第21話『レオンの帰郷』

 結局、学生寮にミシェルが戻って来る事無く、冬季休暇が始まってしまった。

 夏休みの時はミシェルと共に学生寮で過ごしていたのだが、今回ばかりは事情が違うので一人で過ごす事になる。

 特に学生寮でやることが無いレオンは帰郷する事を選んだ。

 漆黒の民は王国ユナイテッドから二、三キロ程離れた所にある渓谷を住処にしている。

 いつぶりだろうか? 渓谷に残っている皆は元気にしているのだろうか?

 少しばかり胸を躍らせながらレオンは旅支度をして学生寮から出て行ったのだった。



 ×××



 漆黒の民が住む渓谷は今日も平和である。

 大人たちは畑で作物を育てたり、子供たちに戦い方や勉強、自給自足が出来るよう手解きをしている。

 そんな中、ふと一人の少年がやってきた。

 気配に気が付いた漆黒の民たちは一斉にそちらに視線を送る。 すると瞼を大きく開いて驚いた。

 自分たちと同じ黒い髪と黒い瞳をした少年。

 あの背丈、顔つき、忘れる筈もない。

「レオン! レオンが帰ってきたぞ!」

 その場にいた漆黒の民たちは一斉に帰郷してきたレオンを囲んで迎え入れた。

「ただいま」

 レオンは嬉しかったのか、思わず笑みを零して自分の家に向かっていった。

 懐かしいな、いつぶりだろうか?

 彼は少し緊張した面持ちでゆっくりとドアノブに手をかけて引いた。

「あら、レオン。 おかえりなさい」

 懐かしい声音が耳に入る。

 食卓で紅茶を嗜んでいるレオンの母、アビー・スミスが微笑みながら迎え入れる。

 もうじき四〇歳を迎えると言うのに、その肌の艶は衰えを全く感じない。 腰まで伸びた少し癖のある漆黒の民特有の黒い髪に痛みは見えず、窓から入る日射しを受けて黒曜石の様に輝いてとても幻想的だった。 全てを見通す様な鋭利な瞳は魅了の力でも備えてあるのではないかと思わせる程見る者を虜にさせる。

 一児の母とは思えない美しさと何を考えているのか解らない雰囲気を纏っている為、失礼ながらも、民の間では『漆黒の魔女』と密かに呼ばれている。

「ただいま」とレオンは笑って荷物を自分の部屋へと運んだ。

 まさか、こんな形でここに戻って来るとは思いもしなかった。

 部屋で荷物を片付けて、レオンは再びリビングへと戻る。

「王女様とは上手くいっているのかしら?」

 一番に自分たちの仲を聴いてくる母に対して、レオンは「勿論」と胸を張って応えた。

「そうなの。 私は突然の貴方の帰郷に何かあったのかと思ってしまったわ」

 流石レオンの母。 中々鋭い感性をお持ちである。

「少し事情があってね……。 冬季休暇の間だけ帰って来ることになった」

 目を逸らして説明するレオンの心情を察したのか、アビーはそれ以上の言及をしなかった。

「折角、帰ってきたのだから、ゆっくりしていきなさい」

 怪しい魔女の様な雰囲気から一転、聖母の様に優しい笑みを浮かべる母に安心感を覚えたのか、レオンはホッと胸を撫で下ろして、「散歩に行ってくる」と言って家から出て行ったのだった。



 漆黒の民の住処は良くも悪くも相変わらずこれと言った変化は無かった。

 王国に住居を移してそこまで日が経っていないと言うのに不思議と懐かしく感じる感覚に浸りながら渓谷を歩いていると不意に後方から声を掛けられた。

「レオン!」

 そちらに振り向くと、レオンとそこまで齢が変わらない女の子が飛びついてきた。

「ダリア! 久しぶりだな!」

 ダリア。 レオンの幼馴染で漆黒の民同様、黒い髪、黒い瞳をしている。

 身長はミシェルより少し高い位で、ショートボブの髪形に、まん丸とした大きな目、鼻は高く、唇も薄ピンクと言った健康的な色をしている。 凛々しい顔つきをしているが、まだどこか幼さが残っており、人懐っこい性格が愛らしさを引き立てている。

「元気にしてた?」

「ああ、相変わらずだよ」

 レオンの答えにダリアは面白かったのか、フフッ! と鼻で笑って頬を少しだけ朱に染めた。

「外の話、聞かせて貰える?」とダリアが首を傾げると、「勿論」とレオンは抱えている彼女を下ろしてユナイテッド王国での土産話を語り始めた。



「そんな事があったのかぁ……」

 幼馴染の土産話を聞いたダリアはどこか羨ましそうな声音で瞳を輝かせていた。

 しかし、王女様か……。

 ミシェルの話をしていたレオンはとても幸せそうに見えた。 それが面白くないのか、話を聴いている間、所々ダリアは眉根を寄せていた。

 それもそうだろう、今まで思いを寄せていた男の子。 民の掟でまさかレオンが王女の婿として迎えられるとは思いもしなかったのだから。 その時のダリアは彼を祝福しつつも家の自分の部屋にあるベッドで一人泣いていたのだ。

「ねぇ、王女様って可愛い?」とダリアが聴くと、レオンは「ああ!」とニッ! と歯をッ見せて笑った。

 そうか……。 羨ましいな……。

「お幸せに」と祝福するダリアに、「ありがとう」とレオンは返した。

 本当に羨ましい……。

 ダリアは見た事の無い幼馴染の婚約者の顔を想像しながら、ただそう思うのだった……。

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