Phase06-02「親娘の話」
「いやー、外って素晴らしいね!」
空を見ながらそう言った。インドのニューデリー、ここに国連軍「国連リベルタ統制軍」の中央アジア本部がある。街中にスパイスの香りがほのかにする。インドは精密機器開発の拠点とされ、インド洋上には開発用の人工島が作られたほどだ。インド洋上開発施設「サンディーノ」は世界最大の洋上人工島であり最大の製造工場である。
「それで艦長、何をしに此処まで来たんですか?護衛でしたら私より獅童さんの方が…」
「あの子には健太郎君を見ててもらわないといけないし。女の子だったら不埒な輩も油断してくれるじゃん」
ウィンクをしながらそういう。普段抱えている緊張から時離れたせいか、彼女の雰囲気はいつものそれとは大分違う。
「は、はあ…」
「電話は入れたけど一応挨拶しておかないとねー。」
そう言うと大きいビルの前で立ち止まった。リベルタ統制軍インド支部、周りの雰囲気とは違い異様な空気を纏った建物だ。
「そういう事でしたか」
「リサは来るの初めて?」
「ええ、元いた部署では国際的な式典での要人護衛だったりが主だったのでヨーロッパやアメリカがメインでした」
リサは元々軍の警察機関に属していた。アトゥムを模倣したテロの解決であったり軍関係の用心の護衛、がメインの仕事だ。リサはその中で狙撃手をしていた。用心の演説時、壇上に上がってきた不審人物であったり籠城犯を遠距離から撃ち行動不能にすることが彼女の仕事だった。その能力がバレルのパイロットとしても生かされている。
「…そうか。よし、行こう」
「了解です」
ビルの回転ドアをくぐると空調の風がうっすらとかいた汗を冷やしてくれる。少し肌寒い気もするがすぐなれるだろう。
「EU支部の宇津木少佐です。中将はご在中でしょうか?」
受付にそう尋ねる。
「少々お待ちください」
ヘッドセットをつけた女性職員が誰かと話す。おそらく内線をつないだのだろう。
「…はい、ではそのように。 中将はお部屋にいらっしゃいます。案内を付けましょうか?」
「いや、ゲストパスをくれたらこっちで行くよ。場所はわかってるし」
「…承知しました。それではこれを」
中将、軍において相当地位の高い階級だ。その人物がいるフロアには特定のキーカードがないとフロアに上がることすらかなわない。ゲストキーは使いきりで、一度上がって降りたらそのカードはただのプラスチックの板になる。これはどこの施設もそういう作りになっている。中将という事はここの支部長クラスだろう支部長室は一番上の階だ。
「久しぶり、マギーさん」
「お久しぶりです、冬子様。昇進おめでとうございます」
エレベーターを出ると廊下ではなくそのまま拾いフロアにでた。多くのデスクが並び多くの人物がデスクワークをしている。彼らは補佐官たちで、支部長にやってくる膨大な量の一部を消化している。その奥にいるのが彼女マグノリア・リリスだ冬子とは十年来の中で彼女はマギーと呼ぶ。
「いやぁ、突然のことであたしも実感がないんだけどね。責任が増えたくらいで」
「そうですか。お元気のようで何よりです。そのおかげで中将の本日の予定が狂ってしまいました」
毒のある言葉で返す、普段から彼女はこういう口調だ。頑固なまでの仕事人間、そのため進行が遅れたり予定がすっぽかされると彼女は不機嫌になる。今もそうだろう。
「しょうがないじゃない。あたしらだって無意味な戦闘は避けたいのよ。新型をキズモノにしたら上がなんて言うか…」
「…中将は奥でお待ちです。なるべく早く終わらせてくださいね」
「はいはい。いこうか」
リサの方に目線を送る。リサからみると二人は血の繋がりのある姉妹のように見える。古くからの関係であるのは容易に想像できた。
「…こんにちは、宇津木中将」
「ウツギ?」
