三章 ギルドを作って後。~~それぞれの事情。特に彼女の場合~~

第13話

 《コウル・サラマンダー》は三角形のトカゲのような頭を持ち上げたかと思うと、喉元にひっさげていた火炎袋を震わせ、容赦なくご自慢の火炎放射を吐きだしてきた。

 スレイはすかさず反応する。こちらもご自慢の大盾を構え、魔法『ホーリー・シールド』を詠唱。流れてきた炎の洪水を二つに割る。体のすぐ横を朱色の炎が通ったか、息をしても肺は焦げ付かない。薄い光の壁は微熱すら遮断し、詠唱主と、その後ろで頭を地面に擦り付け身を震わせていた少女をも守った。


「ひひひひひひひ!? ひゃあああああああっ!? 丸焦げになる~~~~~~ッッッッ!?」

「ビビッてシールド外に出たらマジでそうなるぞ! 落ち着けノロナ! 自分の肌は何色だ?」

「引きこもり特有の真っ白です……、あ、私焦げてない」

「それが分かったなら作戦通り動いてくれ! ほら、軽口の一つでも飛ばしてさ」

「え、ええええと、~~、す、少しは健康的に焼けたかったな? ……ひひゃーーっ、やだやだ! 焼けたくない! がるるっ、ずっとひひひひ引きこもっていたいーーーっ!!」


 環境に文句を言わなければ、その願いはもう叶っている。スレイ達は今、光など届きようがない薄汚れた炭鉱内にいた。

 事情はこうだ。親からこの炭鉱を引き継いだ事業主は、スライム並みの脳みそ(能無し)しかなった。さながらアリの巣を広げるように無計画に坑道を掘り進め、鉱山付近にはいて当然の《コウル・サラマンダー》の巣を見事掘り当ててしまい、そのまま鉱山を乗っ取られてしまった。

 こうなると普通の炭坑夫には天地がひっくり返っても手に負えない。酒場にかなり高額な《コウル・サラマンダー》の討伐クエストが張り出されるまで、幾らスライム頭がトップとはいえ、あまり時間はかからなかった。

 それを請け負ったのがスレイ達というわけである。


「〝あるもの〟を引き取りにきたついでに受けたCランククエストだ! 一匹だけって話だった! 料金は二倍、いや必要経費を差し引いて二倍は貰わないと割に合わないぞ!」


 いると分かっているサラマンダーに対策を講じないエリートはいない。いやエリート以前の問題だ。よってスレイは、耐火ポーションやらドラゴンの鱗を張り付けたマントやら、防火グッズをしこまた仕込んで炭鉱へと馳せ参じた。そしてエリートだから綿密に計算して、石橋を叩いて渡る感覚よろしく、全ての防火グッズを費やし、理想的な形で〝聞かされていた一匹のサラマンダーを倒した〟。

 件のサラマンダーは、スレイ達の後ろで巨体を転がしている。

 そして脇道からぬっと姿を現した予想外のもう一匹が、仲間を殺された怒りか、今こうしてスレイ達に必要十分以上の炎を噴いてきたのである。

 装備するだけで炎耐性が百%なる便利アイテムなど存在しない。高効果がずっと持続するアイテムもだ。ふと気づけばスレイはもう耐火装備を持っていなかった。しかたなく大盾を構えてキューブを食んで魔法詠唱、今に至る。キューブがなくなり魔力が尽きたとき、スレイ達の命運は決まる。残りのキューブの数を考えるに、そう遠くない未来の話だった。

 しかし既に対策は打ってある。

 ノロナが土下座の体制を維持したまま、呻くように言う。


「ひひひひひっ! 大丈夫です! アンデットさん達! うまくやってます! ええそう、そこを右に曲がって、――今です! リリィさん!」


 ノロナが顔を上げると共に、


「はいはーい! 案内ありがとね! ガイコツちゃん!」 


 アリの巣ように張り巡らされた坑内を、ガイコツの案内で迷うことなく回り込んできたリリィが、そのままサラマンダーの頭に踊るように乗り上げ、間髪入れずに喉元にシミターを走らせた。

