二章 砦にて、彼の選択。 森にて、彼女の決意
第6話
1
砦は四角い箱のようなものだ。四方に見張り塔を備え、間を石の城壁で囲っている。城壁の上にあるのは、大砲やバリスタなど。対モンスター用で、渓谷側に掛かる跳ね橋を守っていた。
丘に接するスレイ達側の入り口は、単なる大きな門だ。荷馬車を引っ張りそれをくぐると、波のような歓声が沸いた。中には想像以上の人や亜人が駐留しており、また怪我人も多かった。
「実際はかなりの数の冒険者が森に挑んで返り討ちに遭ってたみたいだな。それに普通の行商人もかなりの数が立ち往生してる。……森周辺が危険地帯になってるんだ。実質、砦は緊急避難所か」
アミティアとの情報伝達が上手くいってなかったようだ。
無理もないのかもしれない。所詮相手は森のコボルトだ。実際体験した者でなければ、あの異常性は理解できまい。
「こりゃ物資が高く売れるで! っし! それじゃ通常の千倍の値段で――。……冗談や。だから皆、そんな『殺してでも奪い取る』的なすわった目しないでー。ウチ、まだ死にたくないー」
それでも商売なので、カネカは通常よりかなり高い値段で食糧やキューブを売り捌いていく。
「ほらメメ! ぼけっとしてないで! 客の列の整理でもすれ!」
「む、無理ですよ! こんな大量なの! 私それに……、よ、用事があるんです! 失礼しま、きゃ!? そんなカネカ様っダガー突きつけてこないで! でもこの場から離れさせて~~!!」
0点の天然ボケに、カネカがキレかかっていた。しょうがないのでスレイ達もカネカの商売を手伝ってやる。スレイ達はしばらく行列の整理に追われた。
……夜が来る。月明かりより砦中に置かれた松明の光の方が明るかった。スレイは盾と槌を背負い、両手にはカネカに取り置きしてもらった食料とキューブを持って砦内をうろつく。隣にはリリィがいて、手には駐在していた行商人から買った真鍮製のスキットル(酒などを入れる携帯用水筒)が握られていた。足取りは確かだが顔はどう見てももう出来上がっている。ほんのりと漂う甘い香りは、ウイスキーの香りだった。
「いないねー、どーこいっちゃったのかな? ノロナちゃん、ひっく」
スレイ達はノロナを探していた。気づけばいなくなっていたのである。
「お礼がてら、一杯やりたかったんだけどな。いやリリィを見て思ったんだけど」
「15、4才ぐらいの子にお酒を飲ますの? ふふふっ、スレイのえっちー」
全身から酒の甘い匂いを立たせ、腕に絡みついてくるリリィの方がよっぽどHだとスレイは思ったが、ここは紳士的に黙っておく。上から見ようと見張り塔を上る。
「スレイはノロナちゃんにご執心だね。やっぱり惚れちゃった?」
「ちょっと違う気がする。むー、自分でもよくわからんが、『なぜか気になる』っていうのが嘘偽ざる気持ちかな?」
「告白しちゃえー男の子。私は貪欲に相手を求めるスレイを応援するよー、ひっく」
「……リリィはそれでいいのか?」
「? なーに? ひっく、ひっく」
「いや、別に、なんだ……。……告白はしないよ。ただそうだな、自分の感情に整理を付けるためにもやっぱり話を――」
などと会話しながら塔の階段を上っていたスレイ達だが、途中、城壁上の通路にノロナの後ろ姿を見つけた。
意識はしてない。が、リリィに変な事を言われたせいかスレイは妙に気分に。かなりぎこちない動きで城壁の縁に腰掛けていたノロナに近づいてく。
そして気がつく。ノロナの隣にはもう一人別人の影があった。
スレイは危うく持っていた物資を落としそうになる。
「ああっ!? 淡い恋心を自覚して五秒で失恋!? 駄目だよスレイ! ショックのあまり寝取られ趣味に目覚めないで!」
「目覚めねぇよ!」
「ひひ?」
スレイ達の声に気付いてノロナが振り向いた。夜風が吹く。ノロナの隣の人物のフードが取れたかと思ったら、ガイコツ頭が現れた。ノロナの召喚したアンデットだった。
「貴重な魔力を使って……、なにしてるんだ?」
「ひひゃ!? こここれは別にぼっちのカカカモフラージュとととかじゃなくて!? がるひひ、あ、ひゃっ!?」
一人勝手に焦りだしたノロナは、城壁の上で踊りだし足を滑らせていた。
「うおいっ!? ギャグにしてはあぶねぇ!?」
スレイは物資を放り投げ、ノロナの腕を引っ張り抱き寄せる。
ノロナはスレイに抱きしめられてからもしばらく暴れていたが、やがてぼそっと、
「ひゃぁぁ……すみましぇん……」
ボリュームある髪の毛から伸びた耳を倒していた。
「がるる。あとすみません。フルメイルの鎧がー、その、普通に痛いです」
「っと、すまんすまん」
