第14話

 ……カネカ商会が口利きしてくれて、一流の職人が集まってくれた。


「ギルド完成おめでとさん。一応ウチが責任者として、引き渡し式をさせてもらうで」


 少しでも費用を節約しようと、大理石の運搬を自分たちで請け負ったのが一週間前か。

 スレイは城塞都市アミティアの南南東、城壁がすぐ近くに迫る町端の土地を買っていた。

 買った当初は日当たりの悪い野原だ。古い路地が入り組み、褪せて久しい住宅街の先にある土地で、便利なメインストリートから外れていた。利点は土地代が安いことと、強いてもう一つ上げるとすれば、壁まで続く野原が実質自分たちの庭として使えた点か。

 拡張性があるといえばあった。ともかくスレイの記憶には、水はけの悪そうな荒れた土地のイメージしかなかったが……。そこに、


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっ!!」


 ギルドの看板を引っさげていても何も恥ずかしくない、真新しい木造二階建て(大理石の風呂付)の雄々しい建物が建っていた。

 スレイは涙目、かつてない程感動感に包まれながら、塗られたばかりのニスが光り輝く両開きの扉を開けて中へ入る。まず厨房が一緒くたになったカウンター付き共同フロアが飛び込んできた。中央に鎮座していたのは大人数で飲み食いしても何ら困りそうにない丸テーブルだ。大きさにさらに感動、思わず頬ずりしてしまう。と、視線が壁沿いの二階へ続く階段と合った。階層上に並んでいたオークの木目美しい扉は三つ。吹き抜けになっており、一階からでもよく見えた。あの個室一つ一つに新品のベッド、クローゼット、小机があるのだ。その他各々が選び抜いた小物も完備。内装が充実したこじんまりとしたマイルームが目に浮かんだ。


「ほい、それでここがご要望だった大理石の風呂や。大理石が余ったさかい、ライオンの蛇口やら女神像やら、職人さんがサービスで作ってくれたで。天窓はロープで開閉してや。覗ける景色は一年を通していいと思うでー」


 広い土地を買った甲斐があるというものだ。階段下にあった扉を一枚開けると、脱衣所を挟み、スレイの夢にまで見た大理石の風呂が広がっていた。

 そう、広がっていたのである。風呂は二つの円柱の柱で支えないと維持できないほど広く、浅い浴槽は足を延ばせるどころか、手まで伸ばして泳げるほどのスペースがあった。


「いっちゃなんだけどなー。貴族、いや成金の趣味に片足突っ込んでると思うで、これ」

「うん俺もそう思う。……でも子供の頃はな、全く下品なんて思わずに、本に描かれていた王族の暮らしとかに憧れたりしたんだよ。だから、だから――」


 これでいい。スレイが言葉にせず感無量に肩を震わせると、カネカがその肩に手を置き、野暮なツッコミをしたと反省のポーズ。

 リリィが、天窓から零れ落ちてくるわずかな斜光に照らされ、淡く乳白色に光り輝いていたお風呂場全体を見て笑う。


「あはははっ、スレイ~~、趣味悪すぎ~~~! あははははははっ、もうすぐ夕方だけど、夜になったら、あっやしいー雰囲気になりそう。まさに欲望の権化って感じ! 最高だよ! 素晴らしいね!」

「褒めてるの? 貶してるの? まだいい時間なんだけど酔っぱらってる? リリィ」

「ひひひひひひひひ。ススススレイさん! わわわわわたしの部屋! 見てきました! もう気づけばノームが住み着きそうなぐらい酷い日陰で! あありがとうございます。がるるるっ、ももももしかして私の為にこの土地を選んで!?」

「あくまで個室の位置取りだけだよ。でも日陰でそこまで喜んでもらうと、なかなか複雑に気分になるよ、ノロナ」


 ギルド購入資金は三人で出し合った。しかし全ての事柄に関し、最終的な裁量権がスレイに与えられ、部屋割りから風呂場の予算まで、実質的にスレイが一人で決めた。……ノロナとリリィが積極的に提案してきたのである。「キツイ選択を任せてきたのだから、楽しい選択も選ぶ権利がある」と。

 二人に背中を押されたスレイは、包み隠さず己が意向嗜好を反映させる。

 そう、作りたかったのはハーレムギルドだ。

 故に脱衣所は男女共用、お風呂場に仕切りなんて女々しい物は付けなかった!


