第2話 空白の想区について

「ちょっと、それがどういうことなのか詳しく教えてくれる?」


 一行は驚きを隠せなかった。

 今までの想区はどういう物語がメインになっており、そこには必ず主役が存在した。

 だが、今回はこの想区にはメインとなる物語が存在せず、主役もいないのだ。


「いいよ。ここじゃヴィランにまた襲われそうだからボクの家に行こう」


「ヴィランも知ってんのかよ」


「知ってるよ」


 ロエルのあとに一行は続く。緑の草原が続く中、木造の家が1軒見えてきた。


「あれが、ボクの家」


 レンガができた塀にその家は囲まれている。

 塀の高さは少年の身長と同じくらいだ。

 塀についている木製の扉を開け、ロエルは敷地内に入る。

 一行はそれぞれの顔を見て遠慮がちに続く。

 敷地内には畑と大きな木がある。大きな木には切り傷がたくさんついていた。

 おそらく少年はこの木で大剣の稽古をしているのだろう。


「ちょっと待っててね」


 ロエルは大剣を玄関の扉の横に立てかけ、家へと入っていった。


「何か普通の家だね」


 ロエルの家を見てエクスは叔父夫婦と暮らしていた家を思い出す。

 叔父夫婦の家にはカボチャ畑があり、叔父は熱心にカボチャを育てていた。


「おい、失礼じゃねーの。それ?」


「ご、ごめん。そうだよね」


 エクスは慌ててタオに謝る。

 思い出に浸っていたせいで、つい失礼な言葉が出てしまい反省する。


「お待たせ。中に入っていいよ」


 ロエルからの承諾をもらい、一行は中に入る。

 中は大きなテーブル1つに椅子が5つ。奥には暖炉がある。

 一行のためにセッティングしてくれたのだろうか。


「お茶用意するね。適当に座ってて!」


 ロエルは台所に行き、お茶を用意し始める。

 一行は好きなところにとりあえず座った。


「はい、どうぞ」


 白を基調としたオシャレなカップがレイナの前に置かれる。

 その隣には、プリンが置かれた。


「ありがとう」


 レイナが丁寧にお礼を言う。

 エクスたちも自分の目の前にカップとプリンが置かれたとき、軽く会釈をしながらお礼を口にした。


「さっそく本題に入ろうじゃねーか」


 タオがプリンをひとくち食べながら話を進めようとする。


「そうね、聞かせて」


 レイナはロエルのほうに身体を向けた。

 ロエルは立ち上がると、引き出しから本を取り出し、レイナたちの前に置いた。


「これは運命の書?」


「そうだよ。開いてみて」


 ロエルに促され、レイナは傷をつけないよう運命の書をゆっくり開く。

 そこには何も書かれていなかった。

 ページを何枚もめくるが、空白のページが続いている。


「あなた……」


「そうだよ、ボクは空白の書の持ち主なんだ」


 この世界の人間は生まれたときに一冊の本を与えられる。

 その本には自分たちの世界、生きる意味、これから辿る運命、全てが記された本でその名を運命の書と呼ぶ。

 だが、ときに空白のページしかない運命の書を与えられる人間がいる。

 それを持つ者はストーリーテラーから見放された者として扱われ、それを知った周りの人間が今までの態度がガラリと変わる。

 優しく接してくれたのに空白の書を持つ者だと分かった瞬間に冷たい態度をとるなど、人によって様々だ。


「ボクだけじゃない。この想区に住んでいる人みんな空白の書を持っているんだ」


 ロエルは開いたままの空白の書を閉じ、自分の腕の中で大事そうに持つ。


「だから、空白の想区。みんなが空白の書を持っているから、他の想区でいう主役というのは存在しないんだ。みんな自分の人生は自分で切り開いていかないといけないと思ってるから」


「ちょっと待って。それはおかしいわ。大体この想区にいる人間がなぜみんな空白の書を持っているのよ。ストーリーテラーが無造作に空白の書を生み出すとは思えないわ」


「そうだよね。ボクもそう思ったんだ。でもね、もともとこの想区にいた人は空白の書を持つ人ばかりだったんだって。それから他の想区出身で空白の書を持つ人がこっちにやってきて一生をここで過ごすみたい」


 こんな想区があってもいいのだろうかと思う。

 でもこの世界にはいろんな想区がある。あってもおかしくはないかもしれない。


「お姉ちゃんたちは運命の書なの? それとも空白の書?」


「私たちも空白の書なの」


 一行はテーブルに空白の書を置いた。


「本当に? 見てもいい?」


「いいわよ」


 ロエルは1人1人の空白の書を開いて中身を確認する。

 空白の書だと確認するたびにロエルの目は輝いていく。


「みんな、同じだね!」


 ロエルは満面の笑みを浮かべた。


「そんなに嬉しいか~?」


「嬉しいよ!」


「ならいいけどよ」


「あの、ちょっと気になることがあるんですけど」


 シェインが挙手して、ロエルを見る。


「なあに?」


「お父さんとお母さんはどこにいるんですか?」


 シェインの質問に、ロエルの顔に影が宿る。


「お父さんとお母さんはボクが小さいときに病気で死んじゃったんだ。お母さんが死んだあとにお父さんも後追うように死んじゃって……」


「無理して話さなくてもいいです。変なこと聞いてすみません」


「謝らなくてもいいよ。ここにボク1人いるのおかしいもんね」


「誰かに世話してもらってんのか?」


「うん。ごはんのときだけ近所の人たちが見に来てくれるんだ」


「そりゃよかったな」


「うん! ……ところで、ボクも聞きたいことがあるんだけど」


「何かしら?」


「みんなの名前を知りたいな!」


「あ……」


 一同は声を揃える。そういえば名前を教えていなかった。


「じゃあ、お姉ちゃんから教えてよ!」


 ロエルはレイナから自己紹介するように要求する。


「わかったわ。レイナよ」


「僕はエクス」


「俺はタオっていうんだ、よろしくな」


「シェインです」


「レイナにエクスにタオにシェインだね。よし、覚えた! よろしくね」


「よろしくね」


 ロエルが笑顔でそう言うと、レイナも微笑む。


「もう1個聞きたいことがあるんだけど!」


「何でしょう」


「エクスお兄ちゃん、どうしてヴィランと戦うときに姿変わったの?」


「えっ……とそれは……」


 答えるべきかどうか迷っていると、レイナが代わりに応えてくれる。


「導きの栞のおかげよ」


「導きの栞? 何それ!」


 レイナは懐から導きの栞を取り出す。

 その栞は水晶でできており、奇妙な装飾が施されている。

 レイナは栞をロエルに渡した。


「きれいだね。……これ、空白の書にはさめば姿が変わるの?」


「そうよ」


「やってみたい!」


「やめたほうがいいです。身体がもちませんよ」


「そんなぁ~……」


「栞に頼るよりも、まずは体力つけたり剣術身につけるべきだろ」


「わかった! 稽古頑張るね」


「おう。その意気だ!」


 その後、ロエルと一行は日が暮れるまでいろいろな話をした。

 ここに来るまでどんな想区があり、どういうことがあったのかなどほとんどがエクスたちの冒険話ばかりだったが、ロエルは飽きることなく聞いていた。


「そろそろ宿に戻らないと」


 レイナが立ち上がる。知らない間に宿を予約していたみたいだ。


「いつの間に宿とってたのかよ」


「ええ。カオステラーの気配がある限りいたほうがいいと思って」


「行っちゃうの……?」


 ロエルは寂しそうな表情で、レイナたちを見る。


「大丈夫だ、ロエル。明日も来るからな」


「うん! 明日も待ってるね!」


 タオとロエルが約束を交わす様子にエクスたちは微笑んだ。


* * *


 外に出ると、空は暗くなろうとしていた。

 塀にある小さな扉を閉めると、シェインが空白の書と導きの栞を構えた。


「シェイン? どうしたの?」


 エクスがシェインの行動に疑問を持つ。


「見えないんですか? ヴィランがいますよ」


「えっ!」


 ヴィランとの距離はそんなに近くはないが、姿を視界にとらえることができる。

 レイナとタオも気づいていたのか、シェインと同じように空白の書と導きの栞を手にしていた。


「この距離だとまだ気づかれてないが……先手必勝でやるか?」


「そうね。このまま放置するとロエルにまで被害が及ぶわ」


「行こう!」


 一行は空白の書に導きの栞をはさみ、ヒーローとコネクトする。

 そしてヴィランがいる方へと走って向かった。

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