは、最近知名度を一躍飛躍させた護衛専門ギルド『イージスの盾』に、直接仕事が行っているせいか。
今日出かける前、スレイがギルドのポストの確認すると、イージスの盾のギルド長から、ギルド設立を祝う引き出物が届いていた。中身はタオルだった。
(カネカ経由で知ったんだろうな。そう考えると、現在俺の使えるツテは、カネカ、モルガン、イージスの盾ぐらいなもんか。……どちらもいきなり使いたくないツテだな。……むむむ)
クエストボード前で眉間に皺をよせ悩んでいる顔が一つ増える。しばらく眺め、スレイは『要ギルド』のクエスト受注を断念し、そのままカニ歩きで横に移動する。
ソロ冒険者を募集してる欄には、護衛クエストもいくつか残っていた。
(カネカの時と同じ風に、これを受けてツテを増やすのも手だよな。俺達の練度UPにもなるだろうし。え~と、面白そうなのは――)
炭鉱の一件からでも学習できる通り、三人の連携が深まらないとギルドの強みを発揮できない。まずは小手調べに軽いクエストをいくつか受けてみるのも手だ。
スレイは片意地を張らず目標を切り替えてく。妙な気負いは全くない。気分は軒先で商品棚を見ている感覚に近かった。昨日の出来事はスレイの中で、確かに大きな支柱を築いていた。
「……これだ」
そしてスレイは自分達にとって〝最高に美味しいクエスト〟を見つけ、思わず呟いてしまう。響いて他のギルドの面々が、さりげなくスレイの見つけたクエストをチラ見してきたが、お生憎、スレイが手に取ったクエストは他者にとってはぜんぜん美味しくなかった。
「――、それで受けてきたクエストがコレ?」
「ああ。詳細は語るまでもないだろ? あとは先方の許可を取るだけだ」
ギルドに戻るとリリィとノロナが軽い朝食を用意してスレイを待っていてくれていた。スレイは大きな丸テーブルに腰を下ろし、まずはコーヒーを受け取り二人にクエストの概要紙を見せる。
「え~っと、なになに。――最近巷で流行している『魔力のお守り』の販売元の調査。……最近人気を博している東洋の神秘のお守りですが、町の商店の話を聞くに、どうも普通の行商人から仕入れてるわけではないようです。販売元の調査をお願いします。元締めとコンタクトを取れた場合、二十万シリカお支払いします。場合によっては、そのままお守り素材の採集クエストに発展するかもしれません。詳細は~~、え? これ受けたの!? 本当にずるい!』」
自分のギルドで飲むコーヒーの味は格別だった。
「カネカの二番煎じを図ろうとしている輩がいる。ミソは販売元の調査だけでいい点だ。カネカと会わせるだけでいいし、カネカもまた『見知らぬ行商人から一括で買い上げた』と報告すれば、事態は何も変わらない。そして万が一素材が分かったところで、コピーされる心配はない。……と、言ってカネカを説得してみるよ。コレを食べたら出かけよう。あー、それでノロナ、良ければ一緒に来てほしんだけど。外に出れるか?」
出来たばかりのギルドで引きこもりライフは、スレイも憧れるところだが、こういう都市から出なくて済む地味なクエストで練度UPも、スレイとしては目指したいところだった。
「ひひっ、ひひひひひひひひひひひひひひ! ひひひひひひひひひっっっっ!!」
「興奮してる? えーと、その心は?」
「昨日の、スレイさんの台詞、覚えてます。わ、分かりましたっ! ひひ、わ、私も! 付いていきますっ。……軽口はまだ無理です。付いてくだけでいいのなら」
スレイはノロナにアイスを買ってやろうと思った。が、それを口にするとリリィから「いい加減アイスから離れろ子供舌」とツッコミを入れられたので、別の何かを奢ることにした。
…………。
