第7話

 ……スレイ達はカネカ達の下に戻る。カネカ達は剥き出しの地面の上にイ草を編んだものを敷き、静かな酒盛りをしていた。せしめた金の祝勝パーティーではない。むしろ努めて体力回復を図ろうとしているその姿は、まだ事態が何も解決してないことを如実に表していた。


「よぅ兄ちゃん、どやった? 女の子引き連れて別の女の子をデートに誘ったんやろ。そりゃもうボコボコにされたんちゃうか?」

「ボコボコ以前の問題だったよ。テンプルナイトの肩書すら言わせてもらえなかった」

「ハハハ。元やろ、元! 今は冒険者や。おしゃ、それじゃ冒険者らしくこれからのことを話そか。森のコボルトについてや」


 カネカは極東地方の透明な酒を浅皿に注いで、胡坐を組み席に付いたスレイに手渡す。


「まず前提条件の確認や。――あいつらの正体は、夕方兄ちゃん達が考察した通り、〝悪魔の力を受けたコボルト〟だとするで」


 松明の光に、カネカの笑みが怪しく揺らぐ。スレイは真剣味ある表情で頷いた。

 ――スレイ達は、森のコボルトについて、どうしてあのような異常な力を持つようになったか、既にある程度見当を付けていた。

 ――以下は全て、夕方、荷馬車の商品を売り捌きながらスレイ達が交わした会話である。


「……《エビル・コボルト》に似た外見の奴がいた?」

「ああ。かなり特徴が一致してた。でも根本的な部分は森のコボルトと変わってなかった。間違いない、あいつが森のコボルトのリーダーになって、コボルト達の挙動が一変したんだ」

「エビル・コボルトの特徴を持ったノーマルコボルトね。でもー、それが分かったところで対処しようがなくない?」

「せやね。そもそもウチらが対処する必要があるかどうかや。……少なくともウチは森の精霊の噂が嘘と分かった以上、手を引かせてもらう。慈善活動をするつもりはないで」

「世知辛いな。仲間が殺されたんだぞ?」

「おいおい、だからこそだろ!? 死神が微笑みながら、常に隣で手ぐすね引いてるのが俺らの業界だ。自分のために自分の命を使う。この考えは間違いじゃねぇし、否定もさせねぇぞ」

「まあまあ話を戻そうよー。コボルトについて無視するにせよ相手にするにせよ、知っておくことにデメリットはないんだしさー。でさ、スレイ、ほかにコボルトについて分かったことは?」

「……難しいな。でも、そうだな。エビル・コボルトに似た特徴を持ってるんだ。エビル・コボルトの生態を分析すればなにか分かるかも――」

「名前からしてコボルト系統の最上位種だろ? 名前だけならともかく、詳しい生態まで知ってるやつがいるのかよ?」


 ロイドの指摘は正しい。一般的にモンスターは人里から離れれば離れるほど強くなる傾向がある。逆説的に、凶悪なモンスターほど普通に生活していればまず関わり合うことはなかった。


「ここは駆け出し冒険者が通うような森しか近くにない、天下の城塞都市アミティアの周辺や。モンスターマニアでもないかぎり、まぁ知ってる人間はおらんやろな」


 皆が沈黙する中、スレイは辟易しながら手を上げる。


「多少は知ってる。けど、別に知識自慢したいわけじゃない。嫌味は言わないでくれよ」

「は、安心しな。テメェがそうやって嫌味ったらしく手を上げるのを皆期待してたからな」

 示し合わせたように全員が期待したような目をして頷き、スレイはやはり辟易しながら、

「一応言い訳がましい前置きは言わせてもらうぞ? 俺もそこまで詳しい訳じゃない。修道院に入学するために必要な《モンスター学Ⅱ》の知識の中に、エビル・コボルトへの言及があったのを思い出したんだ」


