第3話
2
冒険者とは。今の世でもっともポピュラーな職業だ。村を襲う雑魚モンスター退治から、前人未踏の霊山に根を下ろすドラゴンの調査、他にもアイテム収集、護衛任務、貴族の決闘の代役まで。犯罪行為以外はなんでもやる完璧な実力主義の世界だ。
「んでー、ここが私の普段の仕事場、そして冒険者たちの憩いの場所、酒場『レレミア』でーす。クエストはそこのボードに張り出されてるよー。D~Sまで難易度が付けられてるけど、まぁ参考程度にね。ギルド単位でCクエストを受注して、そのまま誰一人帰ってこなかったなんて、ここじゃ酒のつまみにもならないありふれた話だよー」
「全滅したってことか? 命はチップか。報酬はクエスト達成後なんだよな? 未払いなんて事態はならないのか?」
「基本酒場がケ……、お尻持ちしてくれるよー。まぁ『逃げ出した依頼主の捕縛』なんてクエストも出されることもあるけど」
「客層は……なんだ、意外に普通だな。もっと荒くれどもが集まってるイメージなんだけど」
「柄の悪い連中が懇意にしてる酒場もあるよ。そういう所に張り出されるクエストもそれ相応。酒場による棲み分けは暗黙の了解だね。ここの質はーそうだねー、人気踊り子リリィちゃんが毎週末踊ってるってところから察してほしいねー」
リリィはそう言って、酒場中央の木製ステージの上で、すらりとした手足を伸ばし一回転。吹き抜け二階建て構造の酒場は、それだけで小さく湧いた。
泣くだけ泣いた次の日の夕方。スレイはリリィの案内で、この酒場『レレミア』に来ていた。スレイも名前だけは知っていた町一番の酒場は、時間帯のせいもあると思うが、人々の熱気と活気、そして酒の匂いに包まれていた。胸元を大きく開けたウエイトレスの女性が両手一杯に木樽のジョッキを持ち、今にもこけそうな勢いで忙しそうに駆け回っている。
カウンダ―席含めほぼ満員の店内は、一瞥するだけでも様々な種族の冒険者が目に映った。
見通しのいい二階席では、同じギルド紋章を掲げた人族の冒険者の一団が楽しそうに乾杯していた。壁一面を占領したクエストボード前では、獣人族の男性が、ピンで打ち付けられた紙を女を見るより真剣な眼差しで吟味している。裏口近くテーブル席では、なぜか妙齢のエルフの女性が一人で泣き伏していた。テーブルは既に空になったジョッキで一杯だ。リリィ曰く、絡まれるとすごく面倒らしい。振られたその日は、そっとしておくのが一番とのこと。
冒険者のクラスは装備で大体判断出来た。剣士や魔法使いなど、数年訓練すれば誰でもなれる基本クラスの冒険者がやはり多い。珍しいところで吟遊詩人、サムライ、プリーストなど。テンプルナイトはさすがにいない。重装備のスレイが入ると、少なからずブーイングが起きた。
「なんで?」
「私に腕組まれながらそれを言う? にぶちんはいい仕事にあり付けないよ?」
「嫉妬か。こっちはフルメイルだぞ? さっきから金属の感触しか感じてねぇよ。だけどま安心した。テンプルナイトはお呼びじゃないって言われたらどうしようかと」
「なんや兄ちゃん、仕事探しとるんか? ならこっち来ぃ、ウチのクエストなんかどうどう?」
カサイ地方独特の口調にスレイが振り向くと、そこには丸テーブルを囲い男数十名を従えた、頭に鉢巻を付けたうら若き女性が微笑んでいた。テーブルの上に並んだ料理を見るに、随分と羽振りが良さそうだ。
「ありゃ有名人ー。栗色の髪の毛がチャームポイント、女手一つで商人ギルドを起こした『姉御様』、カネカ姉だよ」
「お近づきの印に一杯奢りたいんやけどな。ここにいるみーんな今日初顔合わせなんや。予算の都合上全員で一杯ということで。……冗談や。みな好きな物頼みぃ! 今日は全部ウチのおごりや!」
にひひと、口元にビールの泡を付け、白い歯を零し豪快に笑った姉御様――カネカは、華やかな酒場の中でも人一倍輝いていた。よく見れば肩に羽織った薄手の上衣が本当に黄金色に輝いていた。普通に皆眩しそうにしている。
「いい服やろ? ニンフ特注の一張羅や。金は天下の周りもの。欲しい物を得るのに金に糸目は付けないのがカネカ商会や。ウチのクエストは羽振りはいいでー」
色香を込めた流し目すら値踏みされている感じがある。カネカはいい意味で全身から商売人気質が滲み出ていた。スレイは背中をバンバンと、有無を言わさず彼女の隣に座らされてしまう。豊満な太ももと胸を押し付けられるともう席から離れられない。催眠魔法をかけられたみたいだった。
スレイは誘ってくれた純粋な感謝の意味も込め、儀礼的にまずは一杯付き合う。しかし預貯金の関係上あまり余裕がなかったので、すぐさま仕事の話に会話の流れを持っていった。
「あんいけずー。さすが元ジョブ テンプルナイト様やなー。固い固い、カチンコチンや。あー下ネタ思いついたが言わんとこ。まだウチ二十二やし」
「もしかして俺のことを知ってて誘った?」
「情報こそ商人の命や。皆のアイドルリリィ嬢の昨日の慌てっぷりは、当然うちの耳も入っとるで。兄ちゃんのことはある程度調べさせてもらったわ。まぁ実力が保証された可愛い可愛い童貞ちゃんに、早めに唾つけとこと狙ってたのは正直に伝えとこか」
「童貞? 冒険者の童貞って意味だよな? それ以外の意味はないよな? ……ないよな!?」
「あらホントにカワいい反応。くくく、そうそう、そういう意味や。……さて、空気は読むもんや。皆の酒を飲む手が止まったさかい、このまま件のクエストの話といこか」
カネカが目つきと声を鋭くすると、囲んだテーブル席は、周りの雰囲気に飲まれることなく一種の緊張感に包まれた。
カネカは一代で財を成した商才が垣間見える顔つきに。丸テーブルの上に地図を広げた。
スレイとリリィ、そして先ほど気さくに挨拶を交わした雇われ冒険者の面々が、一斉に地図を覗き込む。地図自体は城塞都市アミティアの中心とした見慣れたものだった。
「『清流の森』って知っとるか? 雑魚雑魚モンスターしかいない、魔法学校や剣術学校のヒヨっ子達がピクニック気分で行くような場所なんやけど」
カネカは地図上、十万人都市アミティアの左隣にある、とある広大な森を指さしながら言う。
「ああ。俺も昔探索したことがあるぞ。でかい木が連なって鬱蒼としてるけど、実に平和な森だ。抜けると隣大陸に続く関所兼砦があるんだっけ? 確か森を避けるように通ってる南方の崖沿いの迂回路は、この町の物流を支える重要な交通の要所にもなってるはずだ」
「せや、森に気になる女の子を連れて初デート。スライムから彼女を守って初恋の始まり始まり計画通り~ってそんな使い道しかないつまらん森や。……せやけど最近、妙な噂がたっとる」
カネカはわざとらしく周りを警戒し、声を潜める。
「森に精霊ウィルオウィスプが現れたって。しかもそのウィルオウィスプは特別で、捕まえれば願いを何でも叶えてくれるって」
はぁ? とカネカ以外全員の口から戸惑いの声が漏れた。
生命の源流に近い種族とされている精霊種。在り方は自然現象に近く、コミュニケーションを取れただなんて話は聞いたことがない。泉の水と話せたと言っているようなものだ。願いを何でも叶えてくれるまで話が飛躍してしまうと、泉から女神が現れたと言われたほうが、まだ信憑性がある。
「せやけど火の無い所に煙は立たぬというやろ? そして煙(噂)が立った以上、野次馬が集まり始めとる。噂に尾びれはひれが付くのはお約束、規定事項や。皆、それを踏まえた上で火元を見つけて、一攫千金を掴もうとしとる」
地図の上に置かれていたカネカの指が、森を抜けた関所を差した。
「うちの出すクエストは、まず野次馬向けの補給物資を砦まで運ぶ輸送任務や。そして物を売りさばいた後、そのまま返す刀で森を踏破。最高三日かけて噂の真偽を確かめる。うちらの前に精霊ちゃんが現れてくれたら万々歳。魔力を帯びた《精霊の粉【光】》は希少やからな。砂金なみに売れる」
カネカはぐるぐると動かしていた手を止め、不敵に笑っていた顔の前まで持ち上げた。
そして三本、爪が綺麗な指を立てる。