「それじゃこの書類にサインしてな。……あい、ありがとな。……それとこの書類も渡しておこか。役場に提出すれば、晴れてギルドの設立手続き完了や。酒場で『要ギルド』のクエストも受注できるようになるで」

「カネカは仕事を回してくれないのか? 知ってるぞ。今回の一件でさらに酒場での羽振りが良くなったんだろ?」


 カネカはにんまりと笑い、書類と入れ替えるように懐から綺麗な小袋を取り出した。よく見ると、蛇がのたうったような文字が書かれている。読めなかったがスレイは感想を言う。


「これは? 見た目はあれだ、極東地方の厄除けアイテム《お守り》に似てるな?」

「モチーフはまさしくそれや。これがうちの金満の元、カネカ商店の新商品。その名もずばり 《魔力のお守り》や! さて博識嫌味兄ちゃんは、この商品の効果が分かるかな?」

「……装備すると魔力が回復? いや上がるのか? うえっ中身はアレなのか」


 オロバスの髪の毛だ。スレイ達への支払額から逆算すると、ちょっとした防具一式が買える値段で売っていてもおかしくない。


「ひっひっひ、お守りに型に加工しとるからな。ここぞというときに絶大な効果を発揮して大好評や! お陰様でめちゃくちゃ売れとるでーっ! 笑いが止まらへんぐらいなになっ! っひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 ノロナがカネカの笑い方にびっくりしていた。


「新居祝いに兄ちゃんにも一つあげよか。……冗談や。さすがに予約待ち超限定商品をタダであげるわけにはいかんな」

「数を絞って売ってます、と。しかもコレ、もしかして《オロバスの鬣》は直接お守りに編み込んでるのか? 中身はダミーでコピーされる心配もない、と。たちが悪いな」

「ひゃひゃひゃ! 一大ブームを作り出すコツは、同業者にも卸すことや。ひゃひゃ! 一人勝ち組だと周りから恨まれるからな! みんなで仲良く儲けとるようにみせんとな! ――ほなまた! 拙いけど兄ちゃんと人脈はできた。何か仕事ができたら頼むから、そんときはよろしゅうなーっ!」

「敵わないなぁ……」


 カネカは職人さんを連れて帰っていく。残されたのはたった三人。夕暮れ時、カラスの鳴き声が響くぐらい妙に静まり返った広い部屋に、男一人、女二人である。

 リリィがコホンとわざとらしく咳を入れて、茜色と影色に彩られた妖艶な笑みをスレイに見せてくる。もしも近くにソファがあれば押し倒されていたかもしれない雰囲気だった。


「ふっふっふ。ちょっと町の喧騒から離れた場所。スレイの為のギルド。傍にはギルドに入ることを了承した女の子二人。……さてスレイ~? どうする~? なにする~~?」

「決まってる。お風呂場で――」

「「お、お風呂場で?」」


 二人がごくりと息を飲んだ。リリィですら酒を飲んでもいないのに顔をほんのりと赤くしていた。

 スレイはそんな二人に対し、自分の意思をはっきりと示す。



「アイスパーティーだ! ――あっついお風呂に入りながらアイスを食べるんだ!」



 ……、……、スレイがハーレムギルドを作りたいと思ったのは、子供の頃の夢だ。

 もう一度言おう。子供の頃の夢なのだ。憧れたのは大人数で入れるお風呂と、そこでお行儀悪くアイスを食べさせてもらいはしゃぐ王様の姿だ。熱いと冷たい。湯けむりとアイス。皆とお風呂場で遊ぶ。子供だからこそ純粋に目を輝かせた。それ以上でもそれ以下でもない。


「水着は着用必須な。アイスは三種類用意したけど、あ、俺はチョコアイスな」


 スレイはリリィが何か言う前に先制した。

 …………。

 薪を燃やし浴槽をお湯で一杯に。大理石は湿気と共に湯気を蓄え、天窓から降り注ぐ月明かりを絶妙に淡く拡散する。意外に落ち着いた雰囲気だった。高級石材は、見方さえ変えればむしろ色合い的に優しさすら感じる。感嘆の溜息すら溶け込んでしまう、上質で優雅な空間が広がっていた。


「は~~~~~~~~~~~~~~~、裸でさ、女侍らすぜいえ~い! ぐらい言えないのかよ~~~、は~~~~~~~~~、バニラアイスが冷たい~~~~~~、美味しい~~~~~」


 スレイ達はそれぞれ手にアイスを持ちながら浴槽に肩を並べていた。互いの距離は適当だ。各々、天井から時々落ちてくる水滴から、なんとかアイスカップを守ろうと苦心している。