 修道院は毎年数名しか新規を取らない。その狭き門を潜り抜け、中で数年間修行するのも、テンプルナイトにクラスチェンジする為の必須条件だった。

 スレイは自身の知識を皆に伝える。

 ――《エビル・コボルト》。北東の高原地帯に生息しているモンスター。主にアークデーモンとセットで現れ、下級魔法を使いアークデーモンをサポートする。コボルト種の最上位種だが、肉体的な強さは変わらない。魔力をアークデーモンから授かっており、それを扱えるようになっている点だけがほかのコボルト種と大きく異なる。


「要は犬よろしく、アークデーモンに魔力を貰って調教されたコボルト、ってのが実態だな。アークデーモンと戦う場合は、まずお供のエビル・コボルトを倒すのが鉄則なんだ。これが修道院のテストによく出て――」

「話を脱線させんといてー」

「そのいやらしく調教されたイビコボちゃんがー、なにかの間違いで森に来ちゃった? それで群れ全体を率いて進化?」

「不自然すぎる。それに群れに上位種が一匹混じっただけであんなに強力になるなら、人類の生存権に関わる問題として、もっとメジャーな話題になっていいはずだ」

「せやね。『都市周辺のフィールドに、上位モンスターを持ち込まないようにしましょう』って、常に啓蒙キャンペーンや。こんな噂レベルで――、あ、キューブ売り切れや! すまんな! 奥のは身内用、取り置き品なんや!」


 商売をしながらの会話だ。カネカは客との金銭をやりとりをしながら、器用にスレイ達の会話に加わっていた。

 スレイはごね始めた客の前に立ち、さりげなくテンプルナイトの威圧感を発揮しながら、何かに気付いたように手をポンと叩く。


「そうだ。そもそもそれがおかしいんだ」

「なにがや?」

「噂だよ。噂。なんで『森に何でも願いを叶えてくれる精霊が現れた』って噂が流れたんだ? で、実際は『異常な力を身につけたコボルト』だ。おかしいじゃないか。嵐が起きたら煙が立ったようなものだぞ? 噂の発生源としては、どうやったって繋がらない」

「「うーーん?」」


 これにはスレイ含め、皆黙り込む。そんな中、意外な人物が声を上げた。


「……もしかして森のコボルトもー、誰かから力を授かったのかも。アークデーモンから魔力を貰ったエビル・コボルトにように」


 リリィだ。持ち前の愛嬌で客の怒りをなだめつつの、思い付きのような、さりげない発言だった。


「面白い考えだな。確かにデーモン種は他モンスターに力を与えることがよくあるけど。でも与える力は筋力UPのバフとか魔力供給とか、単純な力だぞ? あそこまで異質なのは――」

「デーモン種ならね。でも悪魔族なら?」

「! マジか。いやでも待て待て!? それなら……! やばい、繋がっちまうな、全て」


 スレイの反応に皆が俄然注目する。

 皆の「もっと分かりやすく言え、このエリート」という視線に促され、スレイは口早に言う。


「デーモン〝種〟と悪魔〝族〟の違いは分かるか? 要はモンスターか、獣人やエルフみたいな人族かの違いなんだけど」

「それは知っとるで。でも『悪魔族』、なんてけったいな種族、いたっけ?」

「珍しいもんな。知らないのも無理ないか。強いて有名どころを上げるならサキュパスとかか?」

「あ。いまスレイHな顔した! 絶対した!」

「話を脱線させんといてー」

「ごほん! 続けるぞ!? ほら、お伽話とかで、人々を誑かしてくる悪魔の話は聞いたことあるだろ? 悪魔族は隣人のように寄り添ってきて、様々な甘言を巧みに操り、善良に生きてた人に邪な願望を抱かせようと誘惑してくるんだ」

「あー、『汝の願いは? 我の力を持って、どんな願望も叶えてしんぜよう』ってやつな。巨万の富を。誰もが羨む美貌を。類稀なる才能を。ズルして願いを叶えた人間のオチは、決まって自爆自滅のバットエンドや。教会の敬虔な信者だったおばあちゃんがよう話してくれたなー」