 火炎袋から血液とマグマの中間のような液体が噴出して、サラマンダーは絶叫すら上げずに絶命した。躯は燃え広がった液体の上に落ち、ほどなく、静かになった炭鉱内にチリチリと石炭以外の何かが燃える音と、トカゲの黒焼きの匂いが漂い始める。

 スレイは思わず鼻を押さええずいた。嗅ぐだけで舌に苦みが広がってくる匂いだった。


「食べてみればスレイ? 精力が付くと思うよー」

「リリィこそどうだ? お肌にいいんじゃないか? こういうのって」

「ひひ。わ、私だけ、真面目に戦闘の感想呟いて良いですか?」

「「どうぞ」」

「ひひ、坑道という地形上、敵の火炎放射は避け辛く、正面突破は不可能でした。そこでスレイさんは自身を囮に、リリィさんを入り組んだ坑道を大回りさせ、脇に回り込ませる作戦を取りました。ひ、サラマンダー相手にまったく歯が立たなかった、私のアンデットを坑内の案内要員として再活用して。……即座に作戦を思いついたスレイさんの頭脳と、暗がりの中でも素早く動けるリリィさんの身体能力がすごいと思いました」

「アンデットの案内がなければこんなに入り組んだ坑内、まともに動けなかったよ。まるでノロナちゃん自身に案内されてるみたいだった! あれってどうやって操ってるの?」

「ひひ? 感覚的なものなんですが、あえていうなら、脳内で文字を打って、それをアンデットに伝えてる感じでしょうか? ひひひひ、ももももじなら、どもらないんですよ、わたし」


 坑道を出るころには三人とも煤けていた。一応切り落としておいたサラマンダーのしっぽをクエスト完了の証として事業主に提出。ついで煤をその場で落として、予想外の増援にどれほど苦戦したか猛烈アピール。見事経費を差し引いた二倍の報酬を受け取ることに成功する。

 そして……、


「は~、これが俺が注文した……」

「《大理石のプレート》だ。程よい大きさに加工してあるから、何にでも使えるぜ。これを荷馬車三台分。馬車の料金は既にカネカ商会から受け取ってるから、遠慮なく持って行ってくれ」


 城塞都市アミティアから南下して、一つ農村を跨ぎ、炭鉱と石材の街『モルダウ』にやって来ていたスレイ一行。そこかしこから炉の煙が上がり、様々な種族のガタイの良い兄ちゃん達が、毎夜毎夜ケンカ・賭博に興じている町の雰囲気は、もう十二分に堪能出来た。馬車の荷を確かめて、さっそうと乗り込む。

 薄汚れたタンクトップを着た兄ちゃんが、筋肉質に引き締まった顔を緩め、気さくな笑顔をスレイに向けてくる。


「スレイさん、炭鉱のクエスト、受けてくれてありがとな! ここいらにはまともな冒険者がいないから、わざわざアミティアまでクエストを張り出しに行った甲斐があったよ!」

「こっちも資材を受け取りついで、いい収入になった。礼を言うよ。ただクエストの詳細はちゃんと書いておいてくれ! 敵の数が不明なら不明ってな!」

「おう、忘れなかったら上に伝えとく! ……それでスレイさんよ、興味本位で聞いていいかい? こんな多量の大理石プレート、一体なんに使うんだい?」


 スレイは馬に鞭打ちながら答えた。


「俺が設計したギルド屋敷の資材だ! 大理石の風呂を作るんだ!」

「はっ! そりゃいい! のぞき穴もあれば最高だ!」


 まさかハーレム前提の男女混合風呂とまでは言えまい。内心苦笑して、気のいい街の住人に別れを告げる。

 スレイは荷馬車の上からアミティアに続く遠路を見つめる。初め凛々しかった顔は、すぐにプレゼントを前にした子供のように緩んでいった。


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