Phase01-02「長槍」
……
『だからこっちのルートは危険だとあれほど言ったんです。あれほど他のルート演算が終わるまで待ってくださいと』
「でも、どこへ行っても燃料的にもきついって言ったのはアリアだよ?」
『ですが…。今はそうも言っていられません。この状況をいかにして打破するかが問題なのです』
砂漠のど真ん中。ATのコックピット内で男女の声が言い争いをしている。状況を簡単に説明すると最悪だ。数日前に出発して、こちらの燃料は枯渇状態。周りには敵意むき出しのATがざっと十機ほどいる。こちらの装備はほぼ無いに等しいし、逃げ切ろうにも数キロ全力で進んだところで力尽きるのがオチだろう。
―『そこの不明機!所属と機体番号を答えろ!』
先程から同じオープン通信が入る。だがど素人の彼にはどう答えたものかと沈黙を貫いている。
彼は乾健太郎。天才科学者を父に持つごく普通の学生だった男だ。彼と会話している女性の声は彼の父が開発した自立学習型AIソフトa.r.aの第一ロット『アリア』だ。十年近く健太郎と共に生活し、姿のない家政婦のような役割を彼の家でしていた。
―『おい、いい加減返事がないとこちらも…おあっ!』
無効からの声が突然途切れたと思うと。向こうのAT、タイプ『カンデン』が崩れ落ちた。機体の状態を見ると狙撃を受けたのだろう。周りを囲んでいたカンデンの半分が狙撃があった方向へとかけていく。この場所が砂漠の抉れた地形をしているおかげで状況はしれないが轟音からどんどんカンデンが撃破されているのがわかる。少しすると穴の上の方に見慣れない青いATが現れる。
―『おーいそこの白いAT。そんなところで何してんだ?装備も全然ないし、死ぬ気か?馬鹿なのか?馬鹿なんだろー!』
こちらを煽るような少女の声で通信が入る。これは固定回線だ。周りには聞こえていない。
―『レイラ、ちょっと静かにしてて。助けに来た相手煽ってどうするの』
―『えー』
少女の声を青年風の声が少し叱るような口調で抑える。少女の声質がアリアのそれと似ている。もしかすると向こうの機体もこちらと同じシステムを導入しているのだろうか。もしかすると救助に来たという青年の言葉もあながち間違いではないのかも知れない。
―『これが…大佐の言ってた第一ロット?』
―『えぇ、マイク技師がインストールしてくれたデータとも合致します。間違いありません』
青い機体の少し左から緑色の機体が顔を出す。今の声はこの機体からだろうか。
などと考えているうちに緑色のATが健太郎たちの周りを囲んでいたカンデンを撃ち抜いた。ここに来てから撃ったと言うよりここに来るまでにロックオンして撃っておいた弾が今あったったのだろう。実際、数機は青いATに向かって行動を開始して、座標が若干ずれていた。あの機体のロック演算性能はとてつもないだろう。
―『あ、そこのカンデンのパイロット。生きてるでしょ?僕は殺す気で撃ってないし』
―『な、なんだ!』
―『上の子たちもみんな生きてる。ATは行動不能になっちゃってるけど君なら拠点に戻るくらいはできる
はずだ、死にたくなかったら早くしたほうがいい。そこのお兄さんのスイッチが入る前にね』
緑色のATのパイロットがカンデン隊の隊長機と思しき機体に声を掛ける。確かに、左腕が打ち抜かれてはいるがあとは問題なさそうだ。
―『くっ、敵に塩を送られるとは』
そう言いながらもATから脱出した仲間を回収して踵を返す。あちらの装備を見る限り、あちらも調査班で、大した装備を持ち合わせてはいなかったのだろう。最低限といったところだろうか。
―『君、名前は?』
「は、はい!乾健太郎です」
―『そう、ケンタロウ。僕はリサ、今回は上官から君及びその白いATの救助を命じられて来たんだ。』
「は、はぁ」
突然声をかけられて動揺する。おそらく味方なのだろうが、健太郎自身の安全が保証されたわけではない。
―『大丈夫。あなたを捕虜とするなんてことこっちは関係ない。何より、庄次郎博士の関係者もこちらに
いる。そんなことされたら彼に申し訳がない』
AIがそう言う。騙そうと思えばプログラムでどうとでもなるのだろうが、いずれにせよこの状況を打破するには似たような機構をしている彼らについて行くほうが得策であろう。そう彼は判断した。
「アリア…」
『健太郎の思うようにしなさい。私は構いません』
アリアは悟りを開いたような返事をする。
「分かりました。連れて行ってください」
健太郎が搭乗しているAT、AX-00プロトロットランスはこうして仲間の元へとたどり着いた。エネルギー残量的に単独行動できない彼らはバレルの脚部に乗り合わせる形で移動を開始した。
「ところで、そっちの青い人はさっきから何も言ってないんですけど」
―『あぁ、気にしなくていいわよ。きっとお兄さんの発作だから』
「発作?」
―『まぁいずれ分かるわ。人づてに聞いてもよくわからないだろうし』
健太郎の頭上には疑問符がいくつも浮かんでいたが、詮索するなと言われた以上きくまいと口をつぐんだ。
「はー、お腹すいたなぁ」
通信状態であることを忘れて健太郎はこぼした。リサは思わず吹き出しそうになったがそれを必死でこらえた。
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