Phase05-02「技術者」
少年は機械が好きだった。無骨な見た目もそうだが、何よりもそれをバラして遊ぶのが好きだったのだ。父が使い古した携帯電話をバラして構造を調べたり、不調のパソコンのパーツの交換だったり修理をさらっとこなしてしまう小学生だった。
父親は軍人で、家にいない事も多かった。その分母と接する時間が多かった彼は自然と父との溝を感じ始める。彼が大学に上がる前、母が亡くなった際にその溝は埋められるが二人の関係は例えようがないものであった。
その後、彼は母を失った悲しみを振り切るように大学の勉強に勤しんだ。多くの企画を立ち上げ、製造し続けた。入学以前から工学系の人間の中で知らないものは居ない彼だったが一つだけ通らない企画があった。
「育つロボットだと。なんだ、SFの話をしてるのかね?」
「ArmEXシリーズ構想」。「アーマードエクスペリエンス」の名のとおり、MTに経験を蓄積させその後の構成に反映させるというものだ。自律型AIを搭載したパイロットと共に育つロボット。これを実現できれば兵器だけでなく、民間の乗り物にまで流用できるかもしれないと立案した。
それは計画としては良いものに仕上がっているのだが、彼は機械技師だ。いくら優秀な機械であろうと、それを動かすためのシステムがなければ意味がない。彼はソフト面の知識はからっきしだった。パソコンをいじるのは好きだったがソフト面で言えば人並みにしか知らなかった。何よりも、当時そんな兵器を必要とする世界ではなかったのだ。
結局、スポンサーとしてついてくれていた企業からもああ言われる始末である。既にいくつかの企業と仕事をしている彼は自分の収入で大学に通っていた。と言っても自分発案の企画が通ったのは最初だけで、最近は届いた企画書に応じた商品を作るだけになってきている。
「あー、しんど」
正直面倒くさくなってきていた。若気の至りだろう、どうも秋っぽくなってしまう。自分は製作者ではなく開発者として生きていきたいと考えている。だがその器用さを世界は別の方法にしか使おうとしない。そんな状況に嫌気が差してきた。
「おや、稀代の天才が不貞腐れてるぞ。こりゃ面白い、ムービーにでも残して後々に…」
「やめろ」
これが天才、マイク・ギアと乾庄次郎の出会いだった。類は友を呼ぶというが、これのそれに当てはまるのかもしれない。庄次郎はマイクの傍らのファイルを指差すと
「見せてくれるね?」
と言った。見せる事を決定づけられた言い方が少々引っかかったが、持ち帰って捨てるだけの紙切れだったので了承した。
「……ふむ」
「SFだろう?」
「誰がそんな事を言うか。面白すぎるよ、これ」
庄次郎は目を輝かせてそう言った。お互い二十歳を過ぎた成人男性だというのにまるで小学生のように自分の考えを話し合った。このふたりによる超大作が現行のAXシリーズだ。庄次郎が温めていた「a.r.aシステム構想」がマイクの構想に欠けていたソフト面の欠点を補うことができた。
だが、それを実際に開始することができたのはそれから二十年後の事だ。アトゥムとの戦闘も激化し、現在稼動してるシークだけでは戦況は硬直するだけだった。そのために統制軍は乾庄次郎に新型システムの開発を持ちかけた。当時アトゥムに追われていた彼を保護するためにアリトリアの厳重警備施設を与えるという約束付きでだ。だが彼はそんな軍にもう一つ注文をつけてきた。
「KGMにいる友人を呼んでくれ。マイク・ギア・シューマッハと言う。彼がいれば全てうまくいく。」
そう言うと庄次郎は一部の冊子を見せた。これは大学時代二人が具体案として持ち上げたArmEXの文章だった。当時誰も見向きしなかった物だったが、実績を積んだ今の彼の言葉であれば軍の上層部であろうと耳を貸すくらいするだろう。
「…こんなこと、可能なんでしょうか?」
「もちろん、そこにあるAIシステムは娘が中心となって開発を進めていた。あとひと押しというところで
止まってはいるがね。環境さえ与えてくれればデータはある。彼の参加と、このプロジェクトの許可が僕が君たちに協力する条件だ。」
それを軍は受け入れた。もちろん障害は幾つかあったがそれに関してはよく取り計らってくれた人物が居たらしい。マイクは聞かされなかったが、庄次郎はその人物と以前から面識があったような事を言っていた。