「誠実な労働こそ美。努力こそこの世で最も尊いもの。教会はいつの時代もそんなことを言ってるからな。だから教会が流布してる物語に、よく悪魔は堕落の象徴として登場する。で、そんな悪魔も立派な一種族だ。ただ人間より上位種っていうのが定説で、人々はされるがまま。かなり特殊らしい生態も、教会ですら実態を把握しきってない。……それで重要なのが『何でも願いを叶えてくれる』って点」

「はて? 最近そのワードを聞いたような?」

「は、聞いたもなにも。カネカ、俺たちは一体何を目指して、ここまで来たんだ?」


 ――森に精霊ウィルオウィスプが現れた。

 ――そのウィルオウィスプは、〝何でも願いを叶えてくれるらしい〟。

 ……、おそらくスレイの話を聞いていた全員が、同じ噂話を思い出したはずだ。

 ここにきて全員の理解がスレイに追いつく。スレイは皆の真顔を一瞥し、先んずるように言う。


「火のないところに噂は立たない。そして噂に尾びれはひれが付くのはお約束。カネカが言った事だ。そして実際、その通りだった。――噂は脚色されて広まっていったんだ。正し間違っていたのは『何でも願いを叶えてくれる』って部分じゃない。『精霊が』の部分だ」

 ――森に悪魔が現れた。

 ――悪魔は願いを何でも叶えてくれるらしい。

 これならストンと腹に落ちてくる。悪魔が願いを聞き届けるのは極自然なことだ。何も引っかかる部分はない。


「何の因果か、一匹のコボルトが願ったんだ。力をくれと。相手はアークデーモンなんか目じゃない、最上級の悪魔族だ。それはそれは巨大な力を授かっただろうさ」


 その瞬間、エビル・コボルトより凶悪なコボルトが生まれた。

 森の生態系が一変した。


「おそらく力の授け方はアークデーモンと同じだ。悪魔族だろうがデーモン種だろうが、『そういうノウハウ』があるんだろ。だからエビル・コボルトに特徴が似通ってたんだ」

「まってまって! 願いを何でも叶えてくれる伝説級の悪魔!?  サキュパスとかならともかく、ホンマに、ホンマにそんな悪魔族がいるんかいな!?」


 この問いに対しては、リリィが答える。


「多種族の願いを聞き届け、答えをくれる悪魔。有名どころだと、そうだね――」



「――ソロモン72柱。爵位の肯定者達」



 何気に博識を披露しドヤ顔を作っていたリリィであったが、誰もツッコミを入れなかった。

 噂話が弾け、剥き出しになった事実。手を出したら火傷では済みそうにないその儲け話に、誰しもが困惑し息を飲んでいた。

 ――――。

 ――そして話は現在に戻る。カネカは仄暗い松明の炎を囲いながら、改め決意表明するように言う。


「あれから考えたで。で、やっぱりウチは下りんことにした。本当に悪魔がいるというのなら、絶対見つけて拝み倒して、大金をせしめるつもりや。……しかしクエスト難易度は明らかに当初とは変わった。せやからもう一度皆に問おうと思う。この儲け話、乗るか?」


 半数は速攻で頷く。……スレイはややあって、


「ふ、俺はカネカに雇われたんだ。カネカが行くと決めたならついていくさ」


 スレイにしてみれば、まぁ問いただされても絶対認めないだろうが、かなりカッコつけて言ったつもりだった。

 しかしカネカ一同、酒場のときのように一斉に冷やかな目をして、鼻の穴を広げたスレイを見つめる。


「はぁ? なんやそれ? ギルド仲間でもあるまいし、ウチとアンタは利害関係のみでつるんどるんやで? 自分の胸に聞いてや」

「テメェはあれか。教会に務めていた時の気分が抜けきってねぇのか。雇主と冒険者の関係はあくまで対等だぞ。胸張って金の為って言えないのかよ」

「うぅ!? ここはそんなに否定される部分なのか!?」

「チ。周りを見てみぃ。周りを」


 顎で促されスレイは周りを見て、少なからず衝撃を受けた。

 砦に駐在していた冒険者と商人は約二百名程か。過不足があったにせよカネカの持ってきた物資が行き渡り、少なからず行動を起こせるようになっていた彼らは、おおよそ三グループほどに分かれていた。