ロロナ・ルルガ・ル・ノロナ。華奢な体に白い肌、そして誤魔化せない目元のクマ。たぶついたローブをまとい、不健康さを隠したその見た目は、おおよそ一般的なネクロマンサーのイメージ通りだ。
かと言ってそこまで不気味な印象はなく、むしろ儚さを内包したか弱い印象が方が強い。まるで月下に咲く一輪の花のような、そんな男心をくすぐる可愛さがあった。
……一般的に、ネクロマンサーというクラスは非常に珍しい。クラスチェンジする為には本人の精神性が大いに関わり、単純に能力を満たすだけではクラスチェンジできないからだ。
……それに獣人族となると、もうその珍しさは精霊級といってよかった。スレイは思わずこう言ってしまう。
「噂の森の精霊ってノロナのことか?」
人を精霊に例えるなんて、受け止めようによってはかなりクサい。石畳の通路の上に散らばった物資を拾っていたリリィが人知れず噴き出していた。
「? がるる。それは、ひひ、森の騒ぎの原因が私にあああると、いい言ってます? わわ私は別に何も――」
「ああ違う違うっ。単にネクロマンサーが珍しくてな。それに獣人族のドジっ子も加わると、精霊並に珍しいなと言いたかったんだ」
「……ひひ。そうです、よね。獣人で、こここんな運動音痴、めずらしいですよね……」
ノロナはがっくしと肩を落とし、力なくふら~と風に吹かれ、また城壁の上から落ちそうになっていた。
というよりホントに落ちた。
それはもう見事に。あまりに見事でスレイは落ちるまでニコニコ顔で見送ってしまい、今度こそ本気で慌て、半身を乗り出し落ちゆくノロナの足首を全力で掴んだ。
「ひひひ。すみません、わざとじゃないんです、ひひ、あ、替えたばかりのパンツはみないで」
「死にかけたのに随分余裕だな!? 真面目に九死に一生を得てるところなんだぞ!?」
リリィがスレイの体を押さえてくれなければ二人とも落ちていた。しかしそんなことがあってもノロナの顔は崩れてなかった。
……相変わらずの引きつった笑みは、言葉を換えれば、感情表現が希薄と言っていいのかもしれない。
「やっぱネクロマンサーって死の感覚に疎くなるのか? クラスチェンジする為にも『そういう死生観』が必要なんだろ?」
「素直に、ひひ、狂人だと、ひひひ、言ってくれていいですよ、がるる」
「んや。そこまでは別に思ってねぇよ。……そうそう、それでな。食い物とキューブを持ってきたんだ。下手すると二日近く食べてないだろ? ほれ、この食料はノロナの分だ。やるよ。キューブは俺も必要だから、二人で分けよう。いくつか種類があるけど、何がいい?」
キューブは戦闘の要だ。戦闘状況によっては多量に摂取しなければならない。よって単純に腹も満たせる携帯食糧タイプの他に、噛んで成分だけを吸い出せるガムタイプなど、いろいろバリエーションがあった。
「……?」
ずっと教会で警備をしていたスレイですら知っている知識――冒険者の常識だ。しかしノロナは初めて聞いた知識のように、犬歯覗かせた顔を横に捻る。
……そしてすぐどれだけ自分が常識外れの反応をしてしまったのか察したように、
「! ひひ! そそそうですね! あああれです! 森でアンデット・ナイトを呼び出したときに拝借したの! 馬車の手前にあったの! あれをくだださい!」
「分からないけど。ガムタイプか?」
ノロナは顔を真っ赤にしながらスレイから食料とキューブを受け取っていた。
スレイはやっと自由になった腕を伸ばし、伸びをしながら笑顔を作った。ここでさりげなく、かつ、すかさず一緒に食べようと誘おうとしたが。
「がるる、ひひひ、わざわざすみませんでした。食糧どうもありがとうございます。わわわたしは――ここで! 失礼します!」
ノロナはスレイ達の横を通り抜け、一目散に見張り塔の方へと走り去ってしまう。
結果、スレイは誰もいない虚空に向かい、喋ることになった。
「よかったら一緒にーー。あれ? 全力? 全速力? 運動音痴って自分で言ってたのに? それでも全力で走るって、もしかして俺、相当嫌われてる?」
「あははっ、スレイは客観的に評価するとー、自己紹介する前に肩車してきた危ない人だしねー。警戒するのもやむなしかもー。……でもまー、今のは違うと思うよー。断言できるよー」
「その心は?」
「秘密。よっぱらいは自分の発言に責任をもたないのだー」
耳の良いリリィ。スレイには聞き取れなかったノロナの去り際の一言を確かに聞き取っていた。
――一人でいさせて。他人と比べられると辛いから。
ノロナに取り残されたガイコツが、魔力を失い風化していた。
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