「リリィの言いたいことは分かる。でも、ほら、ノロナもいるしさ」

「敷居はつけなかったくせに? 中途半端な度胸、サイテー。女の子を言い訳に使ってさらにぃ~~――」


 リリィはアイスカップを浴槽の縁に置き、ビキニ水着から零れ落ちそうな胸と、もはや隠す物は何もないスベスベな腋を晒すようにノビをしながら、


「サイッッッテ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 艶やかな唇を尖らせた。いかんなく伸びに伸びて、磨かれた踊り子の肉体を露わにさせる。


「うぐ!? ああ認めるよ! 俺が中途半端で度胸がないんだよ! 俺が悪いんだよ! ……でもノロナも嫌だよね? ね? いきなり男と素っ裸なんて」

「今さらな感想ですけど……。ハーレムギルドを目指すって、本気で言ってたんですね。ひひ」

「そうだな。本気だった。〝へんなこと〟をするまで勇気はなくとも。うん」


 スレイは自分のやりたかったことをうっすらと考える。

 水着でお風呂に入れる程度には気心が知れた仲間とギャーギャー騒いで……、あわよくば……、モテたい。

そんなところだろうか? 他にも何かある気がする。


「ノロナは、いやか?」


ノロナはスレイのたくましい胸板と、自分の子供水着に包まれたぺたんな体を見下ろして。


「わ、わわわわわわたしは……、別に……、ススススレイさんこそ、ひひ、わわわたしの貧相な体なんて、いいいいいやじゃないです? がるるぅ」


 顔までお湯に沈める。水面に写った白い肌は、本人の謙遜とは裏腹に新雪のように綺麗だった。


「嫌じゃないよ。むしろ光栄だと思う。ノロナは自分の需要を見誤ってるんだ。なぁリリィ?」

「うん。このリリィちゃんの健康的な肉体美とは対極に位置する美しさだねぇ。このアイスみたいにー食べたらトロけちゃいそうな? ふふ、ノロナちゃんはー、スレイに食べられたい?」

「ぶくぶく、スレイさんが、お嫌でなければ。どうぞ、お食べください。……ぷはっ、こんな、わわたしなんて。鳥ガラ以下ですよ。ひひ、しゃぶっても美味しくありません。がるぶくぶくぶく」

「……ああ、俺がやりたいこと、もう一つあったのを思い出したぞ。それは仲間内だと打ち解けて軽口が叩けるようになったギルド員が、外でもそのノリで付き合ってくれたら最高だなって思ってたんだ」


 ノロナも一緒に騒いでくれたら、どんなクエストも楽しめるとスレイは思った。


「私を弄る流れ? ――ひゃああああっ、ご勘弁を!」

「恥ずかしがるからそうなる。こういうときは強がればいいんだよ。見ろリリィを、ああ見えて内心結構必死なんだぞ? 性格上、普段の衣装よりさらにきわどい水着を着ないとおかしいからな。日焼けした部分とそうでない部分の境目を、実はかなり気にしてる。ほら、アイス食べてるのに顔は真っ赤で、暇さえあれば自分の胸元をチラチラ見てるから分かるだろ?」

「!? は、はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!? べべべつにリリィちゃんは平気だしぃ!? す、スレイにどう見られてるか気にしてないしぃ!? 日焼け跡だってっ、みっ見せつけてるだけだしぃ!?」


 ざっぱぁっと、急に立ち上がりリリィは力説しだした。胸元、お腹、お尻、その他きわどい境目が冴えるに冴える。

本人は「ほら見ろーっ!」と胸を張って頑張っているが、しかしどんなに粋がってみせても、顔の赤みと声の震えは隠せていない。

 なんていうか。名は体を表すというか。行動は心を表すというか。分かりやすい。


「んにゃ~~~~~! スレイ笑った! 今絶対私のこと見てバカにした! しょうがないじゃん! いいじゃん別に! この勢いで買ったビキニ、勝負下着より布地面積少ないんだよ!?」

「いるよな~、普段強がってるせいで、いざというときに困るやつ」

「……スレイさんが全裸で入ろうって言ったら、どうするつもりだったんです?」

「勢いが大切なの~。それにシチュエーションも~。ノロナちゃんだって、その水着でもローションとマットを持ってスレイを迎えたら恥ずかしいでしょ?」

「!? がるるるるっ!」

「こらこら。なんて台詞を」

「強がるなよー男の子―。スレイが一番恥ずかしがってるのはー。言わぬが花だったんだからなー」


 リリィは攻勢に出る機会を伺っていたようだ。スレイがリリィから目を離すと、リリィは隙ありと言わんばかりに、ふざけてスレイの首筋に、アイスのスプーンを押し当ててきた。


