空白~シロ~の想区

海色ミヤ

第1話 沈黙の霧をぬけて……

「カオステラーの気配を感じる……」


 そう言ってレイナは立ち上がった。

 カオステラーとはストーリーテラーという存在が異常をきたしてしまい、本来の運命の筋書きを歪ませてしまう存在のことをいう。

 レイナはそのカオステラーをストーリーテラーへと修復する力とカオステラーの気配を察知する力を持っている。


「おいおい、いきなりどうした?」


 普段レイナの見せない様子にタオは不思議そうにレイナを見る。

 一行がいるところはカオステラーに侵食されていた想区で、数時間前にレイナが修復した。

 想区とはストーリテラーが全智の存在が生み出した空間のことで、想区には必ず運命の象徴である主役が存在する。

 その主役を中心に、想区に住む人々の運命はできあがっていく。

 今日はもう遅いということで、その想区に1泊だけしていくことになっている。

 一行は宿泊施設で夕ご飯を食べていた。


「タオ兄、いつものことです。そんなに不思議そうに見なくてもいいと思いますけど」


「そうかぁ~?」


 シェインのほうを振り向いたタオの顔を見ると、やや赤くなっている。


「まさか……」


「この赤いのさっきから飲んでるけどうめえんだよな~」


 タオの表情はさっきから緩みっぱなしで、どことなく楽しそうである。


「誰ですか。赤ワイン置いたの」


 シェインの視線は、エクスに向けられる。


「ぼ、僕じゃないよ! このテーブルにもともと置いてあったから!」


「……はぁ、しょうがないですね。食べ終わったら部屋に運ぶの手伝ってください」


「わかったよ……」


「姉御もカオステラーの気配感じて早くその場に行きたいのはわかりますが、タオ兄がこんな状態なので休んだほうがいいです」


「そうね……そうするわ……」


 タオの様子を見てレイナは呆れながらもそう答えた。


* * *


 翌日。一行は想区を抜け、レイナを先頭に沈黙の霧の中を歩いていた。

 沈黙の霧とは想区の外に広がる霧のことをさしている。

 霧だけの世界のため、手を繋いでおかないとはぐれてしまう。

 そのため、一行は手を繋ぎながら沈黙の霧の中を進んでいた。


「いや~昨日はよく眠れたな!」


 赤ワインを飲んでいたからなのか、タオが異常に元気である。

 タオの手を繋いでいるのはエクスとシェインだ。

 タオは2人の手を握りながら、おかまいなしに腕をぶんぶんと振り回す。


「ちょっと、痛いよ……」


「なんだ~坊主。これくらいで根を上げてんじゃねえよ!」


 タオは器用に肘でエクスの背中を叩く。


「いたっ!」


「こら、おふざけはだめよ」


 その様子を見ていたレイナがタオを止める。

 レイナの救いの手に、エクスは安堵する。


「見えてきたわ!」


 沈黙の霧の先に街らしきものが見える。

 通常霧の中で想区を目で確認できないはずだが、今回は違うらしい。

 街の中に入った瞬間、霧が後退する。


「ここは……」


 広がる光景にエクスは言葉を漏らす。

 たどりついた想区はレンガを中心とした街で、道も壁も家もみんなレンガだ。

 唯一、レンガでできていないのは街の奥で開かれている市場の店くらいだ。


「立ち止まっている暇はないわ。とにかくここの想区の主役を探さないと」


「ですね」


 再びレイナを先頭に、街の中を散策する。

 通りでは威勢のいい声があちこちで聞こえてくる。


「今日取れた魚はどうだい! 安くするよ!」


「こっちは牛の幻の部位を手に入れたぞ! 今ならこの値段で売る!」


 活気ある街の姿に一行は呆気に取られながらも街の奥へと進んでいく。


「なんか、すごいね。みんな楽しそう」


「ほんとね。カオステラーの気配がするはずなのにそれを忘れてしまいそうなくらいだわ」


 引き続き歩いていると、武器が置いてある店が見えてきた。

 すると、シェインの目が輝きだす。


「姉御、この店寄ってもいいですか?」


「いいけど……」


 レイナの許可をもらい、シェインは一目散にその店へと行ってしまった。

 シェインは重度の武器マニア。

 武器やアイテムを見ると目を輝かせずにはいられない。


「なぁ、いいのか? ありゃ時間かかるぞ」


 シェインとお店の人が武器を片手に楽しそうに話している様子を見て、タオがレイナに話しかける。


「たまにはいいかもしれないわ。みんな固まって主役を探すより、好きなように動いたほうが早く見つかるかもしれない」


「よぉーし! だったらオレはあっちの店に行くとするか!」


 タオは歩いてくる人を避けながら来た道を戻っていく。


「じゃあ、私はこっちね」


 レイナも気になった店があるのか、タオと同様に行ってしまった。

 その場にはエクスだけが残る。


「どうしよう……」


 エクスは辺りを見渡すが、気になるお店が見当たらない。

 とりあえず歩かなければと思い、街の中心部へと足を動かす。

 この時間帯は人が多いのか、だんだん人が店のあるほうへとやってくる。

 エクスは人混みをかきわけながら進んでいくと、広場らしきところに出た。

 中心には噴水があり、その付近には街の人たちが噴水の側やベンチに腰かけて楽しそうに談笑している。


(本当にカオステラーなんているのかな……)


