Phase05-01「孫娘」
「戦争は、己の意に沿わず人を殺す蛮行だ。軍人だった俺が言うのもおかしい話だがな。だがこれだけは覚えておいてくれ。戦争で撃たれる戦車や戦闘機はただの鉄の箱じゃない。あれは人だ。いつしかその意識は麻痺して箱を狙っているだけの機械になったやつをおれは何人も見てきた。」
老人が悲しそうな顔をしてそういう。言葉こそはっきりしているが大分年を取っているように見える。
「お前が軍人として生きると言うのなら、これを持っておきなさい。お守りだ。父からもらったものでな。手入れはしてあるから使えはするだろうが長いこと撃ってないからな。あまりオススメできないぞ」
未だ悲しそうな顔で老人は少女に拳銃を渡す。コルト社製のパイソンだ。その出来の良さから『リボルバーのロールスロイス』とも呼ばれた名器だ。製造開始から数百年経っており、このタイプの拳銃はもう作られてはいないだろう。ざっと見て五、六十年は確実に経過している。確かに使用は問題ないかもしれないが実際撃つには勇気がいるだろう。バレルは空にしておけば暴発の心配もないだろう。
「……リサ、お前は人殺しの道具になるなよ」
老人は終始悲しみを抑えた様子でそういった。もう寝なさいと、彼女を自室へ戻すと自分も眠りに就いた。
老人は翌日、息を引き取った。病気はしていなかったし、足腰が言うことを聞かないだけで元気だとも言ってた。医師曰く老衰であろうとのこと。前日まで話せていたことが奇跡に近いそれだったとも付け足した。
少女、リサは老人と血縁に無い。十三年前、彼が退役して世界を旅している時に中東でであい彼に引き取られた。年齢のせいで彼は彼女の養父になれず、彼の息子が代理として養子縁組を結んだ。老人の奥さんは大分前に他界されていたらしく、家族と呼べるのは息子くらいだと語っていた。
祖父が亡くなってから七年、毎日欠かさずパイソンの手入れを行っている。祖父の形見だということもあるが、何より彼を数十年銃弾から守ってきた銃である。託された以上、彼女にも守りぬく義務がある。
少女も相応の年を取った。こんな表現をしたら彼女にどやされてしまいそうだが、少女は素敵な女性へと変貌を遂げた。以前と変わらず口数は少なく、周りから怖がられることも多いが近しい人たちからは慕われている。祖父も安心して見ていてくれてるだろう。
パイソンを再び組み上げ、ホルダーに収めると彼女の日課は終わる。別段使うわけではないが続けることに意味があると祖父も口うるさく言っていた。勉強も運動もそうだと。
少女は人型兵器ARMORED・TROUPER、通称ATと呼ばれる兵器のパイロットとして選出された。試験の難易度は相当なものだったが努力は人を裏切らない。彼女が乗る機体は新型の遠距離特化の機体だ。AX-02タイプバレル。脚部を換装することで様々な場所で安定した走行が可能な機体だ。
『いかがされましたか?』
パイソンを眺めているとデスクのスピーカーから声がする。内線の類ではない。ケージデバイスから転送されている音声だ。ミラ、彼女の名前だ。システムなので人ではないのだが、自身で考え学習するという点では大差は無い。開発チームの一員だった父から聞いた話だとこれを搭載した人型ロボを作ろうとしたらしいのだがシステム開発者が断固として却下したらしい。
「…マイク、あの人はなんで私にバレルを充てがったんだろう。」
『リサは試験をパスしたのでしょう?そこから算出されたのでは?』
「そう、なのかな。たまになんで私が…とか思っちゃうのは落ちた人たちに悪いか」
『そうかもしれませんね』
ミラは優しい口調でそういう。顔は見えないが彼女の優しさに何度も助けられている。
『今度、お父様に聞いてみるのは如何でしょう?』
「…うーん」
そんなこと出来るわけない。なんて言えず、彼女はベッドへもぐりこんだ。
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