カネカ商店は都市のメインストリートに居を構える、冒険者向けの総合道具小売り店だ。首を動かさないと見渡しきれない横長木造二階建ての建物の軒先では、キューブや傷薬など消耗品はもちろん、剣やプロテクターなど、安価な量産品装備も売られていた。
二階に上がるといきなり雰囲気がガラリと変わる。床が絨毯になり、売られているのは商品棚に一品一品丁重に並べられた高級武具や装飾品ばかりになる。しかし二階の一角にあった書物コーナーの隣には、呪いのアイテムや伝説の剣の贋作などを揃えた珍品コーナーもあり、そこはやはりカネカの店といった感じだった。
スレイ達は珍品コーナーの中にあった重厚な扉を通され、こじんまりとした社長室に案内される。
カネカが対応してくれると思ったが、しばらく待っていると、ここまで案内してくれたメメがまたやってきた。
「すみません。カネカ様はどうも外出中のようでして。落ち着きのない方なんです……」
「あぉう、いやでもそのアグレッシブさがカネカか。まさか酒場でニアミスでもしてたか?」
「酒は飲んでないと思います。たぶん。きっと。二時間後には戻ってくると仰ってたので、それまでお待ちいただけると。ええ、店内を見て頂いても構いません。あ~~、それで、はい、別にこのまま社長室で〝隠れていても〟……」
メメの最後の言葉は、スレイやリリィではなく、革張りソファーの後ろにいた獣人に向け発せられていた。ノロナはメメを認識するやいなや、獣人の脚力をこんなところで発揮し、ソファーの後ろに飛びのいたのだ。
……案内されるまでもチラチラと見ていたが、メメは明らかにノロナと話したがっているようだった。
……これはノロナの問題だ。スレイはメメの純真な顔が曇ったのを見て助太刀したくなったが、あえて堪えた。
「ひひ。……店まできて、しし社長室で引きこもっていたら、……ひひがるるっ、スレイさんのギルドの不名誉ですね」
堪えたのはスレイの選択だ。
が、ノロナがのっそりと立ち上がり、驚くメメを怯まず見つめ返したのは、間違いなくノロナ自身が選んだ選択だった。
二人は会話しようとする。ソファーと扉前、余所余所しい二人の心を表したかのような、微妙な距離を開けて。
だがスレイは確かに聞き取る。声は、二人とも距離を縮めようとしているのが分かる、穏やかで大きかった。
「昔。ノロナちゃんに『皆と遊べは、もっと明るく笑えるようになるよ』って、言ったことがあったよね。……ごめんね、当時の私は無邪気過ぎた。天然なんて、言い訳が聞かないほどに」
「そんな明るさが、私にとって――。いえ。がるるっ、忘れました。お久しぶりですメメさん。ひひ。こんばんは。……どうです? わわたし、軽口も言えるようになったんですよ?」
「ひそひそ(軽口あった?)」「ひそひそ(こ、こんばんは、がそうかな? たぶん)」
スレイとリリィがかなり擦れた反応をし、メメはいろいろな意味ではにかんだ笑顔を浮かべた。
会話はすぐ途切れてしまったが、また一歩踏み出したのはノロナの方だった。
「えと、ひひ、メ、メメさん、待ってる間、ちょっと一緒に出掛けませんか?」
「! う、うん! いいよ一緒に遊びに行こう! カネカさんを探しに行くって言えば、お店を抜けれるから!」
「ひそひそ(砦のときも思ったけど、メメは結構強かだな)」「ひそひそ(さすがカネカ姉のお気に入り)」
ノロナが視線で伺ってきたので、スレイは快く頷いて二人を送り出した。
……スレイとリリィはそのまま店内に残る。古本の匂い香しい魔導書コーナーで時間を潰していると、一時間ほどでカネカは戻ってきた。酔っぱらってはいなかった。
「懇意にしてる鍛冶師のところに言ってきたんや。今度別のところに装備専門店を作ろうと思ってな。その打ち合わせや。で、いきなりやな二人とも。関係は相互利益があって続くもの。不躾に一方的な利益ばかり求めてたら、ツテもすぐなくなるで?」