「ひゃああああああああああああああっっっっ!」


 冗談にならない冷たさに今度はスレイが飛び上がる。

 スレイは剣術学校時代に流行った、訓練後シャツの隙間に魔法で生成した氷を流し入れるイタズラを思い出した。大概の生徒が今のスレイのような反応をしていたものだ(魔法剣士を目指していた生徒もいたから、魔法を覚えていた生徒は普通にいた)。


「ふふふふざけんなよっ!? 冷たくて熱いのはなっ! 口に放り込むから美味しいんだよ!? 身体にぶつけたらそりゃ気持ちい――じゃない! 攻撃魔法だ!」

「あはははっ、立場逆転~。ほらほらスレイ怒らないで。そこまで言うならアイス上げるから」


 リリィが自分のバニラアイスをスプーンですくって差し出してきたので、スレイはそれを目でしっかり牽制しつつ、受け取る。口に放り込んだバニラ味は、濃厚なミルクの香りと鼻を突きぬける清涼感をスレイにもたらした。


「ん、美味い! こうなるともう一種類のアイスも食べたくなるな」


 言うと、ノロナは遠慮がちにスレイに近づいてきて、おずおずとストロベリーアイスを差し出してきた。こちらはカップ丸ごとだ。


「この場の卑屈は死を意味するぞ? じゃ、遠慮なく」


 スレイは自分のスプーンで、溶けかかったストロベリーアイスをグサリ。丸ごといただいた。直後ノロナの絶叫が響いたので、スレイは苦笑しながら自分のチョコアイスをスプーンですくって、


「代わりに俺の残りのアイスを全部やるよ。ただし一口ずつ俺が食べさせる。スプーンだって俺のを使う。恥ずかしがらせない。遠慮もさせない。ほらノロナ、口開けてー、あーん」

「ひひひひひひひひひ!? いいいいじわる! 意地悪すぎますっ、スレイさん!!」


 だが溶けかかったチョコアイスの魅力は、ノロナの余所余所しい態度をも溶かしたようで。


「ひ、ひひひひ。……が、るる。……あーーん」


 ノロナが顔を突き出し口を開けてきた。不器用らしく目を閉じて。犬歯と可愛い舌がチラリと覗いた。


「あ」


 スレイの邪な心が芽吹いてしまった。


「……ノロナ、目を閉じたまま、もうちょっと顔を突き出してみて。ああっ目は閉じたままで。舌はもっともっと限界一杯まで引き伸ばして。そう、本当に限界一杯まで。腕は胸の前にな。そうそういいよいいよー、態勢はそのままね。うん、うん、・・・・・・うん!」


 どんな体制になっているか? いわゆる『おねだりのポーズ』だ。

 獣人族のノロナが『おねだりのポーズ』をしてスレイのを欲しがっていた(アイス)。


「ふぁいふは? まだへふは?」

「悪ぃ、悪ぃ、ほらチョコアイス」


 ノロナはプルプル震えながらも、スレイの言われた通りの態勢を健気に守りながら、一口ずつ一口ずつ、差し出したアイスを食べていく。

 食べきった後、どちらが満足げな表情を浮かべていたか。スレイは絶対自分の方が満足していると思ったが、


「美味しかったです。……ひひ、はい、とっても、とっても」


 口元を手で隠していたノロナも満更でない表情をしていた。スレイは気づけなかった。浅ましく口を開けさせれ、味わうようにスプーンに乗ったアイスを舐め取らせられていたノロナであったが、その顔は上気しつつも決して困惑はしていなかったことを。


「結構すごいもの見ちゃったかも。ねぇねぇスレイ!! 私も私も!」


 リリィが残ったバニラアイスを渡してきて、ノロナと同じように目を閉じ口を開け、おねだりしてきた。なのでスレイは、

 ぽてっと、リリィの胸の谷間に白濁液(アイス)を垂らしてやった。


「きゃああああああああああああああっ!? なにするのスレイーーーーーーッ!?」

「え? 今のそういうフリだろ?」

「違う違う! 顔にアイス! 違うッ!! 口にアイス!」


 そうこうしてアイスを食べ終わった後は開戦だ。もう互いに遠慮することない。主にスレイとリリィが広い浴槽で暴れまわる。ノロナが楽しそうに傍観していたので足を引っ張って当然のように巻き込む。大理石の風呂場の上品な空気は一気に消し飛んだ。


