5. 住むところ
明日を生きる気力もなかろうと、人はどこかに帰っていく。
18歳で家を出て、自力で住むところも学費も得られる手段は少ない。
私は新聞配達をしながら学校に通うことを高校2年生の夏には決めていた。
新聞店の前には10台ほどのバイクが無理に押し込められて停まっていた。
中からどんどんと机を何かで叩く音が聞こえてくる。バイクの隙間を通って重たい扉をスライドさせると、そこがすぐ作業場になっていた。
大男とヤンキーと坊主の男の子がこちらを見ていた。
大きな音は、彼らが机の上でチラシの束を揃えている音だった。
「おー、新入りか!」
こちらが返事をする間もなく、大男は作業場の奥のドアを開けて誰かを呼んだ。
事務員風の女性が出てきて、即座に建物の2階に案内される。通されたのは、6畳ほどの部屋だった。
「先輩達が出ていくまでは相部屋だけど、半月だけだからね」
事務員の女性・畑中は新品の布団と段ボール二つを指差した。
「あれがあなたの荷物ね」
夕方になったら降りてくるようにとだけ言って、畑中は階下に降りていった。
重たいボストンバッグをやっと下ろして一息つく。
ここがしばらく私の住処だ。
二つの段ボールは実家から運び出したい財産全てだった。わずかな衣服と小説・CD。元々ものはたくさん持っていなかった。
ボストンバッグに入っていたのも服ばかり。彼の家に置きっぱなしだった細々したものも、集めると量があった。
それと、ポータブルCDプレイヤー。周りのみんなはiPodやMP3プレイヤーを持っていたけど、新しいものを買う金は持っていなかった。
夕食時までは自由にしていいと言われたが、人見知りの私は部屋の外に出ることもできず、CDプレイヤーを再生した。観たこともないアニメの曲がイヤホンから流れた。
携帯電話にメールが届いていた。
彼の尚人からだった。
『無事に着いた?』
私はメールを返した。
『うん、ひま』
カーテンを開けると、グレーの空が広がっていた。東京はどこも都会的なのかと思っていたけれどそうでもない。地元と変わらない、乱雑な景色だった。
雨の匂いがした。気分は、ちっとも無事ではなかった。
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