「……、勉強になる。……すみません。山吹色のお菓子もって出直してきます」
「あー、冗談や、半分冗談。兄ちゃん達はギルド建てる際にウチを通してくれたやろ。施工業者からいくらかマージンはもらったから、そのお礼に話だけは聞いたるわ」
カネカは商売人の顔付きで、スレイの受注したクエストの話を聞いてくれる。
「……ダメや。ウチが《魔力のお守り》を流しとるとは、絶対に言わへん」
が、返事は決してスレイの期待していたものではなかった。
カネカはノロナが隠れていた革張りソファーの上にがばっと身を落とした。豊かな胸元を揺らし、天井を仰ぎながらつまらなそうに言う。
「そのクエストの発注主、誰や?」
「え?」
「そのクエストの発注主は誰かと聞いとるんや。……ここ数日、似たようなクエストがあちこちの酒場に張られてるんや。ウチも気になって調べてみたんやけどな。連絡入れても仲介人が出てくるだけで、どれも発注主まで辿れなかった」
カネカは続けて、
「同業者には恨まれないように気を付けとる。と、いうより同業の嫉妬や妬みが元だったら、自分らの持ってるネットワーク使えば、ウチも相手も即身バレや。わざわざクエで探す必要なんてない。分かるか? 身分を隠して《魔力のお守り》を販売元を探っとる先方さんはな、同業者じゃない。……さて、誰やろなー? 同業じゃないのに、大金叩いてウチとコンタクトを取りたがってるのは?」
シンプルに考えよう。
――商売人ではない誰かが。《魔力のお守り》を売ってるカネカと会いたがっている。
言い方を変えれば、
――商売人ではない誰かが。〝先のコボルトの一件の原因となった、《オロバスの鬣》を売っている〟カネカと会いたがっている。
少し想像を働かせれば、自ずと理由は見えてくる。
「くそ。そういうことか。俺はバカだな。本来クエストを見つけた時点でこの可能性を――」
事実は別として。はたから見ればカネカは、
――森の異変を解決した上で、その証拠品ともいえる《オロバスの髭》を売っていたのだ。
「〝森に悪魔を呼び出した誰かさんにしてみれば、戦々恐々の事態〟やな。こっちがどの程度事態を把握していて、なんで通報もせず証拠品を売りさばいてるか、まったく想像が付かんはずや」
「だからこそ行動に出た。こっちがこれ以上余計な行動を起こす前に、なんとしても《魔力のお守り》の販売ルートを辿って、場合によっては――」
カネカは「ぐえー」と自らの首を切るジェスチャーをした。そして言葉で補足する。
「てな感じに、なんとか口封じを図ろうって算段や。……悪魔の力は身を滅ぼす、やったっけ。こういう形は予想外やったわ。今更『ウチは森の一件になんら関心を持ってないですー、何も知らないですー』なんて言っても、向こうは止まらへんやろな。逆の立場だったら、ウチだっていよいよ夜逃げか討ち入りの覚悟を決めるで」
「……、ならこっちも取れる手段が、おのずと限られてくるな」
スレイがそう言うと、カネカはソファーを爪で掻きながら、話が早いと言いたげに不敵に笑った。体を起こし、机に置かれていたスレイの持ってきたクエストの概要紙を破り捨てる。
「派生クエストや。……『お守りの販売元を探るクエストを発注したのは誰か?』。兄ちゃん、探ってくれへんか? もちろん報酬は出す。せやね、最低向こうの二倍。そっからさらに、事態が判明しだい危険度に応じて特別ボーナスを出す。どうや?」
「俺達だって当事者の一人なんだ。是非もない、受けさせてもらう。……それとは別に、金をもらえるってなら最高だ。文句はない。喜んで協力させてもらうよ」
「ふふ、交渉はこうやって相互利益をもたらすのがコツや。覚えときぃ」
スレイとカネカは固い握手を交わした。
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