Phase04-01「体験」
「これが、僕が体験した全てです。」
健太郎は口を閉じた。冬子からはランスでアリトリアから出る前段階の話を、と言われたので漂流していた時の話は割愛した。
「ではやはりラボはいま…」
「もぬけの殻。おそらく必要なデータは持ち出し、主要機材は破壊されているでしょう。もうあそこは使
えません。」
淡々と語る。そこまでして心を閉ざさないと話していられない。見慣れた街の無残な姿。初めて目にする戦場には余りにも苦な話だ。
「それで、お父様とはその後連絡はとってるの?」
秋良がメモを取りながら聞く。おそらく報告書用のメモだろう。
「いえ、あの時あった電話っきりです。そもそも電話やメールのやりとりはほとんど無かったのであの電話も不思議に思ったくらいです。研究所で会うことも多かったですし。ちゃんと朝夕の食事は一緒に取っていたので。」
「…ありがとう」
秋良はペンを走らせながらそう言う。今時モバイルにテキストを打ち込むのではなくペーパーにペン書きは珍しい。あってもデジタルペーパーだ。それを読み込んでテキストにする。発売当初は受け入れられなかったが、現在の文字入力制度は格段に進化している。今では主な入力機械として使っている人も少なくない。
「…じゃあ、君には少し酷な話をしなければならないわ」
冬子が神妙な面持ちでそう言う。この流れなら父、庄次郎の話だろう。
「君のお父さん、乾庄次郎博士は今行方不明なの。機密持ち出しの容疑もかかっているわ」
健太郎もなんとなく予想が付いた。やはり軍も父の所在をつかめずにいるのだ。研究者として優れている以前に、庄次郎は頭がキレる。彼が本気で身を隠したらそう見つからないだろう。数年前、テロ組織からの提供依頼を断って追われた時も彼の機転でもって二人は逃れることができた。そして軍管轄の研究所、アリトリアにやってきたのだ。
おそらく軍側も健太郎が何か情報を持っていないか期待していたのだろう。だがそれも徒労に終わった。
「これで終わりですか?」
雰囲気に押され何も言えなくなった健太郎はなんとか一言声を出した。
「ちょっと待ってくれるかな」
冬子が言う。
合図を送ると秋良がモニターの電源を入れる。そこにはランスの3Dモデルが表示される。
「この機体、AX-00『ランス』は元々ここにいるデビッド大佐が乗る予定だったの」
そう言うと目線を眼帯の男へと向ける。
「ん、ああ。どうも、この艦で前線の指揮をしてる、デビッド・バンドハイドだ。おっさんとかで構わねぇよ。」
挨拶をされたので健太郎は軽く会釈をした。ここにいるメンツに健太郎への紹介等は住んでいる。だが唯一彼だけ健太郎と初対面だ。
「そこでだ、ちょいとランスのシステムを調べてたら面倒なことがわかった。」
冬子の左側から声がする。マイクの声だ。
「AXシリーズは元々a.r.a.での認識始動をシステムとして組み込んであった。ランスも例外じゃない。だがこれにはデュアルシステムとして、AIの認知なしでも起動できるように改良してあるプログラムが積まれるはずだったんだ。」
「AIを格納してあるコア、これに加え従来のAT用のプログラムを積んでいたんですか?」
「あぁ、面倒だったがな。実際あの機体には今もコアが二つ積んである。」
ジャックの問いにマイクが答える。
「だがアリアを接続している以上、他のAIは使えない。更には健太郎自身を機体が感知する生体認証もつけてやがる。まるで、お前以外乗せたくないみたいにな」
その場の視線が集まる。
「それは…。僕もただ乗っていけとしか言われなかったですし…。」
自分で言っておいて言い訳のようだなと感じた。
「おそらく庄次郎の仕事だろう。さらにコアシステムは完全にロックされれてアクセスもできないと来てる」
やれやれだ、と言いながら両手を上げる。
「そこで問題が発生したの。軍人でないあなたしか運用できない兵器、それをどう処分するかどうか。それを話し合いたいの」
「どうと言われても」
そんな話健太郎の一存で決まるわけがない。
「ま、だろうな。」
「アリトリアからランスを回収したポイントまで五日間、AIのバックアップがあったとはいえATの操縦ができた。そのことから技量の方は問題ないと思われますが。」
いつの間にか健太郎が戦場に出るという話になっているような気がする。
「でも、僕見たな一般人がそんな事していいんですか?」
「大問題だな。最新鋭の機体を十代の子どもに使わせるなんて、どう考えても上のバカどもが頭を縦に振るわけがない」
きつい口調で言われる。分かってはいたが説教をされているようでならない。
「…かと言って、ゴマすってのし上がったエリートが乗るなんってのも癪に障る。そこで、だ」
デビッドが身を乗り出して来る。さすがは戦場を生きてきた男。威圧感は他の比じゃない。
「お前にテストを受けてもらう。」
唐突に、健太郎はテストされることになった。
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