最終話 真実の姿

 爪を振りかざし攻撃を仕掛けてくるメガ・ヴィランにシェインは、光球で前足を攻撃する。

 大熊は前足を庇うように、口に銜えられている大剣を振りかざす。

 その先にはタオがいた。


「タオ兄!」


 シェインが叫ぶと、タオはギリギリのところで盾で受け止めた。


「こいつ……力が!」


 盾で受け止めたのはよかったものの、パワーがあるため少しずつタオが押されていく。

 エクスはタオの助太刀をするため、大熊の口に向かって剣を振るった。

 だが、剣先が口に触るかどうかのギリギリなところで、熊の動きによって吹き飛ばされてしまう。


「ぐっ……!」


「坊主!」


 エクスは吹き飛ばされ、草原へと叩き落された。

 だが、エクスが助太刀したおかげでタオは解放される。


「タオ! 構っているとやられてしまうわ!」


 レイナが魔導書を使って、大熊の周りに光の柱を立てる。

 レイナがコネクトしているのは、シェリー・ワルムという魔女である。

 魔導書を手に、大きな鞄を背負い、三角帽子が特徴的だ。

 大熊はその光の柱に戸惑う。

 その隙に、シェインが両手杖を使って光球を何発も放つ。

 連続で光球が飛んでくるため、大熊は目を閉じてその場をしのぐ。


「魔法系が効きませんね……」


「防御するのにはちょうどいいわ。そのまま攻撃を続けましょう」


「了解です」


 一方、タオとエクスはシェインたちが大熊の気をそらしてくれたおかげで、体制を立て直すことができた。


「坊主、まだやれるか?」


「なんとか……」


「よし。俺があの熊を抑えるからお前がとどめを刺せ」


「えっ、僕でいいの?」


「ロエルがそれを望んでいる」


 大熊になったロエルを見て、エクスは自分の姿を重ねていた。

 両親がなくなったことや空白の書の持ち主であること……。

 エクスは瞳に決意を宿した。


「わかった!」


「坊主、熊の急所を教えてやる。メガ・ヴィランの場合は通じるかどうかわからんが、やってみる価値はあると思うぜ」


 タオがエクスの肩を組む。


「どこなの?」


「首と肩の間か……心臓だな。ただ、心臓は狙いにくい。首と肩なら坊主の短刀でもやれる」


「できなかったらどうしよう……」


「何度も急所を狙うことだ、諦めるなよ」


 タオに背中を叩かれ、エクスは熊の前に出る。

 剣を構えると、熊も銜えながらではあるが、大剣を構える。

 まるで剣戟を望んでいるみたいだ。


「行くぞ! ロエル!」


 エクスは剣を構えたまま、正面から向かう。

 大熊は大剣をエクスの真横から振るった。

 エクスは即座にしゃがんでかわす。

 相手はエクスを探しているのか、辺りを見渡す。エクスは熊の真下にいた。

 視界にはちょうど熊の腹が見える。

 そして、タオが言っていた弱点の1つである心臓辺りも見つけた。

 だが、エクスはあえて心臓を狙わなかった。

 もし心臓を狙って倒せなかったときのことが頭の中でよぎったからだ。

 心臓に剣を刺すことができたとしても短刀が抜けない、生きているとなると最悪な状況になりかねない。


「こっちだ!」


 エクスは、大熊の腹から抜け出し挑発する。

 相手はエクスを視界にとらえると、大剣を勢いよく振った。

 エクスには当たらなかったが、大剣は地面に深く刺さる。

 大熊はその大剣を抜くことに必死だ。


「坊主、今だ!」


 タオの掛け声とともに、エクスは首と肩の間を狙い飛ぶ。

 だが、大熊はエクスの気配に気づき、前足でエクスを払った。

 幸い、払う際には爪に当たらなかったが、背中を強打した。


「うぐっ……!」


 タオ、レイナ、シェインがすかさず援護しようとするが大熊の咆哮が飛ぶ。


「グオオオオオオオオオオオ!」


 その咆哮に3人は動けなくなってしまう。

 だが、それを跳ね返す勇者がいた。


「ジャイアント・ブレイブ!」


 エクスはジャックと息を合わせ、強大な斬撃を放つ。

 斬撃は大熊の首と肩の間に命中した。

 大熊はエクスをじっと見ながらその場に倒れる。

 その瞳はロエルの瞳を想像させるものだった。

 やがて大熊の周りを淡い光が包む。そしてその姿は消えた。


「終わったの……?」


「あぁ、終わった。よく頑張ったな坊主」


 タオはいつの間にかコネクトを解いていた。

 エクスも慌ててコネクトを解き、その場にしゃがみこんだ。


「落ち着いたところで調律をしましょう」


 レイナは背負っていた本を取り出し、開く。

 それは運命の書とは違い、大きくて厚表紙が特徴的な本だ。

 調律というのは、想区本来の姿を取り戻す大事な儀式である。


「早くやってロエルに会おうぜ」


「そうだね」


「ちょっと待ってください」


 シェインの言葉に、一同はシェインを見る。


「どうした?」


「何か変です。カオステラーに会ってもないのに調律を行うなんて」


「確かにな。だが、お嬢が言ってるから間違いないだろ」


 タオはレイナのカオステラーに関する情報は完全に信じきっている。


「タオ兄はタオ兄、ですよね?」


「はあ? お前何言ってんだよ。当たり前だろ!」


「新入りさんは新入りさんですよね?」


「そうだけど……シェイン?」


「で、あなたは誰です?」


 シェインはレイナを見て、問う。


「誰って私に決まってるでしょう? レイナよ」


「今この場で攻撃しても?」


「ちょっ……! シェイン何言ってるの!」


「いいから黙っててください」


「シェインったら、何怖いこと言ってるの」


「姉御はどこです?」


「私はここよ」


 すると、森の奥からレイナが現れた。

 彼女の服のあちこちに葉や泥がついている。


「えぇ! レイナが2人!?」


 カオスな状況にエクスは戸惑う。


「ロキ、いい加減元の姿に戻ったらどうかしら? シェインは見破ってるわ」


「仕方ありませんね……」


 ロキという名の人物は、レイナの姿から黒い影のようなものに変化する。

 まるで幽霊みたいだ。


「姿は見せないのね」


「本体は向こうにありますので」


「それで、何が目的だったのかしら? 私を攫っておいて」


 レイナが攫われていた事実をタオ、エクスは今知る。


「クフフフ……それを今からお見せします」


 突如、立っていられないくらいの強風が吹いた。

 エクスたちはその場にしゃがみ、吹き飛ばされないように踏ん張る。

 やがて、風は止み静寂が訪れる。ずっと目を閉じていたエクスは目を開けた。

 目に飛び込んできたのは、草ではなく、土と石だ。

 顔を上げ、辺りを見渡すと一面枯れた木に壊れかけた家と荒れた土地があった。

 月明かりのおかげでそれははっきりと見える。


「これは一体……」


「この土地の本来の姿ですよ」


 呆然とするエクスにロキは淡々と答える。


「ここは空白の想区といって、空白の書を持つ人間だけが暮らしていた街でした。風景は私の幻術で見せた通りのものです」


「本当に存在してたんだな」


「えぇ。ロエルという少年もちゃんと実在していました」


「街の人たちはどこに行ったんですか?」


「私がすべて殺しました」


恍惚な表情で、ロキは語る。シェインはロキを力一杯睨み付けていた。


「抵抗しなければよかったのですよ。なのに、ここの想区の人たちは……。仕方なくメガ・ヴィランでお掃除させていただきました」


「ロエルはどうなったの?」


エクスは怒りを堪えながらも、ロキにロエルの様子がどうであったかを聞く。


「あの少年は……最後までメガ・ヴィランに立ち向かっていましたねぇ。ですが、攻撃が1回当たっただけで即死でした」


「てめぇ! さっきから話聞いてりゃ……!」


タオが黒い影に向かって拳を振るう。

 だが相手はただの黒い影のため、すり抜けていく。


「それで、私たちに何をしたかったのかしら?」


「貴方たちに絶望と希望を与えたかった。ただそれだけです。楽しかったですか? 同じ仲間がいて……クフフフフ」


それを言い残して、ロキは消えた。


「アイツ……!」


「タオ、落ち着いて」


「落ち着いていられるか! 空白の想区の人間が全員殺されて、さらにはお嬢までさらわれることに気づかなかった自分が情けねぇ!」


タオの言葉にエクス、シェインも顔を伏せた。


「いつからさらわれてたの……?」


エクスはレイナに問う。


「前の想区の修復が完了してからすぐだった。油断したわ、あんなところでロキに誘拐されるなんて。でもね……」


レイナはシェインに向かって微笑む。


「シェインが助けてくれたの。シェインが気づいてくれなかったら、私はここに来ていないわ」


「シェインはいつ気づいたの?」


「噴水広場で談笑してたときです。最初はあの草原以外にもヴィランが出没するかどうか確かめようと思ってました」


シェインの言葉からエクスはあることに気づく。


「もしかして、ロエルを疑ってたの?」


「はい。カオステラーに取り憑かれているのではないかと。よくヴィランが周りに現れていたので」


「で、どうやってお嬢を見つけたんだ?」


「噴水広場で談笑し終わった後です。いろいろと見て回ってたら工場のような建物があったので興味本位で入ってみたら姉御がいたんです」


「シェインに助けられた後はに気付かれないように街の中で過ごしてたわ。少しの時間だったけどいろんな人と関わることができた……。もちろん、あなたたちの様子も知っていたわ。眠らされている間にロキを介していろいろ見てたから」


「だから、ここまで来れたんだね」


「えぇ」


 レイナは短く返事をして、自分が通ってきた道を振り返る。


「レイナ?」


 エクスは不思議に思い、レイナに声をかける。


「……今回はロキのおかげっていうのも癪だけど、私たちと同じ人たちがいたということがわかった」


「そうだな。それにこの想区の人間は自分の意思でメガ・ヴィランに立ち向かった。みんな死んじまったけど、なんか勇気もらえたな」


「そうだね……もうこれ以上は犠牲者を出したくない」


「もちろんです」


 レイナは目をゆっくり目を閉じ、一呼吸置いて目を開く。

 そして、タオたちのほうへと向き直る。


「ここの人たちのことを忘れずに旅を続けましょう。少しでも早くこの脅威をなくすために」


「そうだな」


「うん!」


「そうですね」


 空白の想区の人たちへの思いから一行の瞳には絶望ではなく、決意と希望が宿っていた。

 レイナたちはこれからも旅を続ける。

 関わってきた人たちの思いを胸にしまって……。

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空白~シロ~の想区 海色ミヤ @Miiro_Miya

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