 レイナの言葉を信じていないわけではない。

 街の様子や人を見ていると異変が全くない平和なところだと思う。


(そう言えばどこに集合するのか聞いてない……)


 エクスは集合場所を聞くのを忘れていた。

 だが、歩いていればみんなに会えるだろうと思いなおす。

 何も見たいものがないエクスは空いているベンチに座った。

 何も考えず建物を見る。

 すると、黒い生き物が建物と建物の隙間からチラリと見えた。


「えっ……!」


 エクスは立ち上がり、目を凝らす。

 その黒い生き物は辺りを警戒しながら広場を見ている。

 頭に水色の触覚のようなもの、瞳のない目、小さな子供ぐらいの背丈、手は大きく、鋭い爪。

 間違いない、ヴィランだ。ヴィランはカオステラーが生み出した化け物である。

 ヴィランはエクスの視線に気づいたのか、その場から後退する。

 エクスは一歩ずつゆっくりと近づく。ヴィランは背を向けて走り出した。


「待て!」


 エクスはヴィランが走り出したと同時に走り出す。

 ヴィランを追いかけながら、建物の間を潜り抜けたり、狭い道を通る。

 辺りが暗いため、時折見失いそうになりながら走る。

 しばらくすると、急に光が差す。

 いつの間にかエクスは草原のようなところにいた。

 ヴィランは勘弁したのか、エクスのほうへと振り向く。

 エクスは空白の書と導きの栞を持って構える。


「クルルルゥ……」


 ヴィランは戦闘態勢で鋭い爪を前に出してエクスがいつ向かってきてもいいように構えている。

 エクスは思った。ヴィランは1匹。

 だったら、導きの栞なんかなくてもいいかもしれない。

 エクスは導きの栞と空白の書をしまい、背中に背負っている木刀に手をかけようとする。

 しかしその判断がミスを呼んだ。


「クルルルゥアアッ!」


 エクスの隙をヴィランは見逃さなかった。

 ヴィランは鋭い爪を振りかざし、飛びかかってくる。

 エクスは突然のことで木刀に手をかけたまま、動けない。


(しまった——)


 そう思った時だった。


「下がって!」


 子供の声がしたかと思うと、ヴィランの頭に大剣の剣先が当たった。

 剣先が当たったと同時にヴィランは消える。

 振り返ると、そこには年齢が10歳ぐらいの少年がいて身長とは釣り合わない大きな大剣を持っていた。


「大丈夫?」


「大丈夫だよ、ありがとう」


「どういたしまして」


(子供に助けてもらうなんて……)


 自分がまだ未熟であることを思い知らされる。


「お兄ちゃん、今度は手伝ってもらってもいい?」


 少年は大剣を構える。


「え?」


 辺りを見ると、ヴィランの数が増えている。

 今まさにエクスたちの周りを囲もうとしていた。


「クルルルゥ……」


 エクスは今度こそ、空白の書と導きの栞を取り出し構える。


「クルルルウ!」


 1匹のヴィランがエクスに飛びかかる。エクスは空白の書に導きの栞を挟む。

 空白の書は輝きを放ち、エクスの身体を飲み込む。

 そして、豆の木のジャックへと姿が変化した。

 明るい髪色に、腰には布袋、左手にはいくつもの豆、右手には短刀が1つ握られている。

 エクスはジャックとコネクトし、ナイフを飛びかかってくるヴィランに向かって振るう。

 ヴィランはその一撃で消えた。


(よし、次だ!)


 エクスは順調にヴィランを倒していく。少年も1匹1匹確実に数を減らしていく。

 だが徐々に2人だけでは倒せなくなってきた。ヴィランの数が多くなっていく。


「なんでこんなに多いの!」


 少年の顔には疲労の色が見えている。

 エクスは少年をフォローしながら戦闘するも、もう限界だった。

 そのときだった。ヴィランの背後に光球が直撃し、ヴィランが消えた。

 視線の先には両手杖を握っている神官のような少女の姿がいた。


「何ボーっとしてるんですか。来ますよ」


 エクスは声でシェインだとはっきりわかった。

 シェインの援護にエクスは再びヴィランに向かっていく。

 その後タオとレイナが加わり、ヴィランを倒すことができた。


* * *


「みんな、ありがとう。助かったよ」


「いつものことでしょ」


「そうだね」


「ところでその少年は誰です?」


 シェインはエクスの隣にいる少年に目を向けた。


「あ、ボクはロエルって言うんだ。この街にずっと住んでるんだよ」


「それにしても、すげー大剣持ってるんだな」


 タオがロエルの大剣を興味津々に見る。


「これね、父さんからもらったんだ。すごいでしょ!」


「おぉーすげーな!」


 タオは笑顔でその少年の言葉に応えた。

 それに続くようにレイナがロエルに話しかける。


「えっと、ロエルだったかしら?」


「うん」


「あなたはこの想区の主役を知ってる? 私たち主役を探していて……」


「主役?」


 ロエルは首をかしげる。


「おい、いきなり想区とか主役とか言われてもわかんねーだろ」


 タオがレイナに意見するが、ロエルは一行が驚くようなことを言った。


「知ってるよ。想区、主役の意味も」


「知ってんのか!」


「うん。ごめんねお姉ちゃん、この想区には主役はいないんだ」


「主役がいない……? それどういうことなの?」


「この想区はね、空白の想区って言って主役は存在しないんだよ」

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