「こちらは護衛専門ギルド『イージスの盾』です! 私たちは負傷者を引き連れ、隣大陸の町まで避難します! 一緒に来る方は手を上げてください!」 


 手に余る難題に撤退を決めた者達がいた。

 護衛専門ギルドは叫んでいる。「隣大陸のモンスターはゴーレムなど動きが遅いが強いのが多い。確実な護衛を約束する為にも、皆素早く動けるように手荷物一つにまとめてほしい」と。

 つまりは財産の殆どを投げ出し、それでも命を優先した者たちだ。負傷者はもちろん、スレイ達の考察を耳に挟み、自分たちでは力不足だと、理詰めで撤退を決めた者たちもいた。その潔さは決して否定出来るものではない。むしろ、また一からやり直せばいいと、建設的な匂いすらあった。


「私はモルガン商会のアルビトという者だ! 私は城塞都市アミティアの御偉方の嗜好品を多数運んでいる! 今! 荷物を手放すわけにはいかない! 撤退するわけにもだ! 誰か! 森の通らない迂回路を一緒に行く者はいないか!? 商人も冒険者も大歓迎だ! ともに行けば襲われるリスクは限りなく0に抑えられる!」


 中途半端にリスクを取ろうとしている者達がいた。自分の命と利益の天秤が釣り合ってしまった者達だ。確かに迂回路を通れば襲われる可能性は低い。が、迂回路は常に渓谷沿いの道を進むことになる。そこを万が一にも知恵を持ったコボルト達に襲われたらひとたまりもない。分は良いかも知れないが、博打には変わりなかった。

 そして、


「ウチらは、モルガンの連中と歩調を合わせて森に突っ込む。互いに互いを囮にする算段や。目指すのはまず、森の真ん中にある今はもう使われてない旧夜天観測所。他の連中の話によると、奴らはあそこに奪った物資を保管しているらしいからな。そこを叩けば、少なくともボスコボルトの魔力はすぐガス欠や。あの厄介な雷魔法を気にせずに、逆にこっちが奪い返した物資でバカスカ魔法やスキルを打てる状況を作れる」


 カネカ含め、悪魔から大金をせしめようと、森に挑まんとする冒険者達がいた。

 誰も彼もが挑めるわけではない。カネカの持ってきた物資――特に高額に売られていたキューブにありつけたのが前提条件だ。戦闘力を回復した自分の腕に覚えがある彼らは、目立ったチームを作っていなかったが、少数で己の武器や装備を入念に手入れしていたのですぐ分かった。他二グループに比べ、明らかに毛色が違う。一癖も二癖もありそうな連中ばかりだ。皆瞳を欲望の炎で燃やし、ギラギラとした顔つきをしていた。


「皆、どこに付くか自分で決めてるのか。……、俺は――」


 スレイは冒険者になった。テンプルナイト以上の報酬を得るために。自分の好きなように生きるために。

 そんなスレイの目を通すと、一攫千金を夢見て自らの命をチップに森に挑もうとするカネカ達が、一番〝生きている〟ような気がした。


「すまん。もうちょっと考えさせてくれ」


 しかしそれが良い事なのか分からない。無謀を内包した破滅願望のようにも映ってしまう。スレイはカネカ達を直視出来ず、頭を垂れてしまった。


「それでいい、悩みい。自分で決める道や。……出発はモルガンの連中に合わせて、明日明朝や。アンタが来なくてもウチらは森を踏破するで」


 カネカはそこまで言って、実にさっぱりした笑みをしてスレイの浅皿に酒を注ぎ足す。


「出発に間に合わなくてもいいで。気が向いたら、旧夜天観測所に来ぃや。また酒をおごってやるさかい」

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