全てが帰結する場所へ
奴……近江和清が、俺の銃弾を受けて倒れ込んだのを確認し、俺の方もその場に倒れ込んだ。確実に致命傷を与えたと確信した今となっては、無理をして体を起こしておく事も無い。
「お……お前にも……放った弾丸の『射線』が視えたのか……」
質問じゃない。そう呟く事で、近江も自身の喰らった攻撃に納得したのだろう。
「……お前にも自分を狙う『射線』が視える様になったんだ……。俺にも視えておかしくないだろう……?」
でも俺は、わざわざその独白に説明を付け加えてやった。
奴は程なく、その生命を停止させる……。折角なんだ、僅かな疑問も解消してやろうと言う気になったんだ。
「ク……クハハッ……。確かにそうだが……なら、何で俺には跳弾した後の射線が視えなかったんだ……?」
奴の胸を背後から貫いたのは、俺が最期に放った「跳弾」による攻撃によるものだった。奴はその射線が視えなかった事に疑問を抱いていた。
「……『射線』は、一度何かに当たると、その軌道が視えなく……いや、視え難くなるんだ……。能力が発現したばかりのお前には、それを正確に見切る事なんて出来ないだろうと、俺は自分の経験から分かったんだ……」
一度何かにぶつかった「射線」は、その攻撃に含まれていた「殺意」が霧散する様で、その攻撃の進む道が視え難くなる傾向にある。俺は長年、それを「視る」ように心掛けてきた為、跳弾の様に跳ね返った弾丸の射線も視る事が出来る。だが、その能力を得たばかりの近江には、跳弾の軌道まで見る事は出来ない。
俺は奴に、それを悟らせない為に、あえて最後まで跳弾を使用した攻撃は使わずにいたんだ。
「……それから、俺の銃は『連銃』……。速射に適した、特別製の拳銃なんだ……。これはお前も知らなかっただろう……?」
最後の最後で放った弾丸は、殆ど2発同時に放てたはずだ。まだ「射線」に慣れていない近江に、高速で放たれた2発の弾丸、その射線を見切る事は出来ないと踏んでいたんだ。
「……そうか……ティエラの奴め……」
そう呟いた近江だったが、その声音には憎しみや怒りは込められていない。「してやられた」と言った、何処か感心した様な物言いだった。
「そ……そこまで分かっていたんなら……さっさと俺を殺せば良かっただろう……? お……お前まで致命傷を受ける必要なぞ……ゴフッ!」
そこまで話して、近江は大きく吐血した様に言葉を詰まらせた。奴の命も、最早風前の灯火で、今にも消え入りそうだった。
「……近江和清を相手にして、楽観出来る訳がないだろう……? 最後までこの事実から目を逸らさせて、確実に仕留められるだけの算段を立て、全霊を掛けて相対する……。油断なんか出来る訳がない……」
最後まで奴に警戒を持たれていたなら、どれだけ油断を誘おうと思っても、こうは上手くいかなかっただろう。
奴も「跳弾」の可能性は念頭に在ったかもしれない。だが、それを使いこなすのに掛かった時間も把握している筈だ。だから奴は、俺が跳弾を使ってもすぐに当てる事が出来るだろうと思わなかったんだ。
その考えを補完するために、俺は「射線を使った跳弾」を奴に見せる事は出来なかった。最後まで「跳弾を使っての攻撃は不確定要素が高すぎる」……と、俺が思っている様に見せなければならなかったんだ。
「……そうか……完敗だな……。これで漸くお前も、前世での敵討ちが出来たと言う訳か……」
「……そんな事を、『
近江の呟きを否定した俺の言葉を聞いて、奴の息を呑む音が聞こえた。
「少なくとも『千草』は……お前を止めて欲しいって考えていた様だ……。自分の父親が、これ以上肉親に手を掛ける様な事がない様に……な……」
俺の話を聞いた近江は、大きく息を吐きだした。……まるで……魂さえも吐き出す様に……。
「……そうだったか……。済まなかったなぁ……」
奴の姿は見えないが、その一言を最後に、近江和清は息を引き取った様だった。
「済まなかった」とは一体誰に向けた言葉だったのか? 俺か? それとも「千草」か?