それから二年経って、ようやくAXロットの製造が始まった頃の事だ。
「始まったな」
「ああ」
マイクと庄次郎は感慨深い気持ちだった。もちろん、こうしてる今も戦火は広がり多くの兵が傷を負っている。これが安定的に量産できるにはまだまだ時間がかかるだろう。だが、一つ目が完成すればそれは大きな一歩となる。
「…マイク」
「なんだ」
庄次郎が神妙な面持ちで声をかける。
「これが完成したら、またしばらく身を隠すかもしれない」
「なぜだ?アリトリアであればセキュリティも万全だろう?」
「…そうだな。だが俺たちがこうやって新しい機体を作っているという事は向こうでも同じ様な研究が行われている。ATの製造、開発に関しては悔しいが向こうの方が上手だ。」
「それで、どこで何をするんだ?」
マイクが尋ねると庄次郎は俯き加減で少し考えるとこう言った。
「…まだ言えない。だがお前に頼みがある。」
「俺に出来ることならな」
庄次郎は再び考え込むような表情に変わる。決断力の強い彼には珍しい表情だ。
「僕の息子を覚えているか?」
「…ケンタロウ、だったか?」
マイクが健太郎と最後にあったのは彼が三歳の時、まだ娘が健在の時だった。
「今回は息子を連れてはいけない。だから健太郎をお前のところへ行くように手はずしておく。任せていいか?」
「任せろとは言えない。」
マイクが嘘のつけない性分である事を庄次郎は熟知していた。もちろんそれは気の知れた相手に限った話だ。
「だが、俺の娘なら大丈夫かもな。歳はお前の娘と同じくらいだったか」
「娘が居たのか?」
庄次郎は初耳だった。マイクは前妻と離婚している、ふたりの間に子はいなかったはずだ。
「養子だよ。二十年前、親父が中東で拾ってきてな。あの年じゃ養子縁組できなかったらしく俺の名前を使ったらしい。でも親父の旅に付き合ってたから籍に入れてからはまだ十年ってところだ。今は軍警察で働いてる。」
意外だった。前妻との一件以降、彼は身近に女性を置こうとはしなかった。三十代の頃はそっちの気があるのかもしれないとKGM社内で囁かれたほどだ。
「そりゃまた。彼女の方がお父さんの意思を継いだみたいだね。」
「皮肉か?」
「いいや?」
半笑いで庄次郎が答える。学生時代から揚げ足取りが好きな男だった。悪気がないのはわかっているのですぐ流しているが。
「親父の方は最期まで軍学校への進学を反対していたんだ。折角戦火から救った少女をあmた戦場へと連れて行きたくないってな」
「…そうか」
マイクの父が元軍人であることは庄次郎も知っていた。退役後、戦地を渡り歩いたと言う話は聞いていたが子どもを拾っていたとは。意外だった。
「いざとなったら娘、リサに頼んでみるよ。あいつは新型のパイロットテストを受けるらしい。もし落ちても俺の助手として行動を共にするから」
「すまない」
「気にするな。第一、お前が雲隠れするかどうかなんてまだ分からないだろう?」
そうだな。というと庄次郎はAIのチェック作業に戻った。その後、アリトリアの庄次郎に未完のランスを預け、他二機の着工に入った。新型二機のパイロットにはリサ、そして前線部隊所属だったジャックが選出された。
「…全く、本当に消えるとはな」
「何かおっしゃいましたか?」
インヴェルノのドック、横たわるランスの横で呟いた。昔のことを思い出していて近づいていたスタッフに気付かなかったようだ。
「何でもない。何か用だったか?」
「はい、ランスの飛翔ユニットとバレルの武装の件なんですがKGMから資料が届いています」
資料に目を通すとそれを懐に収める。
「ありがとう。作業に戻ってくれ」
「はい」
スタッフは一礼すると駆け出していった。マイクも伊達に年を取ったわけじゃない。ここのスタッフの殆どはKGM時代の彼を慕ってついてきてくれた精鋭達だ。彼ら個人でもそれなりのものを作れるだけの職人集団である。
「また会った時は、全部吐かせるとするかな。」
また独り言を呟くと、作業している輪の中へと加わった。
軍人だった父、技術者として生きる息子、そして地の繋がらない孫娘。二代に渡る親子の話だ。
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