宇津木、冬子と同じ苗字だ。宇津木姉弟の父は軍上層部の人間だとは聞いていたが詳しい所属までは聞いていなかった。
「よお、随分ご無沙汰じゃないか冬子。秋良は、居ないか」
「こっちだって忙しいんです。流石に二人して出てくるわけにはいかないいでしょ」
「半年以上ぶりに実の父親と会えるというのに娘は冷たく息子は来てすらいないとは…。つらいよ父さん」
聞いていたイメージとは大分違う雰囲気でリサは驚いた。宇津木宗頼は軍の英雄であり凄腕の狙撃手であった。そのため名前くらいはリサでも聞かされていた。前線を退いてからは特殊部隊の作戦指揮をとっていたと聞く。そのチームにデビッドがいた。
豪腕、戦場の鬼とも呼ばれた男も愛娘の前ではどこにでもいる父親のひとりといったところだろうか。
「ま、立ち話もあれだし座れや」
応接用のソファーテーブル一式を指差しそういった。三人が席に着くと突然場の空気が張り詰めた。
「大変らしいわね」
「そりゃぁ、ここから遠くない場所で戦闘をおっぱじめる奴が居ちゃうもんだら各企業への言い訳だったりでな。ある程度は手が回ってるが安全管理とかの面で色々とな。山があるんだから問題ねぇってのに」
彼は面倒くさそうに答える。戦闘、とは先日リサたちが出撃した時のものだろう。ここから山を挟んで数百キロ行った砂漠地帯のど真ん中ではあるが、それが飛び火しないかなどという不安はあるだろう。
「ふぅん。でも迷惑なそれのおかげで収穫はあったのよ?」
「なんだそれは」
そう言うとカバンからデータメモリーを取り出す。宗頼はそれをテーブルのコネクタに差し込むと壁のディスプレイに映像が流れ始める。
「AXシリーズロットナンバー00。完成ナンバー03ランスよ」
「ほう、でこれがどうかしたのか?」
「乾庄次郎博士立案の変形飛行機構搭載の新型AT。これを保護しています。パイロットも一緒にね」
リサは口を開けずにいた。特に口を挟むような場所ではないが、この圧力の中で口を開くのは並大抵のことじゃない。
「これは…」
「まだ飛行ユニットは完成していないらしいけれど、それが実装されればAT初の独立飛行型になるわ」
「それで、パイロットは誰なんだ?」
宗頼が身を乗り出して聞いてくる。
「乾健太郎くん。庄次郎博士の息子さんよ。現段階であの機体は彼しか扱えないようロックされているわ」
「…それもう報告したのか?」
「いいえ、向こうに付いてからでも遅くはないかと」
「そうか。だったら教えておかないとな」
宗頼は立ち上がるとデスクから書類が入っているであろうフォルダを持ってきた。冬子はそれを開いて見る。
「乾庄次郎博士は軍の機密を持ち出した可能性があるとの事だ。各支部に捜索命令が出ているのはそのせいだ。その情報は上層部にしか流れてないやつだがな」
「つまり、健太郎君は本部による取り調べをすると」
「あぁ暗部が動いてるって噂もあるくらいだ」
暗部、言葉そのものの意味を取ると軍の裏組織のようなものだろう。それが健太郎と庄次郎を探し回っている。
「うわー、ほんとに面倒くさいことになってるなこれ」
デビッドが言っていたことはあながち間違いでもなかったらしい。まさか健太郎にまで捜索の手が伸びているとは冬子も思わなかった。
「ヨーロッパはともかく本部がどう言ってくるかは俺もわからんし手が出ない。」
「隠し通せるものでもないからね。……え」
場の空気が凍る。
「口に出すな。それはやるから持って帰れ。知ってることに意味がある情報だ」
冬子の額を汗が伝っていく。それに反して、異様な雰囲気にリサは寒気を覚えた。
「乾庄次郎という男は雲隠れの達人だ。下手したら地球上にいない可能性だってある」
「まさかあちら側に?」
「わからん。十二年前でさえ連れていた息子を放り出してまで姿を消したんだ。ない話じゃない、そう思いたくはないが。」