でも、今の俺にはそんな事など、殆ど関係のない事だった……。
緩やかに……それでも確実に、俺も死への道程を歩き出している……。
横たえた体からは、既に痛みが消えてしまっていた。ただ、俺の身体から流れ出した大量の血液が、まるで温水プールに浸っているかの様に生暖かい……。
まだ誰も、この部屋に来るような気配はない。つまり、俺を救出する人物は現れないと言う事だ。
それに……。
今から救助され、そのまま病院へと運ばれた所で、到底助かるとは思えなかった。
「……俺も……ここ迄みたいだな……」
そう呟きはしたものの、俺はそれ程後悔を感じてはいなかった。寧ろ、全てをやり切った様な達成感まである。
ただ一つ……心残りがあるならば……。
こんな俺を育ててくれた、父と母に申し訳ないと言う気持ちを解消出来ないと言う事だろうか……。
俺が今まで稼いできた報酬の殆どは、実家の父名義で貯蓄してある。一定期間俺からの連絡がない場合、その金は実家へと届けられる筈だ。
親孝行をする事は出来なかったけど、それがせめてもの孝行だと思ってくれればいいんだけどな……。
―――ごめんネ……。
瞑っていた瞼を、ゆっくりと開けてみる。
幻覚か……横たわる俺が見つめる中空に、温かい光が出現し、俺に優しく降り注いでいる。
幻聴か……そんな俺に、今まで聞いた事のない、それでもどこか懐かしい声が、申し訳なさそうな声音で語りかけてきた。
「……いいさ……。これが俺の生きる目的だったんだから……」
俺の口には、僅かに笑みも浮かんでいる。
苦痛も後悔も、心残りも無い……とは言えないが、今更その事を危惧しても仕方のない事だ。
「……謝るのは俺の方かもな……。近江を殺しちまって……悪かったな……」
―――ううん……ありがと。
本当は、“彼女”は近江の愚行を止めて欲しかっただけなんだ。だから可能ならば、奴を説き伏せて改心させるのが良かったんだろう。
だが俺は、奴と碌に会話もせずに殺してしまった。つまりは彼女……千草の要望を満たせなかったと言う事になる。
「……そう言って貰えてホッとしたよ……。これで俺も……っ!?」
そこまで口にして、俺は目の前に広がる光に二つの影を見た。
―――一つは……俺と魂を共有していた……千草……か……。
俺がいつも感じていた少女とは似ても似つかない、何とも笑顔に印象のある少女だった。
俺の中で彼女は、ネグレストを受けて痩せこけ、生傷も負っていた。
だが、今俺の前に見える少女には、そんな“陰の部分”等存在していないかのように、明るく眩しい笑顔を浮かべていた。
―――そしてもう一つは……。
「……母さん……か……!?」
千草に優しく寄り添う影は……穏やかな笑顔を湛えた大人の女性だった。
俺の問いかけに、女性はゆっくりと頷き、その女性に千草は嬉しそうに抱き付いていた。
その光景を見て、俺の目からは涙が溢れ零れていた。
「そうか……千草を……俺を待っていてくれたんだな……」
それが母親と言うものか……。彼女は、自分の娘が解き放たれるのを待っていたんだ。
「……すまなかったな……俺はあんたが、俺を殺したと思っていた……」
その言葉に、温子はゆっくりと首を振った。その顔は、全てを許してくれている、そんな表情を湛えてくれている。
言葉は無かった……。でも、俺には彼女が何を言いたいのか分かった気がした……。
そして二つの影は、笑みを湛えたまま寄り添い、幸せそうに光の中へと溶けて行った。それを見届けて、漸く俺も体の力を抜く事が出来た。
―――漸く……これでお役御免だな……。
その直後、俺の身体から一切の重みが消え失せて行く。
ふわりと中空に抱かれる感覚に抵抗せず、俺はそのまま意識を拡散させていった。
―――なんだよ……待ってたのかよ……。
―――んー……何となくヨシ君が後を追いかけて来る様な気がしてん。
―――後を追いかけるって……。
―――でも、うちの予感はバッチリ当たったな!
―――ああ……そうだな。
―――なぁなぁ、ヨシ君! またどっか行こうな!
―――あのな……俺達が今からどこ行くか、分かって言ってんのかよ?
―――わーかってるって! そやからすぐにや無くてえーよ! また……またどっかで巡り合えたらでえーから!
―――そんな確率……って言うか、俺達ってちゃんと同じ国に生まれ変われるのか? それ以前に、人間かどうかも怪しいと思うんだけどな……。
―――だーいじょうぶやって! 今度巡り合ったら、ウチ、大阪を案内したるわ! ひらパー行こう、ひらパー!
―――……ひらパーってどこだよ……。でも……そうだな……。今度生まれ変わったら、その時はちゃんとした形で巡り合おう。そうしたら、お前の言うひらパーってとこに連れてってくれよ。
―――うんっ! まかしときーっ! ……じゃあ、行こっか……?
―――……ああ……。行こうか……。
二つの影は、まるで一つになる様に重なり合い……そして光の中へと消え失せて行った……。
決して離れない様に……再び巡り合えるように……。
そう……願うように……。
了
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