「ぎゃーーーーーーーあばうあぼあいぼべりぼばっ!?」「あははははははっ!」「足が付くほど浴槽は浅いからな。溺れる方が難しいのを忘れるなよ、ノロナ」


 ……、騒いで、騒いで、騒ぎまくって。

 その後、また三人で横に並び、残り体力が続くまでお風呂に浸かる意気込みで、ゆったりとする。

 天窓に切り取れた夜景を見上げながら、スレイは少し真面目な顔をして言った。


「俺がどうしてハーレムギルドを目指そうと思ったか、ちょっと自覚出来た気がする」

「H」

「それは否定しない。男だからな。ついで仲間内で騒ぎたいってのも本当だ。今騒いだ通りだ。……で、その二つ以外の理由だよ。紛れもなくあった俺のもう一つの本心だ。……ここだけの話。俺はさ、教会の司祭どもを見返したかったんだと思う。『ほら、お前のところを出て行ったら、俺はこれだけ成功したぞ』って」


 リリィ、そして既に事情を知っていたノロナが、スレイの顔を覗き込んできた。


「……教会を辞めて、すごい自分がバカに思えて、何をするべきか分からなくなって。そこでリリィの提案があったんだ。損をしたから倍賭けで取り返すの思考じゃないけど、『成功する行為』自体が、すっごく魅力的に思えた。それだけで俺はハーレムを目指したんだ。……、本当に。それだけだった……。どこぞの冒険譚に出てくる勇者みたいに、信念と覚悟を持って生き方を変えたのならカッコよかったんだけどな、そうじゃなかった……」


 なのになんで自分は、冒険者になって早々、過度に危険なクエストを受けてしまったのか? 

 なんでギルドなんて作ってしまったのか? 

 疑問に思って、その理由が、単なる見栄や虚栄だけだと判明した。それだけの話だった。


(……? なんで俺は、こんな話を二人に? ――ああ。また俺は自分の選択が不安になって)


 つい愚痴を溢してしまった。スレイは忘れてくれと、軽い調子で流そうとする。

 が、しかしその前に、


「ススススレイさんは。間違えていませんよ!」

「だね~。今までスレイが選んできた選択肢、どれほどの人間が同じ選択肢を選べるか」


 二人が寄り添ってきて。もしかしたらスレイが言って欲しかった言葉を言ってくれる。


「不安になる気持ちはわわわかります! ひひ、私なんか、スススレイさんよりもっと程度の低いところで、おおおなじように、なななやんでいましたから! ひひひひ、スレイさんは、そんな私に生き方の選択肢をくれたんです!」

「ムカつく奴を見返したい。いいじゃんー。立派な動機だよー。今日日、ううん、〝この世が出来てから、魔王なんて存在観測されたことないんだし〟、世界平和とか目指して冒険者になる方がおかしいよ」

「だからって、司祭の連中に当て付けるために目指したのがハーレムだぞ? ハ! バカみたいだろ? それに下手すりゃ、クソ司祭共も裏でハーレム作ってるかもしれないからな。当てつけにすらなってねぇよ」

「だとしても!」「だとしもねぇ~」


 スレイの両脇にいた二人が、今まで一番距離を詰めてくる。二人の手がスレイの両肩にそっと寄り添ってきた。


「スレイさんは負けていません!」

「同じハーレムでもね。質が違うよ。スレイの作ってるハーレムは、決してお金では買えないものだからね。見たら向こうも悔しがると思うよ~~」


 スレイは肩にじんわりとした熱を感じる。お湯ではない。確かに二人の温かさだった。


「……、ふ、そっか。悔しがる、か。……ふふふっっ、なら。痛快だな! 得る物も得てるし、悪くないな! ……なぁ、二人とも。肩を抱いてみてもいいか?」


 二つ返事が文字通り二つ返ってきて、スレイは自身の心臓を激しく高鳴らせながら、恐る恐る二人の肩に手を回してみる。

 あったかい。さらに抱き寄せてみる。

 抵抗はない。女の子の肌の温もりが、肩のみならず、スレイの腕、胸、太もも、全身を包んでくる。


「あー。感想を言うと。……ハーレムはいいな! 俺は間違えてなかった。実感できるよ」


 二人が微かに笑ってくれて、スレイは二人と共にそのまましばらく夜景を眺めた。

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