「森の踏破クエスト含めて、一人三百万シリカ出す。どや」
スレイは柄にもなく咳き込んでしまった。空ジョッキを落としそうになる。
「ご、三ひゃくまん!? たった一回のクエストで!? 美味しすぎだろ!? ああ喜んでやらせてもらうぞ! 道中の回復魔法をサービスだ! 何回だってかけてやる! 魔力回復アイテムは値が張るけど、代金はこっち持ちでいい!」
スレイがそこまで言うと。
失笑。そう失笑としか言えない乾いた笑いが起きた。
スレイが困惑を隠せず首を傾げると、たまらないと言った様子でリリィが肩にもたれかかってくる。
「スレイ~、ダメだよ~~、そんな額面通りに受け取っちゃ。三百万だよ? なにか裏があるに決まってるじゃん。じゃなきゃカネカ姉が自前の部下を使わずに、明らかに腕っぷしがありそうな冒険者を集めるはずないじゃん」
合わせて、対面の斧を背負ったドワーフのおっさん冒険者が言う。
「だな。三百万シリカという高報酬は、もしかしたら道中で『何か』ある事を見越して、支払う人数が減る事を前提とした額なのかもな。仮に十人雇っても、クエスト達成後に五人しか生き残ってなかったら、当然支払う報酬も半分で済むわけだからな」
「せやね」
カネカはあっさりと認めた。ふっ、と、商人の顔付きに薄ら笑いを浮かべる。
「このままピクニック気分のヒヨっ子ちゃんを食いものにするのも目覚めが悪いね。ネタばらしすると、既に知り合いの商人が森を突っ切る形で補給部隊を送っとるやけど、誰一人帰ってきてないんや。森を通らない迂回路も、護衛を連れてない比較的小規模な行商人単位で、ぽつぽつ行方意不明が出始めとる」
スレイ以外、誰一人驚いていない。冒険者を生業としている男達は飲食を続けながら、平然とカネカの儲話に付き合ってる。
「だけど一攫千金を夢見て、自らの意思で森中に足を踏み入れてる冒険者達からは、まだこれといった被害報告が上がってない。もしかしたら既に何人かやられてるのかもしれへんけどな。それでもまだ何事もなく無事に森を通り抜け、砦にたどり着いてる者が大半や。おかえで砦は物資不足や。だからこそ迅速に物を運べれば高く売れる」
これが冒険者か。一から十まで説明されるわけではない。リスク計算すら自分の判断と知識に基づいて行わなければならないのだ。
「迂回路を通れば二日。森の突き抜ければ一日以内。だからうちは森を突っ切る形で荷馬車を送ろうと思う。なるべく万全を期して。護衛に金を掛けて。そしてついで藪を突っついで蛇を出す。それすら捕まえて蛇革のサイフにするつもりや。……どやヒヨっ子ちゃん。これで理解できたか? この話に乗るか?」
カネカは付け加えるように言う。時間はないと。事が大事になっていくと国が動くし、同じような考えの者が増えてきて儲からなくなると。
三百万シリカ。それは間違いなく自らの命を天秤に掛けた対価の報酬だった。
「一つ確認したい。前提条件となる情報は全部確かなのか?」
「言ったやろ? 情報こそ商人の命や」
「つまり森に潜む『何か』は、相手を選り好みするだけの知識は確実にあると。それを分かっててあえて物資を持って森に突っ込むと」
「襲われるとは限らへんで。山賊の類ならまず引っ込む規模や。案外つまらんオチが待ってるるかもな。……あ、それとな、もし《精霊の粉》を手に入れたら、追加報酬を支払うから。額が額だし、うちも最後に金に目がくらんだ身内に殺されたくないからな」
それを信用するのも己の判断で行わなければならない。結局はすべて自己責任。スレイは顎に手を当てしばし考えた。……が、やがて元々それ以外に選択肢がなかったかのように、すっきりとした口調で答えた。
「分かった、引き受けよう。こっちは元教会の人間なんだ。誰かに感謝される仕事に飢えてる。砦に補給物資を届けて喜ばれて、一攫千金も夢見れるなら最高だ。命を賭ける価値は十分ある」
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