Phase03-02「突破」

『………ろ…ろう……たろう…健太郎!』

「…あ」


 下方向に吹いたブーストのおかげで大破は免れたが、健太郎は気を失っていたようだ。


「どれくらい経った?」

『二分ほどです。姿勢制御を誤ったら危ないところでした。』


 ランスはちょうど深めの藪に突っ込むように止まっていた。確認しても大きな損傷は見受けなれない。


「…ほぼ無傷か、良かった」

『プラズマフィールドがギリギリ間に合いました。』


 機体損傷はなかったが、健太郎自身は揺れの時に数箇所ぶつけたらしい。痛みがこみ上げてくる。だが、痛がってる暇はない。飛び道具が皆無な今、アトゥムのカンデンに見つかったら危ない。適当に動くとエネルギー切れでお陀仏だ。


「とにかく、アリトリアから出よう」


 アリアに状況を伺う。


『一部を除いて隔壁を展開。避難率はほぼ百パーセント、我々は頭数に入っていないようですね』

「ルート出して」


 そう言うとレーダーマップに赤い線が表示される。街の設計だとこのルートで突破しないといけない隔壁は五枚。


『瓦礫などで完全に上がっていない壁もあると想定されるので、実際は現場まで行って目視で確認しなければなりませんが、東へ出るにはこのルートが一番です。』

「分かった。」


 健太郎を乗せたランスは静かに進み始める。タイヤ駆動ではなく浮遊推進のため音が少ないのが幸いした。薮を抜け、山影を超えると街のあちこちから煙が出ているのが見えた。方向を見ると主要施設の殆どは破壊されているだろう。戦争というものはニュースの映像で見知ってはいたがその場に居合わせたのは初めてだ。実感もあまりない。


「ここから真っ直ぐか」

『出口は未だオープン。もう閉まることはないでしょう。ですが隔壁が五枚、うち二枚は車両と瓦礫にぶつかり自動停止しています。…二メートル、飛び越えられるレベルです。』


 アリアがカメラ映像とレーダーで観察した結果を伝える。巨大な壁、これを三枚打ち破るのだけでもダメージは避けられないだろう。だが、それをしなければここで野垂れ死ぬことになる。救助も当てにならない。


「死にたくは、ないからな」


 どうせ死ぬなら足掻きたい。命あるものの本能だろう。


『例によって姿勢制御は私がやります。健太郎様は前を見て、ここから出ることだけを考えてください』


 固唾を呑む。とは言うがまさにこういうことなのだろうか。理論上可能ではあるがやった人間はいない。だが


「やるしかない」

『そうです』


 意を決して、ハンドルを握る。正直、恐怖心は消えない。


「よし、プラズマフィールド展開。隔壁を突破の後、アリトリアから脱出する」

『はい』


 それっぽいを口にする。ランスの得意技とも言える高速移動と鉄壁の盾は燃料消費が激しいため短時間に収めたい。一転、それを控えれば他には譲らない燃費を誇る機体だ。長時間の移動は問題ないだろう。一番近い統制軍の基地はここから南に行ったところにあるインド支部北実験基地だ。


――ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン


 銃弾のような音を立てながら、白い機体は槍のように壁へと突き刺さる。プラズマとの接触で発光し、まさに光る槍という表現がマッチしている。突き抜けると同時に次の壁が目に入る。手前の一枚はカンデンと複数の瓦礫によって上がらなくなっている。レバーを引き、機体を上昇させる。飛行ユニットが無いため飛行ではなくブーストを吹かして跳躍すると言ったほうが近い。


『機体ダメージ軽微、問題なしです』


 時間差で、アリアの報告が入る。さすが戦艦保護用のエネルギーシールドだ。その防御力は申し分ない。対AT戦でもその効果を発揮するだろう。だが今は退けることしかできない。逃げに徹することも大切だ。生きるためには。





――ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアン



 再び轟音が響く。二回目だった為、健太郎は耐性が付いてきていた。壁を超えると例によってまた壁。五枚のうち、両端と真ん中だけが展開されいたようだ。


『第二隔壁突破。機体ダメージ軽度、…え?』

「どうした?」


 アリアが不安そうな声を出した。


『アリトリアの最終隔壁がしまっていきます。』


 動きがなかった出口がしまろうとしている。壁の構造は異なる素材で作られた複数の扉をいくつも重ねることで強固さを持たせるというものでそれが同時ではなく徐々に閉まるっていく構造になっている。全部締まれば今破ってきた壁の三倍の厚さ、それ以上の硬さを持ってしまう。おそらくリモート式にしてあったのだろうタイムリミットは近い。だが次の壁到達まであと二分半ほど、そこから出口まで同じだけかかると考えてもギリギリといったところだろう。


「閉鎖レベルは」

『レベルワンが閉鎖中。この速さならレベルツーが閉まる前に突破が可能です。』

「なら速度を上げよう。盾の消費よりも少なくて済むだろう?」


 行けるといってもレベルツーの壁は厚さ十センチ以上のカーボン合金だ。硬さに関しては何よりも怖い。

『ですが、それでは搭乗者の命が』

「大丈夫、出られなければ死ぬ。」


 出られなくなる。または隔壁に機体が負け、機体諸共木っ端微塵になることを考えるとそれほどの苦痛は耐えられるような気がした。


『分かりました。加速上限を解除します。』


 その声を聞くと、さらに加速する。ここまでは壁を越えるたび逐一止まっていたがもうそんなことはしていられない。


「このまま一気に突破だ。」


 ランスは加速限界を超え、次第に最高点に達する。見えていた壁もいつの間にか後ろへ行ってしまった。最後に見えるのは戦艦の搬入路としても使われた巨大な扉。レベルワンの隔壁が閉まっている為、空いているようには見えないがあの鉄の壁の中はまだ空洞のはずだ。あれを超えると外だ。


「いっけええええええええええええええええええええええっ!」


 雄叫びとともにランスは壁に囲まれた街を飛び出す。勢いを若干殺せは下がそこから止まるまで数キロ進んでいく。青とベージュのサンドカラーの景色が後ろへと進んでいく。自分は止まっていて、世界が動いているように錯覚する数十秒だった。






『加速上限再ロック。機体の全身が完全に停止しました。』

「座標データと地図を照らし合わせて統制軍の基地に向かおう」


 一息つきながら健太郎は言った。だがアリアから帰ってきた反応は意外なものだった。


『圏外です』

「は?」

『周囲数キロの機体や街の反応は終えますが、こんな砂漠のど真ん中でネットワークが使えるとでも思っていたんですか?』

「…う」


 ここまで業務的だった彼女が普段通りに戻った。日頃は少し刺がある物言いをする。


『戦争地帯です。各勢力のジャミングがうまいこと働いて直通でしか通信は愚か、お互いを認知することすらできません。我々は今、砂漠のど真ん中で孤立しています』


 敵軍が撤退してるかわからないため戻ることはできない。適当に方向だけで進んだら何に行き着くかわからない。状況は最悪。


「…はあ」


 少年はため息をつくことしかできなかった。

 彼らがカンデンに囲まれ、窮地を救われる五日ほど前の出来事だ。長槍はこうして、少年の手に渡ったのだ。

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