十二年前、一般的には知られてい事件だ。乾庄次郎はある企業に追われていた。技術協力の強制といえばいいだろうか、娘の事故死からそれは始まった。
娘を襲った車両はその企業のもので、彼らは裏でアトゥムと繋がっているという噂があった。アトゥムが世間に潜り込むために複数の企業を買収しているという話は軍も、庄次郎も聞いていた。その追っ手から彼は健太郎を連れて逃げていたのだ。
「けれど、盗まれた情報が何かこれには記されてないけど」
「そこだ。それだけヤバイものをあそこで開発していたってことになる。それの存在を息子が知っている可能性がある。だから両名を確保したいのさ」
耳を塞ぎたくなる。これを聞いていれば、自分の地位も危なくなりそうだ。ここにただ座っているだけで犯罪の肩部を背負わされてしまう。リサはそんな危機感に襲われる。
「それで、アリトリアの人たちは今どうしてるか聞いてるの?」
「んなもん情報規制されてるに決まってるだろ。幾つか情報は流れてるが裏が取れてないものばっかりだからな。そんで、極めつけがそいつだ。もう一部入ってるだろ?」
そう言われてフォルダを開くともう一部冊子が入っている。それを開くと冬子の表情が豹変する。
「アリトリアの一件を調べてるうちに手に入れたもんだ。とんでもないだろ?」
「これって…嘘、でしょ」
「ちゃんと裏は取れてないからゴシップの可能性もあるが、安易に上を信用しないほうがいいぞ。これだけ大きい組織だ。根も葉もない噂よりも火のないところに煙は立たないって方がありそうだからな。なんにしても、それが事実だったら」
「最悪が訪れる。」
「そういうことだ。アリトリアが襲われたのもこれの複線かもしれない。だがそれはこの情報が真実だったらの話だ。そもそもこんなこと常識的にできるはずがない。あの技術は失われているはずだからな」
「…そうね」
会話が途切れる。リサはようやく一息つくことができた。ここまで息苦しいのは初めてだ。
「今日はもう戻れ。俺が持ってる情報はこれだけだ。またなにかあったら伝える」
「ありがとう、深追いして身を滅ぼさないようにね」
「分かってる。そっちこそ、下手に動いて自爆するなよ」
親娘の会話はそれで終わった。エレベーターを降りる間冬子は口を開かず、リサもそれになにも言うことはできなかった。
「…お父様、なんですよね?」
回転ドアを出たところでリサはようやく声を出すことができた。
「え、そうだよー。…色んな家族がいるわよ。あなたの所もそうでしょ?」
「そうですね」
冬子はリサの境遇を知っている。部下の情報上官にだけアンロックできるデータベースで閲覧出来る。リサ、ジャックの経歴だけでなく各クルー全てだ。勿論全て分かる訳ではない。人を知るために必要な情報だけだ。
「それでもあれだけの機密を話してしまうのは…」
「あー、あの人昔からああだからね。軍も黙らせるためにあの部屋に押し込めてるらしいけどあたしだったりデビッド大佐を使って詮索させてるらしいし。最近はもっぱらあたしだけどね」
「それでも支部長がああでは支部内の空気が悪くなるのでは?」
失礼な気がしたがリサは思い切って聞いてみる。
「大丈夫よ。あそこはあれでやっていけてるし、ああ見えて現場にいた頃は相当なやり手だったらしいし付いてきてくれる部下も多いって話よ」
確かに、補佐官たちは真面目に働いているように見えた。それに彼の秘書であるマグノリア、彼女もかなりやり手のように見えた。
「あー、お腹すいた。カレー食べよ。折角インドに来たんだから一回くらい食べておかないと。近くに美味しいところがあるんだ」
冬子はリサの手を引き歩く。ビルの周辺にはスパイスの香りが広がっている。近くにレレストラン街があるのだろう。
二人は人ごみの中へ消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます